第23話 魔女の心得

「フローラはちゃんと返したのかい?」


 若いっていいねぇとおばあちゃんは楽しそうだ。


「なにを?」


「好きだって気持ちをだよ」


「か、返すわけないでしょ。わたしが心から操っているだけなのに、返せるわけがない」


「操っている? 誰をだい?」


「だ、だから、あの方よ! 末王子様!」


 言葉にしてまた消えたくなってくる。


 何度も何度も傷をえぐらないでほしいのだ。


「バカだねぇ」


「え?」


「あんなちっちゃな呪い、わたしに解けないとでも思ったのかい?」


「え……」


 おばあちゃんの言葉が、耳の奥で何度もこだまする。


「バカにしないで欲しいね。半日もしないうちにばっちり元通りにしたに決まってるじゃないか」


 じゃなかったらわたしたちの首は本当に飛んでいたからね、とおばあちゃん。


「えっ……じゃ、じゃあ……わ、わたしが国外追放されたのは……」


「魔女の修行だよ」


「へ?」


「ああやってね、魔女は一度は孤独の時間を設けないといけないんだよ」


「………」


 言っていることが全く理解できない。


 ただわかったことは、王子様の呪いは……


「ああ、でも末王子様に呪いがかかったときにこれはチャンスだと思ってね。王様たちにもわたしからお願いしておいたんだ。かわいい子には何とやら。あんたを立派な魔女にしたいから、協力してほしいって」


「やっ……でも……」


「王様たちはしぶしぶだったけど、了承してくださった。口外しないようお願いしたものだから、フローラにはつらい思いをさせてしまったけど、すぐにでも根を上げたらこっちに戻そうとも何度も考えたんだよ」


 つまり、わたしのための魔女の修行だったと……


「ひ、ひどい、ひどいわ、おばあちゃん……」


「ひどい? あたりまえだよ。わたしは魔女だよ」


「……そ、そうだけど」


 全くその通りなだけに言い返すこともできないけど、目のまえで生き生きと笑う彼女が本当のおばあちゃん魔女の姿なのだろう。


「申し訳ないことをしたのは、末王子様だよ」


「え?」


「魔女の力を借りたとはいえ、やっと意地を張らずに好きだと口にできるようになったのに、想いを告げた途端あんたは絶望していたし、そのあとすぐにいなくなった」


 彼が一番の被害者なのは本当だ、と彼女は続ける。


「なにも説明されていなかったんだよ。だから、自分のせいであんたが追放されてしまったと、本気で思っていた。あんたがいなくなってから、彼は本当に血の滲むような努力をされたそうだよ。必死に稽古を重ねて、騎士の中に混ざっても遜色のないほど強くなったそうさ」


「………」


「正式に騎士の強さを認められた時に、フローラのもとへ行くと言い放って、周りの反対も押し切って出て行ったんだ」


「なっ……」


 うそでしょ。


「なんてバカなことを……」


 バカなのはわたしだけど、彼も相当なものだ。


「まさにその通りだよ。健全な想い合っている若い男女がふたりきりで森の中に住んでいただなんて、ああ、恐ろしいこった」


「ちょっ、何の話をしているのよ!」


 わざとらしく頭を抱えるおばあちゃんにぎょっとする。


 誰かに聞かれて勘違いをされたらどうしてくれるのか。


「な、なにもなかったわ! 彼が呪いにかかっていたこと以外は……な、なかったわよ……」


 徐々に語尾が小さくなるわたしに、またおばあちゃんは豪快に笑い、手を叩く。


「さ、行きな、フローラ。聞きたいことはいっぱいあるけど、まずはやるべきことがある。彼は二度とおまえを泣かせないと誓ってここをあとにしたんだ。約束は守ってもらわないと困るね」


 誰のことかは聞かない。


「いつもわたしが覗いたフローラの顔は笑顔がいっぱいだった」


「………」


「それが答えだと思うんだ」


 行ってやってほしい。


 おばあちゃんは繰り返した。


 わたしは何も答えず、小さく頷いた。


 おばあちゃんの後ろの窓に光が差し込む。


 朝日が闇を照らす時間がやってきたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る