それもまた一つの決意
「なんつうか……分かんねえもんだな」
「何がだ?」
「普通に登校して、普通に授業して、普通に返事してるだけなのにホッとされてるんだぞ?」
「そりゃお前、今までのお前を見てたら感動もんだろ」
一輝の疑問に、宗吾はそう答えた。
二人が今居るのは彼ら以外誰も居ない屋上で、学食で昼食を済ませてからすぐにここへやってきた。
本当は昼寝でもしたかった一輝だが、最近の一輝の行動を気に掛けている宗吾がこうして付いてきたのである。
「普通のことをしてそう思われるのは楽で良いな……はぁ」
「その割にはため息吐いてるけど?」
ため息の一つくらい出は出るだろうと、更にもう一度ため息を吐く。
「なあ一輝」
「うん?」
「見守りたい奴って藍沢かよ」
「……あぁ」
流石に見られていれば気付かれるだろうとは思っていたが、こうして実際に聞かれたらわざわざ誤魔化す必要もない。
「前々からちょっかいを出しちゃいたけど、ただ好きになったとかそういう単純なことじゃないんだろ? 一輝のことだし、そういうもんだと思っておくさ」
「もう少し聞いてくると思ったんだがな」
「弁えてるだけさ」
真っ白な歯を見せるようにして笑い、宗吾はスマホを見ながら言葉を続けた。
「藍沢愛奈、間違いなくクラスでも学校でも大人気の美少女だ。俺の見立てじゃ推定Hカップ巨乳の持ち主で、性格も良く委員長としてみんなを纏める統率力もある。勉強も出来て先生からの信頼も厚いと、まるで漫画に出てくるヒロインみたいな完璧さだな」
だって漫画のヒロインだしな、そんな言葉は呑み込んだ。
推定とはいえバストサイズを口にするのは気持ち悪いことこの上ないのだが、実際に公式設定でもHカップなので宗吾の見る目は確からしい。
宗吾から語られる愛奈の情報は、全く以てその通りであるため一輝も何だかんだうんうんと頷いている。
「そんな藍沢にはずっと一緒に居る幼馴染が居ると。そこそこ仲が良さそうだし、ライバルになるとしたらそこか?」
「勝手に分析すんなよ。つうか横取りするつもりはねえぞ?」
「わあってるよ。まあ一輝の場合、ライバルが居たとしても寝取るだろうし関係ねえだろうがな」
「寝取るって……」
「絶対やるだろ。気に入った女を逃さないお前じゃなかったしな」
寝取ると言われた時、正直は一輝は心からドキッとした。
やはり前の一輝を知っている宗吾からしても、一輝という人間はそういう人間だという認識があるせいだ。
「でも、もうしねえ雰囲気があるし……本当に変わったな一輝は」
「だからそう言ってんじゃん」
「色々と言ったし、これ以上は気にしないとは言ったけどさ。人間ってそう簡単に雰囲気まで変えられるもんじゃない。でも実際に別人のように一輝は変わった……だからしみじみ思うんだよ」
「……………」
今までの記憶の中でも、宗吾とここまで深い話はしたことがない。
ジッと宗吾の横顔を見つめていると、彼はフッと笑ってこう言葉を続けるのだった。
「まあでも、今の方が全然良いぞ? 前のお前もそれはそれで面白い奴だったけど、そっちの方が友達が沢山出来るはずだ」
「親みたいなこと言うんじゃねえっての」
「お前の親はこんなこと言わねえだろ?」
「確かに」
一輝の親の話題は、少しばかりデリケートな話である。
しかしこうやって笑い話に出来るのも相手が宗吾だからであり、一輝もまたそこまで話して嫌な気分にならないくらい信頼しているのもあった。
さて、そんな風に二人で会話していたその時だ。
ガチャッと扉が開き、見知った顔が姿を見せた。
「ここに居たのね」
顔を見せたのは派手な女子だった。
長い金髪に鋭い眼差し、胸元のボタンを外していることで僅かに胸の谷間が丸見えだ。 そして若干、黒い下着の端が見えている。
見るからに真面目な生徒ではないことが窺えるが、そんな彼女を見てまず最初に宗吾がギョッとした。
「げっ!?」
「……
宗吾と違い、一輝は冷静だった。
来夏と呼んだその女子もまた漫画の登場人物であり、今までの記憶があるからこそ一輝も知っている顔だ。
彼女は鋭い眼差しを更に鋭くさせるように、腕を組みながら近付く。
「……ふ~ん?」
「……なんだよ」
ジッと見つめられ、一輝は居心地を悪くするように視線を逸らす。
その隙に宗吾が忍び足で逃げようとしたが、来夏がガシッと彼の首根っこを掴むようにして阻止した。
「ぐえっ!?」
「逃げんな」
「……あい」
あの宗吾がすぐに諦めるほどに、来夏の眼光は鋭かった。
改めてになるが彼女は
「……一輝?」
「……なんだ?」
「アンタ……変わった?」
またそれかよと、一輝は再びため息を吐いた。
