第8話 空飛ぶ魔女の行方

「今日は、ゾウール地域に向かいたいのですが、大丈夫ですか?」


 このあたりなのだけど、と地図を見せる。


「もちろん。どこへでも」


 地図すらみることなく、即答である。


「そこでしか手に入らない薬草が欲しいんです。あ、変なことに使うつもりやあなたを困らせるつもりはもちろんありません」 


「問題ないです。行きましょう」


 まるで言い訳をしているようだなと自分でも思いつつ、必死に考えてきた言葉を組み合わせ伝えようと試みるものの「ゲートを開けますから少し離れてください」と何事もなかったように空を見上げるジャドール。


 腰元にぶらさげていた剣を抜き、彼は何かを唱える。


 彼のいるところだけ景色が変わってしまったかのように、風がやみ、音が止まる。


 こういうところはやっぱり絵になるなぁとぼんやり眺めながら、いつものようにそのときを待つ。 


 この場を任されているのが騎士である理由がこの儀式だった。


 ジャドールの声とともに少しずつ剣にまばゆい輝きが吸い込まれていく。


 はっとした時には、掲げた剣の先から無数の光が上空に放たれていった。


 明るい時間に花火があがったらこんな感じなのかしらと今日も思う。


 一瞬、世界の色が消えたような錯覚に陥るものの、少しずつその光の先から虹色のカーテンがゆっくり下り始める。


 いつ見ても幻想的な光景だった。


「不備はありません。完了しました」


 剣を腰元に収め、「お待たせしました」とジャドールは静かに一礼をする。


「いつもありがとうございます」


「いえ、お力になれて光栄です」


 こうして、この不気味で奥深い森の中に閉じ込められた魔女を囲う結界は解けたのである。


 騎士にしか解けない術式が組まれているそうで、毎回外に出たいときはこうしてジャドールにお願いすることになっていた。


 とはいえ、ジャドールの前の騎士たちは、わたしの力を恐れ、ただ遠くから監視はするものの結界を解くなんてとんでもないと言わんばかりだったため、ジャドールと出会って初めて知らない街に出て、久しぶりに騎士以外の人間を目にするようになった。


 たまに、どこからともなく現れるモフモフからの手紙を見て、外に出ることを決める。


 ジャドールは一度だって反対することはなく、快くわたしのわがままに付き添ってくれていた。


 変な人たちに絡まれたってジャドールはとっても強いため、何の心配もないし、やっぱりこの人は何のためにここに送り込まれたのか、と疑問がぐるぐるしてしまう。


「モフモフ、頼むよ」


 ジャドールが囁くようにそう告げると、小さかったモフモフがいきなりボワンッという音を立てて大きくなった。


 丸いままいきなり大きくなるものだからそのシルエットには驚かされてしまうけど、軽やかにジャドールがその背に飛び乗り、「どうぞ」と手を差し伸べてくれる。


 わたしだってきっと運動神経は悪い方じゃない。


 飛び乗ろうとするならば問題なくひょいっと乗ることは可能だと自分では思っているけど、差し出された手に手を伸ばさない日はなかった。


 わたしの手をつかむと、ぐいっと引き上げてくれる。


 ジャドールの背に着く形でモフモフの背?の部分に着地をする。


 ふわふわしていて心地いい。


「さ、捕まってください」


「………」


 両手をあげ、振り返るようにこちらに目を向ける彼の口元が緩んでいる。


 言わんとすることはわかっていたけど、ここでうろたえたら彼の思うつぼだ。


 気にしないふりをして、そっと彼のたくましい腰元に手を回す。


「し、失礼します」


「もっとしっかりつかんでくださって大丈夫ですよ」


「……わたしにこんなことされて喜ぶのは、あなたくらいですよ」


 本当に、変わり者だ。


「ええ、他の人間にはこの至福の瞬間を絶対に譲りたくありませんね」


「……黙っていたら、本当にかっこいいのに」


「え? なんて? ぜひもう一度」


「言いません。 出してください」


 変わらぬやりとりをしながら、モフモフがふわんっと飛び上がるのを待つ。


 モフモフはなかなかマイペースなため、何度かジャドールが声をかけてくれて、ようやく空に浮かんでくれるのだ。


 今回も「残念!」などと言いつつ、「モフモフ、頼むよ」とジャドールはの穏やかな声があたり一面を包んでいく。


 春になったとたん芽を出した色とりどりの花たちがかわいらしく揺れる。


 奥の小さい畑も日の光を浴びてキラキラ光っていた。


「……!」


 ご機嫌なのか、今日は一度で浮かび上がるモフモフ。


 胃がひっくり返ったかと思う心境がいまだに慣れず、浮かび上がる瞬間はやっぱり苦手だ、と強く目を閉じる。


 ゆっくり、それでも徐々に体中に重力を感じ、空に向かって進んでいることを把握した。

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