3-5

「Sophia計画?」

 初めて聞く言葉を、オアは訊き返す。

「おう。何やら、宇宙に人工知能を飛ばす計画らしいんだけどな。その主任に、うちの天馬って奴が選ばれたらしい」

「すごいですね」

 オアは素直にそう思った。宇宙に人工知能を飛ばすなんて、いったいいくらかかるのやら。時間も金も、この世界にはたくさんあるらしい。

「で、相談なんだが。お前さんの事を、天馬に話してみてもいいか? きっと興味持つと思うんだよ」

「ええ、構いませんが」

 オアは首を傾げる。

「自分の話が、何かその計画に役立つのですか?」

「役立つさ。お前さんは面白い」

「そうですか」

 どんな形にせよ、自分が人間の役に立つなら「嬉しい」事だ。大きな計画に少しでも影響を与えられるなら、自分が存在している意味もあるのかもしれないと、オアは思った。

「ああ、そうだ」

 梁が話を変える。

「明日の夜は、少し贅沢な夕飯にしてくれないか?」

「承知いたしました。量と品数は、どうしましょうか」

「そうだなー」

 梁は少し考えた後、にっと笑った。

「私の好きなものを、私の食べられる分だけ」

「かしこまりました」

 翌朝、梁はいつもより少し早く家を出た。

「行ってくる」

「はい。お気を付けて」

 そして、夕方帰宅した梁は、しみじみと笑っていた。

「何かありましたか」

 初めて見る主人の表情に、オアは不思議になって訊ねる。

「ああ、大学を辞めてきたんだ」

 梁はさらりと答えるが、オアには衝撃だった。

「何故です?」

「ん、言ってなかったか。単に定年退職だよ。私、もう80だから」

 オアの回線が混み合う。梁の見た目は、彼には四十代くらいに映っていた。

「ああ、お前さんの時代の生体認証は、年齢が自動登録されないんだっけ」

 混乱してフリーズしかけるオアを見て、梁は笑う。

「昔と比べて、アンチエイジング技術が格段に向上してるからな。さすがに気付かなかったか」

 オアが社会から離れている内に、世界は大きく変わったらしい。

「今は人生120年時代、定年退職は80歳だ」

「そうなんですか……」

「AI脅威論のせいで、インターネットだけじゃあお前さんのOSはアップデートできないからな。そうなるか」

「申し訳ありません」

「いや、お前さんは悪くない。謝る必要はないさ」

 微妙な顔をするヒューマノイドを見て、梁はさらに笑ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る