第15話 ただあなたのそばにいたい
「……ラ! フローラっ!」
「はっ!」
パッと瞳を開くと、同時に大量の涙が瞳から流れたのがわかった。
「フローラ、大丈夫ですか?」
心配そうにのぞきこんでくるジャドールの姿が涙の先に見えた。
「ジャ……ドール……」
「ええ、俺はここにいます」
「ジャドール、ジャドール……」
「もう大丈夫ですよ」
と頬に手を添えようとしてくれる彼にしがみつき、わたしはわんわん泣いていた。
嫌な、嫌な嫌な嫌な夢を見た。
夢じゃない。
これら、わたしの記憶だ。
消すことができない、永遠にとらわれた呪いだった。
「大丈夫です。大丈夫ですから」
ジャドールは何度も繰り返す。
「俺はあなたのそばを絶対に離れませんから。さ、ゆっくり呼吸して」
優しく頭を撫でられ、彼に言われたとおりのリズムで息を吐く。
何度か吸ったり吐いたりを繰り返し、だんだん心が落ち着いてきたところでまた彼の胸に顔をうずめることになる。
もう大丈夫です、といつもなら言っただろうけど今日は心地が良くて、できることならもう少しこのままでいさせてほしかった。
「外の空気でも吸いましょうか」
ひょいっとわたしを抱え上げ、外に連れ出してくれた。
無数の星が夜空では瞬いていて今にも吸い込まれそうだった。
もうすぐまた夏がやってくるだろうのに、夜は涼しい。
橋のそばに腰を下ろし、ジャドールが撫でてくれる手のひらの温かさにわたしは呼吸を整えていた。
「よ、夜遅くに、ごめんなさい」
言葉とは裏腹に、離れられずぴったりとくっつきながらわたしは繰り返す。
「時間外労働ですよね。気を付けます」
そういうのが精一杯だった。
「何度も言っています。頼れるときは頼ってください」
だんだん意識がはっきりしてきて自己嫌悪に陥ったわたしに、彼は告げる。
「俺はあなたの騎士です。守らせてほしいんです。あなたを苦しめるすべてのものから」
「………」
その言葉に、また涙があふれる。
彼はわたしを泣かせる天才なのだろうか。
「あなたに笑って欲しいため、わたしは……」
「損な性分ですね」
涙をぬぐうことなく、口角を上げて見せると切ない色を宿した榛色の瞳と目があった。
「あなたならもっと、もっともっともっと楽しい毎日を謳歌できたはずなのに」
こんなところに閉じ込められて。
「毎日、これ以上にないほど楽しいですし、生きてきた中でもっとも幸せな日々を更新しています」
「よ、よくもそんなことがペラペラと……」
場の空気を一気に乱すような奇声をあげてしまったほどだ。
「知ってると思いますけど、王宮には見惚れるばかりのとっても素敵な女性たちがたくさんいます」
「はぁ……」
わたしの言葉に、まったくもってどうでもよさそうに相槌をうつジャドール。
夜の闇でも輝きを失わないその美貌をわたしひとりが独り占めしているのはどうにももったいない気がしてならない。
「スタイルが良い女性だっていると思うし、あなたはきっと、もっといい思いができたはず」
「いい思いって?」
「ぐ、具体的にはわからないですけど、男性が喜びそうな……そ、その……」
「フローラが満たしてくれれば十分です」
「ぐっ!」
実に強情である。
「フローラのそばにいられたら十分です」
他に、何もいらない。
「あなただけがそばにいればいい」
「その感情が、操られたものであっても?」
ぼんやりその言葉を耳にしながら、ずっと気付かないようにしていた言葉を口にする。
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