推しとの再会
「……夢から覚めてる、なんてことあるわけねえよなぁ」
一輝が転生者であることを思い出した翌日だ。
鏡に映る顔は漫画でよく見ていた竿役であり悪役の顔。けれど一輝にとってそれはずっと慣れ親しんだ顔であり、今更違和感を覚えるほど他人に見える顔でもなかった。
「……黙ってりゃイケメン……いや、十分に怖いけど悪くないんだよな」
試しに悪そうな笑みを浮かべれば、鏡の一輝はその通りの表情をした。
「色々……考えることが多かったな」
転生したこともそうだが、既に愛奈の母親に手を出したこと、そして記憶を取り戻してから愛奈に出会ったこと、本当に昨日は色々とあったが客観的に一輝は自分のことを考えることが出来た。
「俺の家族……終わってんな」
一輝が現在住む家は、それなりに大きい家だ。
両親は健在でありどちらかが欠けているということもないが、幼い頃から一輝が両親からされていたのは暴力と無関心だった。
流石に高校生になり立派になった一輝に暴力を振るうことはないが、父も母もあまり家に帰ってこないほどに家庭環境は歪であり、擁護出来るわけではないがそれが一輝の歪みの原因だと言える。
「他人に優しくしたところで何もないことを父親から教えられ、女ってのはつくづく弱くて自分勝手というのを母から教えられたようなもんか。流石に偏りすぎだけど……はぁ、学校行かねえと」
まだまだ考えたいことは山積みだが、学生である以上は学校に行かなくてはならない。
寝間着から制服に着替える際、惚れ惚れするほどの筋肉質な体に自分のことながら満足すると同時に、昨日の愛奈を助けたことで出来た背中の傷は勲章のように見えてホッコリする。
「さてと、行くとするか!」
学校で嫌われ者であることを一輝は忘れていないが、本来の彼にとって物語の動く場所であり、ヒロインである愛奈を観察出来る場所でもある。
傍観系主人公を気取るわけじゃないが、読者目線で惚れに惚れた愛奈を遠目でも良いからもっと見ていたいという願望を抱きながら、一輝は自分以外誰も居ない家から出るのだった。
「行ってきま~す……って誰も居ねえんだったわ」
▼▽
私立桑園高等学校、それが一輝の通う高校だ。
それなりに歴史の深い学校で生徒の数も当然多く、どうして一輝のような不良が入学出来たのかという疑問もあるにはあるが、そんな強面な一輝が教室に入るだけでもシーンと静かになる。
「……………」
友人同士で喋っていた喧騒が一気に止むほどの変化に、今の一輝は内心で若干泣きたい気分だった。
まあこれも全てかつての自分の態度が全てであるため、甘んじて嫌われ者としての咎は受けようと開き直り、昨日までの自分よりも若干静かに席へと着いた。
「よお一輝、今日はいつもよりはええじゃねえの」
「あ?」
そんな一輝に、一切気にした様子もなく声を掛ける存在が居た。
一輝は確かに嫌われ者ではあるが知り合いは少なからず居て、この男子がその一人だったりする。
彼の名前は
派手な見た目通りに一輝と同じ不良だが、一輝に比べて愛想が良いので友人も多い。
「宗吾か……おはよう」
「お、おう……挨拶とはまた珍しいな」
「まあなんだ、心境の変化があった」
「へぇ?」
面白そうに目をパチパチとさせた宗吾は、まだ一輝の前の席の生徒が来てないのを良いことに椅子を引いて座った。
「何があったんだ?」
「詳しくは話せねえけど……取り敢えず少しは真っ当になろうと思った」
「いやいや、今までのお前を知ってるから気になるんだろ」
「……好きな奴が出来た」
「へぇ!?」
一輝の言葉に、宗吾は大きな声を出して驚きを露にした。
「好きな奴……ちょい違うか。見守りたいというか、とにかくそういう風な気持ちになったんだよ」
「おいおいマジかよ……あの女泣かせの一輝がねぇ?」
「……だからまあそういうことだからよろしく頼む」
「あいよ」
聞いてきた割には物分かりの良い宗吾だった。
(一輝の親友キャラ……漫画でも台詞無しでちょろっと出たっけか)
読者視点だと特に深堀もないモブキャラだったが、こうして知り合いとしての記憶を持っていると、どうも不思議な気分にさせられる。
そもそも漫画は一輝視点だとヒロインである愛奈とのことばかりが描かれ、どういう交友関係なのかどかそういう情報は全く入ってこない。まあエロ漫画であり寝取られメインだからこそではあるのだが。
「ま、相手は気になるけど聞かないでおいてやるよ」
「だからそういうもんじゃねえんだが……まあ助かる」
学校一の悪である一輝のこの変化は、宗吾からすれば心底面白いようでこれから数日はこれでもかと観察されそうなことに、一輝は心の中で大きなため息を吐く。
ヒラヒラと手を振って離れて行った宗吾を見送った直後、一輝は直感で彼女がやってくると感じた――その感覚を裏付けるように、ある意味で待ち望んでいた少女が姿を現す。
「おはよう」
「愛奈~! おっは~!」
「今日も美人だね~!」
衣替えの時期を過ぎ、少しだけ開放的な姿の愛奈に一輝の視線はこれでもかと吸い寄せられた。
開放的と言っても他の女子と何も変わらないが、抜群のスタイルを持つ愛奈だからこそ、豊かな胸元だったりと多くの部分に視線が向かう。
(愛奈……やっぱり最高だな!)
漫画は漫画でもエロだと知らずに、キャラの魅力と人気に便乗して投稿するイラストレーターも多かったが、その度に素晴らしいイラストをいくつも見て感動していた一輝にとっては、やはりこうして自分の目で直に見る愛奈は凄まじいほどの魅力を放つ美少女だった。
「えっと……あ、居た」
「……うん?」
その時、一輝はしっかり愛奈と視線が絡み合った。
大きな胸と共に二年生を示す青のリボンを揺らして真っ直ぐ近付いてくる愛奈に、一輝はただただ俺じゃないよなと願うしかない。
しかしながらそんな願いも空しく、一輝の席の前に愛奈は立った。
「……………」
「……………」
ジッと見つめ合う一輝と愛奈。
一体何事かと見守るクラスメイト達。その中には当然、一輝が言うこの世界の主人公の姿もある。
(き、気まずい……っ!)
とはいえ、校則を守らなかったり態度であったりでこんな風に向かい合って注意をされることは多かったため、気まずいと一輝が思うのは単純に記憶にある二つの顔が同時に現れたから。
『あなたは本当に周りの迷惑を考えないんだね』
『もう良いのぉ……♡ 全部全部、一輝君の色に染めて♡ 私はもうあなただけの性奴隷肉便器なのぉ♡』
凛々しい姿と堕ちた女の姿。
寝取られを否定し嫌悪する一輝だが、寝取られ系の漫画にはそんな嫌悪感を我慢してでも見たくなる魔力が秘められている。
物語と愛奈に脳を焼かれている一輝だからこそ、二人の愛奈を咄嗟に想像してしまって更に気まずいのである。
「……あの」
「お、おう……」
「昨日は、ちゃんとお礼を言えなかったから――ありがとう神名君」
どうやら彼女がわざわざこうして近付いてきたのは、あの事故から庇ったことのお礼らしい。
目の前に立つ推しの姿で完全に忘れていたが、事故のことを思い出すと背中の傷が若干痛みを発する。微妙に打ち所が悪い部分は僅かに血も出ていたりしたし、まだ痣も残っているので痛いがあるのもおかしくはない。
「礼なんて要らねえっての。あんな風に車が突っ込んでくるなんて予測出来るわけもないし、目の前でクラスメイトが巻き込まれるなんてことを見たら目覚めも悪いしな」
「……アレは本当にビックリして足が動かなかったの。だからこそ、神名君が居なかったら私は今頃――」
「起きなかったことをグチグチ言うんじゃねえよ。お前は助かった、それだけで良いじゃねえか」
一輝の内心としては、もう少し優しい言葉を届けてあげたいと考えているのに、口から出る全ての言葉はぶっきらぼうな元の一輝のモノに変換されてしまう。
「……ねえ神名君」
「まだ何かあんのか?」
「背中、強く打ってたでしょ? 本当に大丈夫だった?」
「体だけは頑丈だからな。何も心配は要らねえよ」
普段と違い、普通の会話が成立していることに周りは衝撃を受けている様子だったが、先ほど会話をした宗吾だけは別で何やらほうほうと理解したような顔をしている。
(俺……あの愛奈と話しちゃってるよ! やばい、内なる俺のオタク魂が出てきちまう! もっともっと話したいってクソッタレがぁ!!)
一輝は、愛奈と会話が出来ていることがとにかく嬉しかった。
それが普段の雰囲気を吹き飛ばし、どこか人懐っこい大型犬のような表情を演出している。
つまるところ一輝は心から機嫌が良かった。
だが、そんな場面にワザとではない偶然の出来事が水を差す。
「あ、ちょっと待って!?」
「え?」
「なに?」
なんだ? 一輝がそう思った瞬間、びしゃっと水が全身に掛かった。
どうやら花瓶を手にしていた女子が躓いたらしく、その拍子に花瓶に入っていた水が思いっきり一輝にぶっかかった。
文字通り、水を差された。
(……俺って水を掛けられるくらい嫌われてるの?)
本当にこれは偶然なのだが、普段の行いもあって割と本気でそう考えてしまう。
「あ、あわわわ……」
「気にするなって……取り敢えず、体操服に着替えねえと……」
怯える女子にそう告げ、一輝は服に手を掛けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます