第22話 偉大な魔女とその孫娘
「大きくなったねぇ、フローラ! ああ、きれいになって……」
「おばあちゃん……」
大きな天蓋つきのベッドに横たわっておばあちゃんがにっこり微笑んでいた。
夜のうちに王家の馬車に乗せられ、ここにやってきた。
初めて城を出た時はもっともっと長い日数をかけて移動してきた印象だったけど、今回は半日もかからずにこの場所に戻ってこれたように思う。
それでも長い長い道のりに思え、必死に自身の感情を殺し、ここまでやってきた。
心を閉ざした。
誰も、わたしには近づいてこられなかった。
もちろん、この国の末王子様であっても、だ。だけど、
「おばあちゃん……」
懐かしい場所で懐かしい笑顔を見たら、一気に気が緩んでしまったのか思わず飛びついて、声をあげて泣いてしまった。
「おばあちゃん、おばあちゃん……」
「おやおや、立派だ立派だと聞いていたのに、相変わらず泣き虫のフローラは変わらないねぇ」
優しい声はあの頃のままだ。
「聞くところによるとわたしよりも力の強い最強の魔女様だと聞いていたのに」
「なっ、何にも変わってないわ。あの頃のままよ。わたしはいつも人に甘えて、なにひとつ自分ではできていない」
「そんなことないよ。いっぱい薬を作ってこっちにも送ってくれただろう。良く効くんだってみんな言っているよ」
「おばあちゃん、知ってたのね」
こっそりやっていたつもりだったけど、彼女には全てお見通しだったようだ。
涙をぬぐっておばあちゃんの顔を見ると覚えていた記憶よりも小さくなったように見えるおばあちゃんがそこにいた。
「ごめんね、おばあちゃん。今まで我儘ばっかり言って逃げていたけど、これからはおばあちゃんの代わりにここでしっかり働いていくから」
王族に呼び戻された。
いや、本当はずっとずっと前から呼ばれていた。
しかし、その呼びかけに応答はしなかったし、しなくてもいいようにしてくれていた人がいた。
「迷惑ばかりかけてごめんなさい……」
「フローラ、魔女はそう簡単にはくたばらないよ」
「おばあちゃん……」
心配するなと明るく笑う彼女にわたしもそう思える一生であればいいのに、と願わずにはいられない。
「ねぇ、フローラ」
「なぁに?」
「魔女になるのは嫌かい?」
今も、まだ……とおばあちゃん。
「人のために、何かをするって幸せなことなんだよ」
おばあちゃんがふふっと笑う。
「やってみて、合わなかったらおばあちゃんとまた次にできることを考えればいいし、やってみようと思うなら、わたしはフローラに協力する」
「わたしでも、人の助けになれるのなら、やってみたい」
今はもう、償いたいと思う気持ちだけじゃない。
「おばあちゃんのような立派な魔女になるんだって決めてここに戻ってきたの」
人の喜ぶ顔を見たいと思う気持ちが、あの頃よりはよくわかっているつもりだ。
「おばあちゃん……」
「ん?」
ただ、ひとつだけ……
「協力してほしいことがあるの」
「なんだい?」
言葉にしようとして、うっとなる。
また胃のあたりがもやっとして気持ちが悪い。
「げ、解毒薬を作るのに、力を貸してほしいの」
泣き虫だって言われたくなくて、もうまともに目が見られなくて、おばあちゃんのベッドに顔をうずめる。
ふかふかしていて、心地の良いお日様の香りがする。
「アドバイスをしてくれるだけでもいい。お願いよ」
「……解毒薬、何のだい?」
おばちゃんはわざとなのか本気なのか、拍子抜けしてしまいそうなほどとぼけた声を出してくる。
「の、呪いを解くための解毒薬よ。王子様にかけてしまった、惚れ薬の解毒薬!!」
作らなきゃ、作らなきゃと思っていたけどいつもそれだけはいつも失敗に終わり、うまく作れたことがなかった。
「ずっと、ずっと作ってきたんだけど、全然効果はなかったの。いろんなところへ行っていろんな薬草を取ってきて、何度も何度も試したわ。でも……」
『フローラ』
と、柔らかな榛色の瞳が脳裏に浮かぶ。
わたしが現実を受け入れたくなくて、作れなかったのだろうか。
「ダメだったの……」
きっと、呪いが解けたら彼はわたしの元を去ってしまったのだから。
「ダメだったの。わたしじゃ作れないの。他の薬ならうまくいくのに、解毒薬だけはどうしても作れなかった。毎日毎日どうやっても何度飲ませても飲ませても、いつも変わらず好きだ好きだって、全然効いてくれなくて、わ、わたし……」
あの優しい声は、どんなときでもわたしを呼ぶのだ。
どんなときでも、見つけ出してくれるのだ。
しゃくりあげるわたしに、ぷっと笑うおばあちゃんの声が聞こえて顔をあげる。
「お、おばあちゃん……」
「フローラも恋をするお年頃になったんだねぇ」
「え?」
しみじみと言われ、困惑する。
「いつの間にかそんな熱烈に愛を告げてくれる人ができたのかい」
よかったねぇよかったねぇ……とわたしの手を握って喜んでいる。
「い、いや、そうじゃなくって……」
そんなに簡単に喜んでもらえる相手ではないのだけど……と、言いたいことは山ほどあったけど、あまりに嬉しそうなおばあちゃんの様子にまた言葉が詰まって、悲しいのか困ってしまったのか感情が行方不明になっていた。
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