密室でのお話

 一輝は今まで真面目に体育の授業を受けたことはなかったが、もちろん今日は違った。

 クラスメイトだけでなく、担当する教師さえも目を丸くするほどに真面目な様子で授業を受けていたのだ。まあ体育の授業は座学と違い体を動かすのが主ではあるのだが、その中で行われたバスケで一輝は凄まじいまでの運動神経を見せた。


(ひゃっほ~! 体が軽いぜ!)


 おそらく、一輝の体そのものに天性の才能があったのだろうか。

 バスケットボールを手にドリブルする姿は様になり、何人ものディフェンスを抜き去り、最後に大ジャンプからのダンクシュートで締めた。

 その姿についクラスメイト達の歓声が上がったが、それ以上に新鮮な気分で驚いていたのが一輝自身であり、前世では挑戦する土台にすら立てなかったダンクシュートを実際に出来たことを、心の底から驚きつつも喜んでいた。


(……体育の時間は気持ち良かったのに、どうしてこうなった)


 だが、そんな一輝の喜びを嘲笑うかのようにまさかの展開が待っていたのである。


「……………」

「……………」


 楽しく運動していた瞬間はどこへやら。

 ちょうど近くにボールが転がっていたので、片付けるために手に持って倉庫に入ると、ちょうど同じように愛奈も片付けていて、そしてこうなったのである。


「……ここ、他に出るとこねえし気付いた誰かが戻ってくるのを待つしかねえな」

「そ、そうだね……っ」


 愛奈の声には、明らかに緊張があった。


(そりゃ、俺なんかと二人っきりになったら怖いわな)


 最悪の不良とこんな薄暗い場所に二人っきりになったら、誰でも怖がるだろうなと一輝は思った。

 しかもこの体育倉庫に関しては見覚えがあり、この場所も漫画で一輝が愛奈を犯した場所の一つだからだ。


『ハハッ! 嫌だ嫌だと言いながらも体は正直じゃねえか。さっきからお前の方が腰振ってんだぜ? そんなにバレるかもしれないのが気持ち良いってかぁ?』

『ちがっ……! 違う違う!』

(私は……私はこんなんじゃない! でも……でもこうされる度に違う自分が出てきちゃう……今までの自分が消えちゃうの……っ!!)


 そのシーンは、変わりゆく自分に恐怖を抱く愛奈が印象的だった。

 そして何より――最後のフィニッシュと共に、愛奈が“私は本当に怜太のことが好きだったんだ”と、過去形で語ることで終わり、体が完全に一輝に屈服した瞬間だった。


(う~ん……ほんと胸糞だし心にダメージを負うってのに、読む手を止められなかったわ……マジで漫画家さんもそうだけど、イラストから生み出される力って凄いわ)


 なんてことを思いつつ、一輝はふぅっと息を吐きマットに横になった。

 こうすることで自分は何もしないと、愛奈に手を出すことはないのだとアピールするのもある。


「……ふわぁ」


 しかし、若者だからか横になった途端に大きな欠伸をかました。

 だがこの欠伸が幸運にも愛奈の緊張感を削ぐことに成功したらしく、クスッと彼女は笑みを浮かべた。


「眠たいんだ?」

「まあな……」

「さっき、バスケ頑張ってたもんね」

「いやぁ俺もやりゃあ出来るもんだなって思ってよ」

「女子の中でも驚いてる子多かったんだよね。中には、貴重な逸材だから男子バスケ部は勧誘した方が良いとか」

「流石に部活は入る気ねえかな」


 二人の間で、特に遠慮のない会話が続く。

 一輝としては大きな欠伸をするほどに眠気を感じたのは確かだが、愛奈とこんな場所とはいえ長く会話出来ることに興奮しており、とっくに眠気は吹き飛んでいる。


(というか、体操服姿の愛奈が良すぎるぅ!! 体操服姿の愛奈が出たのは一瞬だったし、そんな希少な愛奈をこんなに沢山眺めて良いのか!?)


 別に特徴のある体操服というわけではないが、推しのヒロインがどんな姿をしていたところで一輝は興奮出来る自信があった。

 チラッと見た愛奈は、普段はそのままにしている髪をポニーテールにしているし、微妙に下着の跡は見えちゃってるしでとにかく一輝の心を良い意味で抉ってくる。


「……へへっ」

「なんで笑ったの?」

「いやぁ……なんでだろ」


 危ない危ないと一輝は表情を引き締めた。

 さて、こうして会話をしていたが相変わらず誰かが扉を開けてくれることもなく、まだ一輝と愛奈のことは気付かれていないらしい。

 果たしてあとどれだけこうして居れば良いのか、そう一輝が悩んでいると愛奈が口を開いた。


「……神名君、何かあったの?」

「なんで?」

「明らかに今日のあなたは、全然今までの神名君と違う。見た目はいつもと変わらないのに、決定的に雰囲気というか……とにかく何かが違う気がするんだよ」


 横になっている一輝の隣に腰を下ろし、愛奈はそう言った。

 あまりにも近い角度から見下ろされることに一輝は内心ドキッとしつつも、自分が変わったことに気付いてくれたことが素直に嬉しかった。


「まあ、変わったかどうかで言えば変わったよ――俺の中で意識の変化というかそういうのがあったんだ」

「意識の変化?」

「あぁ」


 言っていることは嘘ではなく、ほぼ今の一輝そのものを示している。

 しかしながら愛奈がその言葉でそこまで察せられるわけもなく、彼女はその変化について気になるようだ。


「なんだよ、気になるのか? お前にとって俺は最悪の不良であり、関わり合いになりたくない男のはずだが」

「それはそうだけど……でも気になるじゃん。確かに今まで言い合いはしてきたし、セクハラ紛いのことを言われたりもしたし、その度に最低だって何度も思ったよ。けど神名君が私を助けてくれて、朝のやり取りでも全然今までと違うんだから気になっちゃうよ」

「……………」


 愛奈の目は、どこまでも純粋に気になるからという意志が垣間見えた。

 ジッと見つめてくる愛奈の表情は美しく、さっきからずっと一輝は心拍を上昇させ続けており、推しヒロインと同じ空間に居られることに感謝をして死んでも良いと思っているほどだ。

 そんな風にテンションが爆上がりだからこそ、調子に乗った一輝はこの変化について話すことにしたのである。


「なんてことはないさ――見守りたい奴が出来た」

「え?」

「何度も言わせるなよ? 見守りたい奴、気になる奴が出来たのさ」

「……へぇ!」


 一輝の言葉に、一瞬で愛奈は興味を持った様子だ。

 瞳をキラキラとさせながら顔を近付けるほどで、どうやらこの手の話題は大好きらしい。

 一輝としては知らなかった一面を見れたこともまた満足だが、愛奈にジッと見つめられることに更に快感を感じており、今なら世界を支配出来るとさえ思っている。馬鹿だ。

 とはいえ、雰囲気は真面目に言葉を一輝は続けた。


「そいつは……その子は俺の手が届かない子だったんだ。どんなに手を伸ばしても届かないし、喋ることも出来ない……そんな子だった」

「……………」

「でもよ、そんな子に会えたんだ俺は」


 一輝は目を閉じ、愛奈とのことを思い返す。

 この世界に転生したと思い出したのは昨日だが、漫画を読んでいた時から愛奈が推しだったこと、そんな彼女に出会えてテンションは上がり幸せの絶頂に居ることを言葉に乗せて伝える。


「俺は、その子のことが好きなんだ。恋愛的に好きかどうかはともかく、その子が幸せであればそれで良い。その子がいつまでも笑ってて、幸せで居てくれりゃそれで良い」

「……それが、あなたの変わった理由?」

「あぁ――笑える話だろ? 今まで好き勝手してきた不良が、たった一人の女の子の影響で変わっちまうんだぜ?」


 馬鹿にするなら好きにしろと、そう一輝は言おうとした。

 だがそれよりも早く、愛奈が言葉を被せた。


「笑わないよ。だって凄く素敵なことじゃん」

「お、おう……」

「そっか……あなたが変わった理由はそういうことなんだ」

「……………」


 しみじみと頷く愛奈の様子に、流石に一輝も照れてしまう。


「なあ藍沢よ、俺が言うのもなんだがこんな話を聞いたくらいで俺を見る目は変えない方が良い。こんなんで絆されちゃチョロすぎるぞ? 悪い男に引っ掛かるし、隙を見せることになるぞ?」

「話を聞いただけでそれならそうかもしれないけど、私は今のあなたを見て判断してるつもりだよ? その誰か分からない子のことを話す神名君の表情は嘘を吐いてなかった。もしそれが作り話で私が騙されるとしたら、それは私が馬鹿なだけだよ」

「……そういうもんか?」

「そういうもん♪」


 ニコッと、微笑んだ愛奈の表情に一輝は胸を抑えた。


「ど、どうしたの!?」

「藍沢の笑顔にやられた……お前、可愛すぎるだろ」

「な、なんでいきなり可愛いとか言い出すの!?」


 だってそりゃ可愛いからだろ、なんて追い打ちはしなかった。

 バタバタと倉庫の入口が騒がしくなり、ようやく気付いてもらったなと一輝は笑い、扉が開く直前に愛奈に向けてこう言った。


「藍沢、ありがとな。俺の下らねえ話を聞いてくれて」

「下らなくなんてないでしょ? 素敵な話だったよ」

「……そうか」

「うん……そんな風に強く想われるの、ちょっと憧れるかも――」


 そして、扉が開き一番に怜太が飛び込んできた。


「愛奈! 無事!?」

「怜太?」


 駆け寄った怜太は、すぐに隣に居た一輝を睨む。


「愛奈に何もしてないよな!?」


 一輝は、睨んでくる怜太を見て薄く笑みを浮かべる。

 良い表情で睨んでくるじゃないかという意味を込めた笑みなのだが、怜太からすれば挑発にも見えたらしく更に表情が険しくなる。


「さあ、どうだろうな? 楽しい時間だったのは言うまでもないぜ?」


 そんな一輝の煽りは言ってしまえば嫉妬から来るものだ。

 自分だって愛奈が大好きだけれど、決して手が届かないことに対する妬みを織り交ぜた煽りだ。

 だが、そんな一輝の煽りとは別に咎める声があった。


「怜太、心配してくれてありがとう。でも神名君は大丈夫だよ」

「え? 愛奈……?」

「……………」


 なんか意外と愛奈の信頼を勝ち取ってる?

 そう一輝が思ったのも当然だった。




【あとがき】


竿役に転生し、その気は無くてもヒロインと仲を深めていく系が読むでも書くでも大好きなんですよね。

これからも頑張って行きますので、応援コメントや評価の方がお待ちしていますよろしくお願いします!!

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