第25話 五年越しの告白

 朝日が導いてくれる中、中庭と呼ばれるバラのきれいな庭先に連れて行かれた。 


 ここは、わたしが小さいころによく遊んでいた場所だ。


 もちろん、彼ともここで出会った。


 指先だけが繋がった手は何度か離れてしまいそうになったけど、強く握り返されることはない。


「フローラ……」


 彼が足を止めたとき、握られた彼の指先に力がこもったのがわかった。


「フローラ、謝らせてください」


「あっ、謝るのは、わ、わたしの方です」


 向けられた視線を見返すよりも先に頭を下げたのはわたしの方だった。


「申し訳……ございませんでした……」


 五年ぶりに話すその人はいつの間にか背が高く、たくましい体つきになっていた。


 思い出の末王子様は華奢で背の高さも同じくらいに思えていたため、再会してすぐは目を疑った。


 だけど、柔らかな榛色の瞳もさらさらの銀髪の髪色もすべては彼のもので、受け入れるしかなかった。


「わ、わたしは、あなたさまと仲良くなりたくて、あなたさまに呪いをかけました」


 深く深く、頭を下げる。


「もっとも許されない呪いです。人の心を操ってしまう効力がありました。あなたさまが、わたしを好きになってくれることを願い、かけた呪いです」


 本当は、ずっと言わなければならなかった。


「きっと、大人になったわたしは、この呪いを解くことができました。それでも解けなかった。いいえ、解かなかったんです」


 彼だと気付いた瞬間から。


 わかっていたことだった。


 解かなきゃ、解かなきゃと何度も思っていた。だけど、


「解けませんでした」


 知っていて、大罪を犯し続けた。


「わたしは、あのときも今も……あなたさまに自分のことを見てもらえる幸せを知ってしまった。も、申し訳……ございません……」


「俺に、好きになって欲しかったんですか?」


 あまりにも残酷な問いに、泣きたくなるのをこらえる。


 悪いのは、わたしだ。


「ど、どんな罰でも受け入れます」


 ぐっと瞳を閉じて頭を下げ続ける。


 続く言葉を聞く方が、もっと怖い。


「頭をあげてください、フローラ」


「で、できません」


「あなたの顔が見たい」


「む、無理です……」


「俺が悪かったんです。出会ったときからずっとフローラのことが大好きだったのに、あなたを前にすると頭が真っ白になってしまってなにも話せなくなった。話そうとするとうまくいかなくてあなたを悲しませた」


 フローラ、と一向に顔を上げようとしないわたしの前に膝をつき、彼は視線を合わせてくれる。


「なにをしても、喜ばせたくてもあなたを泣かせてしまうばかりだった。俺は、最低です」


「お、王子様……」


 頭を深く下げる彼にしがみつきたくなる。


「お、おやめください! あ、足が……汚れてしま……」


 瞬時にわたしを見た彼の表情は苦しそうで、さらに泣きそうに顔を緩めた。


「あの……」


「はい」


「ジャドールと、呼んでいただけないでしょうか?」


 「え?」


 すみません、彼はそう続けた。


「俺はあなたの呪いにはかかっていません。もともとあなたに惹かれていたのですから効果はありません」


「でも……」


「たしかに、あの日、不思議と心が軽くて、いつもよりも素直になれたのは確かです」


 情けない限りです、と険しい表情を浮かべた。


「あなたが国を出たときに誓いました。もう二度と泣かさないと。そして、これからは後悔をしないよう想いを伝えていくのだと」


 それが、ジャドールという男だったのだという。


「今さら遅いかもしれませんが、あなたを心から愛しています、フローラ!」


 触れた指先に思いっきり力が込められ、これでもかというくらい大きな声を出されてしまい、息が止まる。


「愛しています、フローラ!」


「えっ!」


「あなたが大好きです! 大好きで大好きでたまらない! この世の中でなによりも大切に思っています!」


「ちょっ!」


「あなたのためなら何を捨てたって構わない。 俺は……」


「わ、わかってます! わかっていますからっ!」


「わかっていないです!」


「わっ、わかっています!」


 これ以上大声で言われたら、耐えられそうにない。


「いっ、いつもちゃんと伝えてくれていましたから……わ、わかっていますよ」


 だからそんな熱い瞳で見つめて、何度も何度も言わないで……と、あまりの刺激の強さに頭がくらくらしてきてしまう。


「魔女様との約束だったとは言え、あなたを騙していたのも事実です」


「気づいていましたよ」


「そうでしたか」


「そうですよ。あなたがなぜ『ジャドール』という名を使ったのかはずっと疑問でしたけど……」


「異国の言葉です」


「えっ?」


「俺もあなたに呪いをかけたかったから」


 かすかに頬を染め、瞳を逸らす末王子様……いえ、ジャドール。


「フローラ、許していただけなくてもかまいません。ですが、あなたのそばにいたい。ずっとずっとあなたのそばにいたい。俺を、あなたの騎士のままでいさせていただけないでしょうか」


「き、騎士って、あ、あなたは正真正銘本物の王子様ですから」


 なんて無茶なことを言うのだろうか。


「ふたりの愛の巣では、あなたの騎士です」


「ふっ……」


 ふたりの愛の巣って……


 どう見ても囚人が囚われていた小屋よ。


 だけど、


「相変わらずです、ジャドール」


 思わず頬が緩んだ。


 同時に涙も溢れたけど気にしない。


「わたしも……わたしもあなたのおそばにいたいです! も、もう二度と暴走しないよう心から誓いますから、お許しください」


「フローラ……」


 瞳を潤ませ、顔を歪めた彼に小さく笑いかける。


「あなたを好きでいられる呪いなら、いつでも大歓迎ですよ」


 朝日が照らす彼の表情は、とっても美しい。


 涙でぼやける瞳でもっと見たいと手を伸ばす。


 やっと、あなたに触れられる……


 わたしがわたし自身を縛り付けた呪いが、徐々に解けていくのを感じる。


「ジャドール……んっ!!」


 彼の頬にそっと触れると、彼も笑みを返してくれ、そのまま隙を与えてくれることもなく唇を重ねられた。


「んんんっ!!」


 ちょっと、と憤慨するわたしに彼は全くおかまいなしだ。


 くすくす笑って、そして言った。


「おはようございます、フローラ」


 それは、わたしたちの朝の習慣だった。


 何も言えなくなったわたしは、頬を膨らませたまま彼に飛びついていた。


 変わらない彼がそこにいて、胸がぎゅっとなった。


 新しい1日がやってくる。


 そして、新しいわたしたちが再び動き出す。




 この日はのちに、アベンシャールの末王子に呪いをかけた脅威の魔女が、再び彼に囚われたと言われる始まりの日でもあった。






 

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