俺が愛の戦士になる
愛奈にとって、神名一輝を一言で表すなら“最悪の不良”だ。
普段の素行の悪さもさることながら授業中に居眠りは当たり前で遅刻も良くするし、先生に対して乱暴な言葉遣いもする。
大よそ愛奈にとってここまでの不良とは知り合ったことがなかったというのもあり、正直なことを言えば関わり合いになりたくはない相手なのは確かである。
それでも、クラスを纏める委員長として不和の元となる一輝と言い合いになることも少なくはなかった。
『神名君、もう少しクラスに馴染もうって気はないの?』
『一々うるせえな。てめえのそのデカ乳を揉ませてくれたら考えてやっても良いぜ?』
『デカ……っ!?』
どんな注意をしても、セクハラ発言は当たり前のようにかましてくる。
しかもデカ乳という言葉は、大きな胸に持つことにコンプレックスを抱く愛奈にとって、頭に血が昇るほどの地雷でもあった。
中学の頃から急激に成長した胸もそうだが、そもそも愛奈の容姿が優れているのも相まっていやらしい視線を多く集め、電車に乗った時に体を触られるなんてことも経験した。
『おっ? 恥ずかしがってんのか? 別に良いじゃねえかよ。男を楽しませられる武器を持ってんのは良いことだ。お前はうるさい女だが、顔も体も満点だ――いつか抱かせろよ藍沢』
『ふざけないで!!』
物言いもそうだが、何より欲望を隠しもしない一輝は嫌悪の対象だ。
抱かせろよと一輝が口にした時、まるで獰猛な獣にロックオンされたような恐怖を感じた――そして一瞬、己が一輝の言葉通りに体を蹂躙される瞬間さえ想像してしまった。
『何あいつ……ほんっとうに嫌!!』
基本的に分け隔てなく誰とでも接することが出来る愛奈とはいえ、一輝は本当に苦手な部類だ。
『愛奈、何かあったら僕を頼ってよ?』
『……うん』
ずっと一緒に過ごしてきた幼馴染はそう言ってくれるが、基本的に怖がりな幼馴染は本当に助けてくれるだろうかと思えど、気遣い心配してもらえていることに対して文句は言わなかった。
『ありがとう……
『どういたしまして!』
愛奈は良く友人に好きな人は居ないのかと言われたり、幼馴染とのことで揶揄われることもあるが、恋人なんかはあまり考えたことがない。
けれどもしも付き合ったりするのであれば、一番距離の近い幼馴染みたいな人なんだろうなと考えることは少なくなく、もしも幼馴染に告白でもされたら断ることはないだろうとも考えている。
さて、幼馴染のことはともかく、愛奈が一輝のことを心底毛嫌いしているのはもはや周知の事実でもあるのだが、そんな愛奈に僅かな心境の変化が訪れたきっかけがある――それこそが一輝に助けられたことだ。
『アディオス!』
何だそれはと、あの一輝が決して言わなそうな台詞と共に去って行った後、愛奈はしばらくその背中を見つめ続けていた。
車が突っ込んできた時、全く動けなかった自分を抱き寄せて助けてくれた一輝。鍛え上げられた肉体に抱きしめられた時、誰かは分からなかったが心から安堵し、その誰かが一輝だと分かった時の驚きもまた凄く大きかった。
『起きなかったことをグチグチ言うんじゃねえよ。お前は助かった、それだけで良いじゃねえか』
相変わらずの喋り方と、獰猛な獣を思わせる顔付きは変わらないがどこか雰囲気は変わったようにも感じられ、実際に助けられた事実も相まって今までとは違って一輝と接することが出来た。
というより、以前の一輝に比べて途轍もないレベルで好青年に見えてしまったのである。それは決して愛奈がチョロいとかそういう話ではなく、きっと他の誰もが一輝のことを知っていればいるほど同じ感想を抱くだろう。
そして、愛奈は更に一輝の変わった姿を見ることになった。
「あ、あわわわわ……っ」
「あのよ……別にやり返したりしねえから落ち着けよ」
クラスメイトであり、愛奈にとっても友人の一人である小柄な女子生徒が花瓶の水を一輝に思いっきりぶっかけた。
彼女が凄まじいまでのドジっ子なのは知っていたが、流石に一輝が気の毒だし怒られて当然だと愛奈は思ったが一輝は怒鳴りもしなければ、逆に怯える彼女に優しく諭している。
(本当に……誰? 神名君なの?)
いっそのこと、中身が入れ替わったと言われた方が信じられるほどだ。
「ちょいすまねえが、今からここで着替える」
「う、うん……」
「ほほほほんとにごごごごめんなさい……っ!!」
「だから良いって」
一輝は、制服を脱いで上半身のみ裸になった。
彼が体を鍛え上げているというのは見た目からも分かっていたが、こうして実際に近くで見た彼の体は立派の一言だ。
思わず愛奈はドキッとしたものの、その時に見えた背中の傷と痣が愛奈の心を冷めさせた。
「神名君……背中が……」
「あん? あ~そりゃ見えるか」
彼は大丈夫だと言っていたのに、背中にはちゃんと傷があった。
冷静に思い出せば、それなりの勢いで一輝は地面に背中を打ち付け、その時に縁石もあったはずだ。打撲の後は青くなっており、僅かだろうが血が出たであろう傷も見える。
「言ったろ? 体だけは頑丈だから本当に心配は要らないって」
「でも……」
そんな物を見せられて気にしないのは愛奈にとって無理な話だ。
ちなみに一輝の傷や愛奈との会話については、注目している怜太や他のクラスメイトにとっては何の話か分かっておらず、首を傾げている。
「……………」
「……ほんと、優しい子だよな分かってたけど」
「え?」
今、なんて言ったのだろう。
そう問いかけようとした時、一輝は笑った――人懐っこそうな笑みで、今までの彼とは何かが違うのだと確信を持たせる一撃を愛奈に叩き込むようにこう言ったのだ。
「背中は確かにちょっと痛むし、血は少し出た……でもこれはお前を助けることで出来た勲章みたいなもんだ。美少女を助けることが出来たんだから後悔なんてねえよ」
ハハッと八重歯を見せて笑いながら一輝は締め括った。
「っ……!」
美少女とか、美人だとか、スタイルが良いだとか、色々なことを愛奈は言われてきた。
でも、今の美少女という言葉と、一輝の笑顔は今までのどんな賛辞よりも愛奈の心に響いたのだ。
▼▽
「それで……どうして神名は体操服なんだ?」
「すんません、ちょっと制服を濡らしたっすわ」
朝礼の時間になり、当然のことを一輝は訊かれていた。
他の生徒はみんな制服なのに対し、一人だけ上半身だけとはいえ体操服ともなれば担任の教諭は気になるだろう。
「……まあ良い。今日は――」
担任の話を右から左に聞き流しながら、一輝は思い返す。
(推しとの会話……最高だな!)
頭の中ではずっと、愛奈とのことばかり考えている単純さだ。
恰好を付けようとか特に考えることもなく、口から出てきた言葉は全て本心からのモノであり、推しである愛奈が目の前に居るからこそ調子に乗っていた部分も多分になるが、本当に嘘偽りない言葉だった。
(つうか、主人公の怜太もバッチリ見てやがったな……安心しろよ、俺はもう竿役男じゃねえんだからよ!)
クラス中の視線が集まる中、当然主人公の視線にも気付いていた。
一輝の持つ記憶通りなら怜太と愛奈が付き合うのは夏休み前なので、まだ六月下旬の今は付き合っていないはずだ。
怜太の勇気を出した告白がきっかけで付き合うことになるも、一輝の策略によって愛奈は夏休み中に犯され、段々とその体は淫乱なものに作り替えられていく。
(寝取られは嫌いなのに、何故か見てしまう魅力……抗えないんだよなたまったもんじゃないけど)
嫌な記憶と素晴らしい絵による興奮が融合して微妙な気持ちになってしまうが、概ね満足していたのは間違いない。
(大丈夫だ……せっかく愛奈に会えて悔しい気持ちはあるけど、俺的には愛奈は今の清楚というか……今のままが一番なんだよ)
それはもはや、一輝の中で誓いに等しい。
ずっと傍に居たいと願い続けるように、妄想のお供だった愛奈と添い遂げたい気持ちはあれど、所詮自分は嫌われ者なんだと諦めも付く。
愛奈を狙う一輝は存在しないので、愛奈はずっと今のままだ。
そしてそれは一輝の見たかった存在しない未来へと繋がり、ずっと綺麗なままの愛奈を見せてくれることの喜びを抱かせてくれる。
(正直、主人公の怜太は優柔不断というか……頼りにならない部分はあるけど良い奴に違いはないからなぁ。愛奈を幸せにしないとぶっ飛ばすぞクソッタレが)
いっそのこと、そうやって脅すのも楽しそうだなと一輝は企む。
(もうこの世界は寝取られ漫画の世界じゃねえ。ヒロインと主人公が繰り広げるラブコメ漫画の世界に俺がしてやる!!)
愛奈のことを観察しながら、敵が現れたら排除する。
俺こそが愛奈を守る愛の戦士になるのだと、人知れず一輝は人生最大の目標を立てるのだった。
そして――。
「……………」
「あはは……こんなことがあるんだね……」
昼の体育が終わった後、一輝は愛奈と共に体育倉庫に閉じ込められた。
(……なんで?)
ラブコメでも、エロ漫画でもお馴染みの定番イベント。
それを実際に体験することになった一輝は、どうして俺なんだよと頭を抱えたのは言うまでもない。
【あとがき】
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