2-4
目を開けると猫がいた。
オアは起き上がり、自分の被害状況を確認する。ダメージはあるものの、どれもセルフメンテナンス機能を使えば、何とかなりそうだった。
「……」
このままではいけない。人間に暴力を振るわれ続けたら、自分は壊れてしまう。
しかしオアがヒューマノイドである以上、人間を傷付けることはできない。かと言って、隠れ続けるのも無理がある。
オアが選んだ行動は、首の後ろにある電源ボタンと顔を隠して、人間のふりをする事だった。
修理を終えると、路地から出て人の流れの中を歩く。服を販売している大きな店に入り、目的の物を探した。
これからしようとしている事が、人間の法律に反する事は分かっていた。三原則に抵触する訳ではないが、悪い事なのだろう。
帽子と、襟の付いた服を持って、オアは店の外に出る。防犯タグは付いていたが、出入口の警報機を一時的にハッキングして、それらを無効化した。
足早に路地へ戻り、服を着替える。帽子を頭部に乗せて安堵したのもつかの間、激しい嫌悪の波が、電子頭脳内部を駆けめぐった。
自分は悪事を働いたのだと思うと、自身が欠陥品で存在してはいけない物のような気がしてくる。間接的に人間に害を与えたかもしれないし、僅かながらも経済の流れを歪めたのだ。
家族に捨てられ、人間に疎まれ、さらには人に害をなす。
(そうか。自分は、産まれてきてはいけなかったんだ)
膝を抱えてうずくまり、この波をやり過ごそうとする。しかし、否定的な思考は彼の電子回路を支配し、暗い方向へオアを導く。
(このまま、全機能を停止させるべきか……?)
自分の仕組みは解り切っている。それを壊すのは簡単だ。後始末や手間を考慮しても、それが最適解のような気がした。
「なぁん」
足元から声がした。
見ると、鍵尻尾の猫がオアを心配する様子で鳴いている。
「自分は、人間ではありませんよ」
「にゃぁ」
「だから、大丈夫です。心配しないでください」
「みゃぁおぅ」
会話になっているのかは分からないが、オアは顔を上げた。
「大丈夫」
もう一度、自分に聞かせるように言い、立ち上がる。
その脚に、猫は頬を摺り寄せた。
「……」
バッテリーが切れかけている。
電気と水素のハイブリットを特徴としているオアは、バッテリー切れを起こす事がほとんどない。半永久的にも動くはずの身体は、電気を欲していた。
路地の外に出て、オアは歩き始める。電気を調達できる場所は知らなかったが、少し思考を整理したかった。
(自分は、産まれてくる必要はあったのだろうか……?)
人間のために作られたはずなのに、その人間達はオアを忌避して壊そうとした。その上、オア自身が人に害をなしたのであれば、もう、自分がこの世界に存在する必要は無い気がした。
(いっそ、充電を切らしてしまおうか)
バッテリーが切れて動かなくなれば、オアはただの無機物になる。この暗い思考から逃れられるなら、それも正しい選択のような気がした。
その時。オアは突然、音の衝撃に襲われた。
「……っ!」
外界の音を拾うマイクに振動が走り、人口頭蓋が揺れる。
(なんだ、これは)
視線を動かすと、ミュージック・ショップが目に入った。音はそこからしているらしい。
『 なんにも持たずに 僕は生まれた
望んでないけど 生まれてきたんだ 』
曲には歌詞が付いていた。高めの男声が、そんな事を歌う。
(なんだ、この歌は)
オアはその場に立ち止まり、ミュージック・ショップを見つめる。
『 命懸けで 生きてるうちは
誰にも僕を 笑わせない 』
殴るように、祈るように、その声は歌う。
『 生まれてきたから 生きるしかない
そうだろう ああ 苦しいなぁ 』
(苦しい……)
オアは、胸の辺りを抑える。
これは「苦しい」なのか。ふっと、楽になった気がした。
高らかなベースの音が、曲の終わりを告げる。
オアはしばらく、その店の前で呆けていた。
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