第21話 夢の終わり
「ああ、フローラ、目覚めたのですか」
もちろん、彼がわたしの視線に気づかないことはない。
振り返った彼が他の騎士を制止し、いつもと変わらぬ笑みを浮かべて近づいてきた。
無意識に後ずさろうとしてしまって、足を取られて倒れ込む。
「ああ、フローラ、大丈夫ですか?」
びっくりしましたよね、と彼はわたしに手を差し伸べてくれる。
「連絡もなしに、王子の使いが来たみたいで」
淡々と告げる彼のその手をわたしは取ることができない。
震えが止まらない。
「あなたが拒むのならもちろんお引き取り願うつもりです。あなたの意見を聞いてから……」
「お、おばあちゃんが倒れてしまったって……この前……連絡が来て……」
平静を保とうとするものの、安定しない自身の声が遠くの方で聞こえる。
「今は目を覚ました状態だそうです。命に別状はないと外の者たちも申しておりました。ただ、フローラが心配なのであれば、俺も付き添って……」
「王宮に戻れ、そう言いたいんですか?」
「え?」
きっとこんな表情で彼を見つめたことはなかった。
自分でも驚くほど醜い顔で彼をにらむ女の顔が目に入った。
「あなたも知っている通り、わたしには大きな力はありません」
「フローラ……」
「だから、戻ったって、みなさんの役に立てるとは思えません。わたしは、おばあちゃんのような偉大な魔女じゃないんです。あなたもわかっているはずです」
絶対に泣いちゃいけない。
歯を食いしばる。
言いたいことは山ほどある。
この人にぶつけたって、この人を責めたって意味はないのに、わたしは嫌悪に満ちた言葉を繰り返す。
悪いのはすべてわたしだ。
王宮の人たちは優しく、囚人のわたしにも温情を与えてくれた。
「叶うものなら恩返しがしたいと思っています。一生仕えろというのならそうします。だけど、怖いんです。あそこに戻ってまた感情が爆発してしまったらって。人の一生を操ってしまったらって……」
「あなたは誰も操っていません」
大丈夫です、と触れられたやさしい手を払いのけ、わたしは両手で顔をおおっていた。
「もう少し、もう少しなんです……」
お願い、あと少し、待ってほしい。
「もう少しで、解毒薬が完成する」
ずっと、ずっとずっとひとりで研究してきた。
「ふ、フローラ、いったい何を……」
「知ってるんでしょう」
ああ、終わりが来たんだって、その時思った。
ついに、この時が来てしまったんだなって。
「わたしが末王子様に使用したのは、惚れ薬よ」
仲よくしてほしい、笑いかけてほしい、ずっとそう思っていた。
あれから、王子様はわたしのことが大好きになってしまった。
やさしい笑顔をむけてくれるようになった王子様はまるで別人のようになってしまった。
「ここにいてもどちらにしても、あなたの人生を狂わせることは間違いない」
ここでなら、夢が見れた。
「解毒薬が完成するまで、待ってもらえませんか?」
懇願するように彼の腕にしがみつく。
「お願いします! もう少し、もう少しなんです……」
ここでなら、止まった時の中で笑いあうことができた。
だけど、あの場所は違う。
「すぐに、あなたにかかった呪いを解きますから」
知っていたと思う。
わたしが薄々気づいていたということは。
だけど、あえてこのことを言われるとは思わなかったのだろう。
ジャドール……いいえ、アベンシャール国の末王子様は狂ったように懇願を繰り返すわたしを見て、最初は驚いたように目を見開いていたけど、それから少しずつ表情を失っていった。
小さく聞こえたのは、「ごめん……」という言葉だった。
『フローラ、大好きです』
そう笑いかけてくれたその人は、もうそこにはいなかった。
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