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 しかし、安定していたのは生活だけだった。

 人間の営みとして、家族の状況と関係は日々変化していく。酒向家も例外ではなく、両親の仕事はますます忙しくなり、子ども達は少しずつ成長していった。

「オア、僕がこの絵本読むから、聞いててね」

「承知いたしました」

 春翔はオアを近くに座らせ、絵本を開く。

「おい」

 勇樹に呼ばれ、オアは振り返った。

「俺の部活Tシャツ、どこやった?」

「昨日の八時四七分に洗濯しました。今は畳んで、勇樹さんの自室にあるはずです」

「あ、そ」

 夜になり、母が玄関の扉を開ける。

 春翔は絵本を放り出し、玄関へ走っていった。

「お母さん、おかえり! あのね……」

 恵莉は大きなため息をつき、息子の言葉を遮る。

「ごめんね、お母さんちょっと疲れてるから、オアに頼んでくれる?」

「分かった……」

 部屋に戻ってきた春翔は、意気消沈していた。

「春翔さん、どうかされましたか」

「ううん、何でもない」

「左様でございますか」

 このところ、両親と子ども達のすれ違いが起きているようだったが、オアは変わらず淡々と、命令された事を実行するのみであった。

「ねぇ、お兄ちゃん」

 ある日、春翔が暗い眼で兄を呼んだ。

「ちょっと、相談があるんだけど……」

 普段は明るい弟が、この顔をするのは珍しい。勇樹は一抹の不安を覚えつつ、その相談を聞く。

「……いいじゃん」

 春翔の提案に、勇樹は口の端を上げた。

「俺、ちょうど今日バット持ってるぜ」

「うん……」

「二人が帰ってくる前の方がいいよな」

「そうだね……」

 夕闇迫る暗い部屋で、計画は進む。

「お前がやるか?」

「ううん……」

「じゃあ、俺がやってやる」

「うん……」

 予想以上に乗り気な兄の前で、春翔はしゅんとうつむいた。

「本当にいいのかな?」

「何だよ、お前が言い出した事だろ」

「そうだけど……」

「俺が実行犯になってやるよ。お前は見てろ」

「うん……」

 そして兄弟は、階段を降りる。

「ねぇ、オア」

「はい」

 弟に呼ばれ、オアはそちらを向く。

 その間に、兄はオアの背後に回り、その頭部に、思い切り金属バットを振り下ろした。

 がぎんっと鈍い音がして、オアががしゃりと床に倒れる。

「……ごめんなさい……」

 春翔が泣き出した。

「泣くな春翔。これでいいんだ」

 金属バットを下ろした勇樹も、どこかぼんやりしている。

 赤黒い夕焼けが、兄弟の影を延ばしていた。

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