興味のありそうな愛奈
決して意図したわけではなく、一輝を中心として愛奈と来夏は出会ってしまった。
来夏が愛奈の名字を呟いたように、別に全く知らない間柄ではないのだが、間違いなく普通にしていれば接することのない相手であることは想像に難くない。
「えっと……」
「藍沢? なんでここに来たわけ?」
来夏の言葉に愛奈はビクッと肩を震わせた。
一輝としても彼女がここに来た理由に見当は付かないが、それでも推しのヒロインが少しでも怖がっている姿は見たくなかったので、すぐに口を挟んだ。
「何かあったのか? もし屋上に何かあるんだったら手伝うぞ?」
「え? あぁううん……そうじゃなくて、言っても良いの?」
「? おう」
「御門君がいきなり近付いてきて、それで俺を助けると思って屋上に行ってくれると助かるって言われたんだよ」
御門、つまりは宗吾のことだ。
(あの野郎……何が面白いだ!)
きっとニヤニヤしながら愛奈を誘導したんだろうと思うと、今すぐにでも教室に戻って一発殴りたくなったが、愛奈の前で怒りを見せるわけにもいかず、すぐに一輝は自身を落ち着かせた。
「悪かったな藍沢、ありゃあいつの悪ふざけだ。せっかく友達と過ごしてたのに悪いことしたな」
「そんな、別に神名君が謝る必要はないよ。う~ん……ニヤニヤしてたしやっぱり悪いのは御門君だったかぁ」
「あいつの言うことは絶対に聞くなよ今後」
「あははっ、分かった。今後は気を付けるね」
ニコニコと微笑む愛奈に、相変わらず一輝もニコニコだ。
ただこれこそが大きな一輝の変化であることを、傍に居た来夏が気付かないわけもない。
「ふ~ん……?」
「来夏……?」
「あ……そういえばさっき……~~っ!!」
興味深そうな目を向ける来夏とは違い、愛奈は急激に顔を赤くした。
というのもおそらく、先ほど一輝と来夏が後少しでキスをしようとした光景を思い出したのだろう。
「あらあら、隣の委員長ちゃんは随分と初心なのね?」
「が、学校でそういうことをしようとするのがダメでしょ!?」
「このご時世に何を言ってるのかしら。キスはともかく、セックスだってやってる学生は居るでしょうに」
「っ……!!」
「来夏、あまり藍沢を揶揄うな」
「は~い」
一輝の言葉には素直に従う来夏だった。
まあ来夏を見ていれば分かるが彼女は決して悪意を持っているわけではなく、シンプルに揶揄いたかっただけだ。
来夏はクスクスと笑いながら一輝たちから離れ、階段を下りていく。
「それじゃあね二人とも、あたしは先に戻るわ。一輝、あたしは……これからもアンタを頼らせてもらうから」
「構わないさ。いつでも頼れよな」
「……うん♪」
気の強さを思わせる表情から一転し、可愛らしい笑みを来夏は浮かべ、そのままヒラヒラと手を振って教室に戻るのだった。
「私、美墨さんと初めて話したけど……」
「怖かったか?」
「……うん。でも神名君が間に居たからかな? 思った通りの気の強い子だとは思ったけど、話は出来そうだなって思った」
「来夏はああ見えて凄く良い奴だ。外見で一部には誤解されがちだけど、話してて分かっただろうが寂しがり屋の優しい奴さ」
今の一輝にとって、来夏はただの駒ではない。
出会いや今までのやり取りを変えることは出来ないが、それでも彼女を道具のように、自分にとって都合の良い相手として接するつもりは一切なかった。
その気持ちは、一輝の表情と共に愛奈へと伝わったようだ。
「あ、もしかしてぇ♪」
「……なんだよ」
ニヤニヤと笑みを浮かべた愛奈は、後ろに手を回しながらぴょんと跳ねて一輝の正面へ。よくアニメで見ていた動きそのままの仕草で下から覗き込まれ、一輝は心の中で魂の咆哮を上げた。
(なんやそれ惚れてまうやろおおおおおおお!?!?)
