第14話 魔女と悪夢の記憶

 嫌な顔をしないでほしい


 名前を呼んでほしい


 わたしにも、笑いかけてほしい




 どろどろと濁った感情は、お鍋の中でぐつぐつと煮える薬草に染みわたっていく。


(ああ、ダメだ……)


 わかってはいたけど、声がでなくて、どんどんと闇の色を宿すその液体を眺めていた。




 話したい……


 一緒に遊びたい……


 お友達になりたい……




 負の感情が鍋の色をも染めていく。


(ダメよ、そんなことをしてはダメ)


 わたしの言葉は届かない。


 少女はくしゃくしゃの顔で泣いていて、正気とは思えなかった。


 力任せにちぎった薬草が足元に散らばっていて、どう見てもまともなものが作れるとは思わなかった。


 好きなのに、好きなのに、大好きなのに……


 初めて笑いかけてくれた日のことを覚えている。

 わたしの名前を呼んで、完璧な笑顔で笑いかけてくれた。


 どうぞよろしくと、わたしの手を取ってくれたじゃないか。


(ああ……)


 わかっている。


 これは記憶だ。あの日の記憶……


(どうにか、断ち切らないと)


 心を乗っ取られるわけにはいかない。


 客観的に見ているからか、思いのほか冷静だ。


 少女に声が届かないのならと考えを改め、何かいい方法はないか考える。


 そんな脳裏に、ふわふわ揺れる金色の髪を揺らし、彼のもとに駆けてきた少女の姿が見えた。


 その姿を見つけた途端、彼の表情が見たこともないものに変わったのがわかった。


 ぷつりと思考が停止した。


 ガラガラと音を立てて世界は崩壊していく。


 わたしは、泣いていた。

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