第6話 若き魔女は苦悩する

「今日の予定はいかがなさいますか?」


 モフモフと鳴くまんまるの綿のような不思議な鳥(通称:モフモフ)が運んできてくれた手紙を片手に意識を飛ばしていたわたしははっとする。


 見事な立ち振舞でこちらに近づいてくるなり、彼はそう告げてくる。


「決行されるのであれば、準備は完了しております」


 相変わらずぬかりはない。


 完璧な笑みを浮かべ、ジャドールは瞳にかかった長い前髪を揺らした。


(ぐっ……)


 変な男だ変な男だと思っていても顔の良い男は得である。


 こんな辺鄙へんぴで不気味なところでもより一層輝きを放ち、怖がることなくわたしに接してくれているのは彼だけだ。


 二年間という月日の中で、本当にお世話になっている。


「!」


 ぐいっと引き寄せられてはっとする。


「……えっ、ちょっ、ちょっとっ!」


 両頬をつかまれ、身動きが取れなくなる。


「ちょ、ちょちょちょ、離してください!」


「今日はどことなく浮かない表情ばかり浮かべてますね。そんなフローラの様子もかわいくて仕方がないですが、心配ですね。嫌な夢でも見ましたか?」


「み、見てません! 見てません!! 大丈夫ですからっ!」


 ちょっと想いに耽るとすぐこれだ。


 すぐに現実世界に引き戻される……というか、いつもながらの貞操の危機である。


「元気の出るおまじないです」


 と、唇を寄せられ、ぎゃーーー!となる。


「ほ、本当に、本当に、本当に……だ、大丈夫なんです!」


 あまりにきれいな顔が近づいてきても見惚れてしまってはいけない。


 微かに唇が触れ合うかそうでないかのその距離で今度こそ窒息してしまいそうになったわたしは意識を失いそうになる。


 まばたきを忘れ、目を白黒させているであろう様子は美しい榛色の瞳を見ていたら一目瞭然だった。


「それならよかったです」


 今日は珍しく加減をしてくれていたのか、彼はすんなり身を引いてくれる。


 心臓に悪いからやめてほしい。


「嫌な夢を見るのなら、俺の夢にしてください。絶対にあなたを笑わせてみせますから」


 離れていく温もりをちょっとだけ(本当にちょっとよ!)さみしく思っている隙もなく、また言葉の攻撃が始まる。


 「なっ!」


 わたしの百面相も大忙しだ。


「なんなら今日からともに寝室を……」


「よ、予定はタイトですから、わ、わわわわたしも準備に入ります!」


 慌てて立ち上がると、後ろからクスクスと笑うような声が聞こえ、またやられた……と火照る頬をおさえながらわたしは自室に駆け込んだのだった。

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