向けられる視線だけでなく、体の角度や揺れた髪の毛まで。
全てが一輝の癖を刺激しただけでなく、前世から抱く愛奈への圧倒的ラブを更に呼び覚ましてしまう。
だがこの男、決して表情には出さずに真顔だ。
「前に行ってた見守りたい人って、もしかして美墨さんなのかなって」
「その話か……来夏のことも大事っちゃ大事だけど、お前に話した相手じゃないぜ?」
「えぇ~そうなの? ねえねえ、誰なの?」
「なんだよ、意外と聞いてくんじゃん」
今日に限っては、愛奈もどこか興味が尽きない様子。
だがまたすぐに顔を赤くし、小さな声でこう続けるのだった。
「その……キスしようとしてたけど、そういう関係でもあるの?」
「……………」
気になる子に一番聞かれたくない話題の一つに、一輝は更に真顔だ。
どうするかと目を閉じてしばらく考えた後、これもまた来夏にとって良い機会かもしれないということで、一輝は話すことにした。
「まあ、体の関係を持ったことがある」
「そ、そうなんだ……っ」
「家族と色々あって、沈んでいたあいつに俺が目を付けたんだ。当時の俺からすれば良い女が居れば抱ければ良いって理由だったけど、来夏にとっては求めてくれる相手に温もりと癒しを感じたんだろう。それから頻繁にやり取りはしていたようなもんだ」
「……そんなことがあったんだ」
「家族との問題を抱えているって点では、俺も同じだったからな」
「え?」
ボソッと呟いた言葉はしっかりと愛奈に聞かれていた。
別に自分の不幸話を口にするつもりがなかった一輝は、誤魔化すようにわざとらしい咳払いをしてからこう続けた。
「今回こうしてお前をここにやったのは宗吾だったけど、友達も連れずに一人で何も分からないままに動くのは止めとけよ。学校ならまあ……大丈夫だろうが、それ以外となると何があるか分からねえぞ?」
「流石にそんなドジを踏むことはないつもりだけど……」
「……………」
現に夏休み、お前は俺の罠に嵌ったんだよとは言わなかった。
ただその代わりに、心から心配していることだけは伝えたかった。
「じゃあ、俺が心配するから気を付けてくれよ。もちろん何かあって、助けを求めてくれりゃ助けるがな」
「あ……なんか、私思ったんだよね」
「何が?」
「最近の神名君……私に凄く優しいような?」
「気のせいだろ」
「そうだよね……ふふっ、でもありがとう神名君。気を付けるね♪」
「……おう」
本当に、一つ一つの仕草が可愛すぎると思いながら、一輝は愛奈に気付かれないように顔を背けることでニヤニヤした表情を隠すのだった。
それから少し間を空けて一輝は、愛奈の後に教室へ戻った。
そしてもちろん宗吾の元に向かい、バシッとそこそこの勢いで背中を殴っておいた。
「いってぇ……」
「悔い改めろボケ」
「でも悪い時間じゃなかっただろ?」
「それは……否定はしねえけど」
宗吾はほれほれと言いながら肩を組んできた。
そして、いつになく真剣な声音で囁く。
「俺らはともかく、この学校に通う連中はほとんど真面目な奴ばっかだ。けど真面目じゃない連中は俺たちだけじゃねえ……藍沢は上にも下にも人気だからな。警戒くらいはしておいても悪くないと思うぜ?」
「……分かった」
本来であれば、そうするのが一輝の役目だった。
しかし一輝がそうしないことで、別の誰かが愛奈を狙うとしたら確かに気を付けないといけない。
一輝のようなことを仕出かすかどうかはともかく、物事に絶対はないし世界そのものが一輝の代わりを用意する可能性も考えられるから。
(はっ、愛奈にちょっかいを出そうとする奴が出たらシバキ倒してやるさ――なんたって俺は愛の戦士だからな)
愛の戦士、言ってて恥ずかしいが愛奈限定で一輝はそう考えている。
そうして何事もなく怜太の傍で笑っていれば……それを想像すると胸が痛くなるものの、一輝が見たいのはとにかく愛奈の笑顔なのだ。
だが、ある意味で運命とは残酷だ。
愛奈のような美しい少女に手を出そうとする輩は、学生だけに留まらず学校の外でも魔の手を伸ばす者は居た。
まるで運命のように一輝は最近、愛奈とのやり取りが多かった。
だからなのか――またいつかのように、学校終わりの夕暮れ時に一輝は愛奈と顔を合わせた。
「あ、神名君」
「あら?」
「……………」
愛奈だけなら、まだ良かった。
彼女の隣に立っていたのは愛奈と瓜二つの顔を持った女性――そう、愛奈の母親である恵茉だった。
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