(美墨来夏……この子は結構出てきたよな。ただ目立つだけで誤解されやすいけど、友人が多い良い奴だ。漫画では一輝の策略に協力する形で愛奈を陥れるシーンもあったけど、その度に来夏はどこか一輝を複雑そうに見てたっけ)
なんて思いはしたが、キャラ設定のおかげで分かっている――一輝がこの来夏と関係を持ったきっかけは、単純に一輝が街中で来夏をナンパした時だ。来夏は前から派手な格好をしていたし気も強かったが、強く求めてくる相手に惹かれる傾向があった。つまり、来夏は力強く体を重ねた一輝に対し淡い感情を抱いているのである。
「やっぱ美墨も気になったのか。ほらよ一輝、外から見てもお前の変化は知ってる奴ほど気になるんだよ」
「……………」
「何よ、好きな人でも出来たの?」
そして、来夏もまた鋭い女子だった。
どうしてこうも当ててきやがるんだと頭を抱える一輝を見た来夏は、本当に当たるとは思わなかったのかえっと目を丸くしている。
「好きというより、見守りたい相手らしいぜ?」
「見守りたい相手……」
「……………」
悩みの種としては、もちろん愛奈の母である恵茉のこともあるが、よくよく考えればただのセフレのような関係でもある来夏のことも、一輝としては考える必要があるだろうか。
(……クソッタレが。来夏のことが漫画通りというか、その設定通りだとしたら簡単にもう関わり合いになるのは止めようとか言いずらいぞ)
流石に一輝ほどではないが、来夏も家族と上手く行っていない。
来夏が体だけとはいえ強く求めてくれた相手の一輝に惹かれたのはもちろんだが、ちょうどその時期に来夏は母親と喧嘩して気持ちが沈み、そこに一輝との行為が重なったせいで少し特別な感情を抱いている。
(漫画の一輝は来夏が言うことを聞く奴隷みたいに思ってたみたいだけど、流石に今の俺はそんなクズにはなれねえぞ……)
まあなるつもりもないがと一輝は思っているが。
「……今だ!!」
「あ!」
「て、てめえ!?」
サッと来夏の手から離れ、宗吾は逃げていく。
校舎に繋がる扉の前で立ち止まった彼は、大きく手を振りながら言葉を残して行った。
「二人とも遅れんなよな~! まだ時間に余裕あるけどなあ!」
バタンと扉が閉まり、一輝と来夏だけが残された。
(き、気まずい……)
表情には出ていないため、あくまで一輝はいつも通りだ。
だが中身は生粋の不良ではなく、女の子を好んで泣かせるような趣味のない平凡な男であるが故に、とにかく気まずくて仕方ない。
「……ねえ」
だが、そんな沈黙を破ったのは来夏だった。
風に揺れる金髪の隙間から見つめられる鋭い瞳は、真っ直ぐに一輝だけを映している。
「こうして見てると、本当に変わったんだなって分かる。何がどうって言われると答えに困るけどね」
「……………」
「あたしさ……もうアンタに絡まない方が良い?」
その言い方は卑怯だろと、本来なら声を大にして言いたい……いや、言わなくてはならないところだと一輝は思う。
読者の一輝にとって来夏はそこまでの存在だ。
だがこの世界での来夏を知り、関係を持った今の一輝としてはじゃあそうしてくれと突き放すことが出来ない存在だ。
「絡むな、とは言わねえよ。ただお前が感じたように、俺は確かに変わったんだ。今までの自分とはサヨナラして、新しい自分としてこの世界で生きていくんだ」
「なんか……凄く壮大ね?」
「人生を変えようとしてるわけだから壮大に決まってんだろ? 宗吾が言ったように見守りたい相手が居る。けど来夏のことも俺は知っちまってるし、お前が俺を頼りにしていることも理解している――あの日、お前を好き勝手に抱いた俺が何を言ってんだって思われるかもしれねえが、お前が俺を頼りたいと言うならその手を俺は絶対に振り払わねえ」
「っ!?」
一輝の言葉に、目を丸くしながらも頬を赤く染める来夏。
「だから……悪いな? 俺もいっぱいいっぱいな部分があって、優柔不断に手を伸ばしまくってる自覚はある。だがそれでも、最後の最後に後悔はしたくないからな」
「……ふふっ、そっか。本当に変わったわねアンタ……あ~あ、どうしてくれんだか」
「え?」
「体の相性だけが良かったって、もう言い訳出来ないっての」
「えっと……?」
ニヤッと笑った来夏が近付き、グッと顔を近付けてくる。
そして一輝と来夏の唇が触れようとしたその時、また扉が開いて一人の女子が現れてあっと声を上げた。
「……え?」
「……藍沢だっけ?」
藍沢愛奈――一輝の見守りたい女の子が、あわあわと顔を真っ赤にして慌てていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます