番外編
【番外編】前編 魔女の呪いは永遠に
「フローラ、こっちの準備は問題ない」
「こっちも大丈夫だ」
「魔女様、こちらも万全です」
「ありがとうございます。では、一度目の合図があるまでみなさん持ち場で待機をお願いします」
秋も深まり、ずいぶん肌寒くなったというのにたくさんの人の中を一生懸命走っていたら額にじんわり汗がにじんだ。
グラスを片手に持った貴族たちが中央にそびえるバルコニーに視線を向け、今か今かとそのときを待ち構える中、庭師や騎士たちなど、様々な人間たちが大きな風船を握りしめ、ガッツポーズを見せる姿に思わず頬が緩んだ。
「フローラ、張り切っているねぇ」
おばあちゃんが柔らかな笑みを見せた。
「もちろんよ。王妃様のお誕生日ですもの。盛大にお祝いしなくっちゃ!」
わたしが使える魔力なんて限られたものだけど、それでもこの地に戻ってきたら、彼らのために全力を尽くしたいと心から願っていた。
王妃様は、ずっと森にこもったままだったわたしのことをとても心配してくれていたという。
モフモフに乗せてたくさん素敵な贈り物があったのは、彼女の計らいだったと聞く。
わたしはあのお方から、大切なものを奪ってしまったというのに、それでもいつも優しく見守ってくれていた。
あたりがざわめき、少しずつ奏でられた音楽が徐々に大きな音へと変わり始める。
トランペットとヴァイオリンの音色が調和を始めたとき、大きな扉が開き、中から王様を先頭に王妃様、王子様方が並んで登場する。
きゃーっ、とご令嬢たちの歓喜の声が上がり、わっとあたりが声を上げ、彼らの名を呼び、手を振る貴族たち。
彼らがバルコニーに並び終えたころ、音色は穏やかなものに変わる。
一瞬の間をあけ、音がやんだ瞬間を見計らってわたしは両手に持つ黒い玉を力いっぱい空に投げた。
パチン!と音がしたとき、いっせいにあちらこちらから色とりどりの風船が空に舞った。
空が明るい色合いに染まったころ、風船は弾け、まばゆい光と変わる。
「ずいぶん盛大にやったね」
「わたし、この魔法だけは得意だから」
今年は叶わなかったけど、毎年、夏の夜はご飯のあとに水面を彩って楽しんだものだ。
いつもたったひとりの人の喜ぶ顔を見ていて満足をしていたけれど、今日は数え切れない人が声を上げて喜んでいる姿が目に入る。
「あんたも、いつの間にしっかり成長したんだねぇ」
「……まだまだよ」
おばあちゃんに比べたら。
「ルシファーも確か、この魔法を得意としておったよ」
「え、お母さんが?」
まだ見ぬ母の名が出て驚く。
おばあちゃんの口からこうして聞くのは久しぶりだ。
しみじみ懐かしむようにつぶやかれたそのお話をもう少し詳しく聞きたかったが、そうはいかなかった。
まわりの歓声がより一層大きくなったからだ。
視線の先に、バルコニーから手を振る王子様たちの姿が見えた。
(ああ……)
整った顔立ちで銀色の髪が象徴の王族たちの中で、どうしても彼に目がいってしまう。
(やっぱり、かっこいい……)
長い前髪をなびかせ、彼は笑顔を見せていた。
魔女の呪いにかかり、数日前までずっと公の場に姿を現すことのなかった、アベンシャールの末王子様。
立っているだけで、その場に光沢があふれ、光が舞って見える。
やはり、彼はあの場所が似合う。
そして、すごく眩しいのだ。
「ああしていれば、至極真っ当な王子様だね」
わたしに視線に気づいたのか、おばあちゃんも同じ方向を眺めて、ふふっと笑った。
「呪いが解けた今、あの方を繋いでおくのはあんた次第だよ、フローラ。女磨きを怠れるべからず」
「おばあちゃん」
「なんだい?」
「この距離から見ているのが、一番しっかり彼を見られるから好きだわ」
近くにいすぎて、ずいぶん感覚が麻痺してしまっていた。
だけど、彼は列記とした王子様なのだ。
「……も、もしものときは、森に帰るわ」
「ほう」
意味ありげな表情でこちらを見てくるおばあちゃんは、そんなことできるのかい?とでも言いたげだ。
「ひとりで帰る。もっともっと力を磨いて、おばあちゃんを超えられるような魔女になって、それで……どこにいてもあのお方に……って、ダメだわ……」
魔女として名を馳せて、どこにいても忘れられない存在になりたい。
そう言いかけて顔を覆った。
「結局別の意味でまた呪いをかけてしまいそう」
「フローラ、あんたが今までどおり容赦なく『好きだ好きだ』と言い続けているのも十分あのお方を狂わせていると思うのだけど」
「ちょっ、だから、それは違うって言ったじゃない」
王妃様が生まれ育った国の言葉だそうで、この城でも彼女の言葉を学び、使用できる人間は少なくないと言う。
そんな中でわたしは、あろうことか末王子を前にその言葉を連呼し続けてきた。
『大好き』『大好き』『大好き』と。
あの方を呼ぶたび、頬を染めたりハッとした人が振り返るようになったのは、きっとこの言葉を知っていたからだろう。
王子様たちは間違いなくすべてを知っていて楽しそうに笑っていたし、穴があったら入りたい。
「所構わず、いちゃこらしているという話も嫌と言うほど聞いておるしな。つくづくあんたは誰よりも魔女の素質を受け継いだのだと実感させられるよ」
「お、おばあちゃん!」
反論しようにも言葉が出てこなくなり、真っ赤になったであろう頬を両手で覆ったわたしは、またおばあちゃんを笑わせたのだった。
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