3-4

「今日は早く寝たいから、私が帰るまでに夕飯を作り終えてほしい」

 ある朝、梁がそう言った。

「承知しました」

 オアは答える。

「量と品数は、いつも通りで良いでしょうか?」

「ああ。頼んだ」

「はい」

 それは、オアにとって簡単なミッションだった。登録された梁の現在地から、電車の時間を調べ、帰宅時間を割り出し、逆算して料理を開始する。

 度々こなしている、簡単なミッション。そのはずだった。

「……!」

 しかし、予想外の事が起きた。鍋が噴きこぼれて、台所を派手に濡らしたのだ。

「片付けをしなければ」

 急いで手を動かしコンロと床を拭くが、意外と時間がかかってしまった。

 その結果、梁が帰宅した時、夕飯の準備は終わっていなかった。

「申し訳ありません」

 オアは深く頭を下げる。

「いやまぁ、いいさ」

 梁は予定より少し遅れた夕飯を食べながら、適当に手を振る。

「結局、こうして夕飯は食べられてる訳だし。許容範囲内だろ」

「でも……」

 オアは自分が許せなかった。簡単なミッションだと思って油断したのか、鍋の温度調整を間違えたのか。考えが甘かった。

「そんなに凹む事は無いだろ。失敗なんて、誰にでもある」

「しかし、自分はヒューマノイドですから……役に立たないヒューマノイドは、要らないでしょう?」

「……」

 梁は箸を止めた。軽く頭をかき、オアを見る。

「あのなぁ」

 そう言って、少し黙る。言葉を探しているようだ。

「役に立たないから要らないなんて、そんな事は無いだろ。誰だって、そこにいるだけで尊重されるべき存在だ」

「それは人間の話でしょう。自分は、人間ではなく道具です。役に立たないなら、こんな物……」

「お前さんさぁ」

 梁がオアの言葉を遮る。

「それ、自分で言ってて心の内はどうなんだ、おい。少し考えてみろ」

 その口調はいつもより強く、怒っているようにも聞こえる。

「ココロ……」

 オアは黙って、自分のココロを感じてみる。

「『悲しい』です」

「そうか。他には?」

「『悔しい』『申し訳ない』、あとは……」

「あとは?」

「……『捨てられたくない』」

「そのくらいにしよう」

 梁は食事を再開する。

「私は心理師じゃないんだぞ。カウンセリングは専門外だ」

 口ではそう言いつつ、梁はどこか楽しそうだ。

「ましてヒューマノイドのなんて、うちの精鋭達にも難しいんじゃねーか、全く……」

 夕飯を食べ終え、梁は手を合わせる。

「ごちそうさまでした」

「はい」

 梁が寝室に入った後、オアは自分を充電してスリープモードに入る。何か、大きな事に気付いた気がした夜だった。

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