第10話 魔女に与えられた任務と買い出し
「感染症って、マチルダ地方の領地で起った出来事のことですか?」
さすがに情報は早い。
「そうです。すでに何人かの被害者が出ているということで、祖母が対応しているようなんですが、何しろ原因不明のものですから食い止めるのが精一杯の状況だと知り、なにかできないかと試行錯誤していたところでした」
「薬草を手に入れようとしたということは、解決策が思いついたのですか?」
「いろいろと……」
どこまで話していいものかと頭一個半以上背の高いジャドールを見上げると、珍しく好奇心たっぷりな瞳で興味深そうに聞いてくる。
この男はこうやって疑問に直面した時の意見を聞きだすのが好きなのだろうか。
「状況を直接見たわけでもないので、出所はわからないんですけど」
「はい」
いつものことながら声色がどうもはずんで聞こえるから不思議だ。
「マチルダ領といえばちょうど隣国との境目で、どちらかというと人が済むのに適した場所というよりも、木々が多く自然がたくさん残された場所だと聞いたことがあります」
そこで感染したとなると……と付け加えた時、試すような瞳でこちらを見ているジャドールに気付く。
「ジャドール、あなた、本当はもっといろいろと知っていますね?」
挑戦的な瞳は肯定の証である。
「もうっ! わたしは真剣なんですよ!」
頬を膨らませると彼は花が咲いたように表情を緩める。
「一生懸命に考えている姿がとってもかわいかったので……」
「だっ、黙って」
あああああもう、調子が狂う。
人の生死が関わっているというのに何を考えているというのだ。
「感染したのは、騎士仲間です。国境付近を警護にあたっている者たちです」
「え……」
ぽつりと呟いた彼は、一瞬わたしの知らない表情を浮かべた気がした。
「しかし、さすがはあなたのおばあさまです。一瞬にして状況を把握し、薬草を援護の騎士に持たせたそうで、一応は事なきを得ています」
「え? 解決しているって言うのですか?」
「まぁ、後遺症が出てしまう可能性があるのでなんとも言えませんが……」
この様子だと、わたしに届いた情報はどうやらすでに解決の兆しが見えてきたものらしい。
大事に至らなかったのであればそれはそれで一番だ。
だけど、腑に落ちない。
なんでわたしにも頼ろうとしたのか。
一度あることはどこかでもあるだろうから万全の対策が練りたいと?
もちろん、すぐに対応できるわけではないから、わたしに連絡が来てから対応できるのは全力で頑張っても1日はかかってしまうのは事実だ。
実際任せたモフモフがどのようにしてどのくらいの時間を要して現地まで向かっているのかさえわからない。
だからわたしに頼る際はそう急ぐことのない案件であることは知っていた。
急ぎではないけれど不足してはならないもので、少しでも多く常備しておく必要のあるもの。
今回はたしかに、いつもよりも重い内容だとは思たけど。
「フローラにきた依頼は、感染症に利く薬草を作ってほしいというものでしたか?」
「いえ、水を浄化させてほしいと」
「なるほど。口に含むものから見直していこうというわけですね」
ひとつ話せば多くを悟る男だ。
さすがだと思う。
「水が原因だと思いますか?」
「現段階では少しずつ探っている状況なのでしょうけど、フローラが浄化した水だったら他にも使用価値はありますし、一石二鳥といったところでしょうね」
「……か、買いかぶりすぎです」
「それでこんなにも大量の石を買ったわけですね」
「えっ、ええ……」
今日は急を要すると思って、いつもみたいにお茶をしていく時間がないため、わたしはありとあらゆるところで浄化剤に使える石と珍しい薬草が売られているという店に足を踏み入れた。
思ったよりも荷物が増えてしまって、大変申し訳ないことにジャドールに担いでもらって、モフモフを待たせているところまで戻ろうとしているところだった。
「ああ、それにしてもあなたとゆっくり街を散策できないだなんて。同僚たちの危機とはいえ、許しがたいですね」
目的だけ果たし、そのまま帰ることになり、なおかつ荷物で両手がふさがれてしまったわたしたちはジャドールが望む恋人のふりをして手をつなぐこともできず(わたしとしては今の状態でずいぶんほっとしているのだけど)本気なのかどうなのか、ジャドールが何度目かになるボヤキを繰り返したところだった。
「またゆっくり来ましょう。ここは異国の茶葉がたくさん売られているようでした。わたしも興味があります」
薬草だけではなく、海外から取り寄せられたであろう様々なものが置かれていた。
また、歩みを進める道の隅々に、多くの宝が眠っているようにも感じる。
実際に目に見えるわけではない。それでも感じるのだ。
薬草は使える人にしか価値はわからない。
見る人からすれば、ただの雑草にしか思えないだろう。
誰も気にしていない。
だけど、重宝されるべきものだ。
そう思える草木がこの街には多い気がした。とても興味深い。
「でもよかった」
「ん?」
「あなたがそうしてはつらつとした表情をされるのであれば、俺は本望です」
「っ!」
どんな顔をしていたのだろうか。
ずり落ちてくるメガネを直したくても、フードをもっと深くかぶりたくても両手がふさがっているため、すぐにどうこうできないのが悔やまれた。
「俺もいくつかお茶を買いました。明日、ゆっくり飲みましょう。あなたとなら、どこでお茶をしても楽しいですから」
「ま、またそんなことを……」
「本当ですよ」
活気のある街は人が行き交い、明るい声が響きあう。
普段はとっても静かな生活をしているため、思わず見入ってしまう。
ちょっと心が弾んだ気持ちになるのは、楽しいと思っているからだろうか。
そわそわしている自分に気付く。
街につれて行ってもらうときはいつもそうだ。
「ジャドール……」
「だれかぁああああああああああ、た、助けてえええええええ!!」
お礼を言おうとした時だった。
どこからともなく金切り声が聞こえた。
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