第5話 春の訪れとその光
国外追放が言い渡された時、おばあちゃんは王宮に残れと言う命が下り、わたしひとりで長年お世話になったアベンシャール城を離れることになった。
もちろん監視の予定の騎士がふたり、同行して馬車に乗せられた。
わたしは犯罪者だ。
それでも王様も王妃様もギリギリのところまで寛大なお心遣いで最後まで気にかけてくれていたのがわかった。
ただし、周りの目は優しくはない。
王子様に手を出したことで、わたしに対する不信感はずいぶん高まり、今まではきれいだねって言ってもらえていた色素の薄い灰色の瞳だって気持ち悪がられることになった。
形だけでも十二歳の小さな魔女に罰を与えようとしてくれたのだろう。
彼らの計らいに深く感謝した。
移動時間はまったく囚人が扱われるような扱いではなく、むしろ快適に過ごさせてもらえたように思う。
四日ほどかけて到着したそこは、アベンシャール城からずいぶん離れた土地で、国外通報と言うのだからアベンシャール国の外であることは間違いなかったのだけど、人里離れた太陽の光さえも確認できないほど大量の木々で覆われた薄気味悪い森の中だった。
きっと、一歩でも道に迷えば二度と元の場所に戻ることはできないのではないかと思えるくらい深い深い森だった。
そこにたどり着くには特別な馬を使用しなければならなくて、においを覚えているのか何かに導かれているのか、理由はわからないけど、その馬しかたどり着けない場所なのだと事前に聞いていた。
時間が経つに連れ、騎士ふたりの顔がずいぶん深刻なものに変わっていくのを見逃さなかった。
ごくりと唾を呑む音さえ聞こえたように思う。
色が、どんどん闇に飲み込まれていく。
どのくらい進んだのだろうか。
迷うことなく導かれるように走り続ける馬が目指した森のさらに奥深くに、小さな湖があった。
そこに、一本の橋がかかっていて、その奥に小屋が建っているのが見えた。
騎士たちふたりは、明らかに嫌な顔をした。
馬は橋を渡れない。
だから、橋の脇に馬をくくってそこを渡っていくことになった。
逃げないだろうな、と何度も振り返って確認する騎士たち。
その様子をわたしは客観的な気持ちで見ていた。怖くはなかった。
最悪の状態を免れ、王様たちができる限りの罰を与えてくれたことにただただ感謝していた。
『不気味な小娘だ……』
どちらともなく、騎士は言った。
彼の怯えた瞳にはげっそりと痩せた女の子がフードをかぶって立っているのが見えた。
双方の瞳はぼんやりと薄気味悪く光っていた。
わたしは、徐々に口が利けなくなっていった。
人と関わりたくなかった。
気味が悪いのなら、こんなところにいたくないのなら、出てってくれていい。
わたしは脱走しようとしたりしないし、おとなしくしているから。
とてもじゃないけどそんなことを言える状態でもなく、文句を言いながら先を進む彼らのあとに続く。
アベンシャール城にいたころは、騎士の方々も本当に仲よくしてくれていた……ように思う。
きっと、この人たちも会ったことはあったはずだ。
陽気にはしゃいでいた日々の中で、一緒に笑い合っていたはずだ。
だけど、自分の過ちですべてを壊してしまったのだとこの時改めて悲しくなった。
気味が悪い気味が悪いと言い続けていた騎士たちが出て行ったのは、数ヶ月したあとだった。
それから、何度も何度も新しい騎士が現れては、姿を消していく。
やっぱりまた、不気味だというのだ。
頭がおかしくなったのか、「殺してくれ!」と喚く者までいた。
そのころにはすっかりひとりで暮らす生活も生きていくすべも身についていたから、誰が出て行ってしまっても、「ああ、また出て行ったのか」くらいに思う程度だった。
ひとりで過ごす毎日を満喫している頃にまた青ざめた表情の新しい騎士はやってくる。
一番長くいてくれた騎士のひとりが言っていた。
『この森に入った途端、生きる気力を奪われるくらい恐怖にかられるのだ』と。
彼なりに必死に明るくしようと努力してくれていたのだと思うけど、結局彼も体調を崩し、帰国を余儀なくされた。
十五になったころ、突然豪快に入口の扉が開いて、今まで見た中で一番派手な髪色の男が飛び込んでくるなり、『遅くなりました!』と頭をさげた。
お、遅くなりました?と朝食であるパンの耳をかじっていたわたしは驚いて椅子から落ちてしまいそうになった。
騎士ならいつも、橋の向こうで嫌悪感いっぱいな様子でうろうろしているのが目に入るため、次の新しい騎士も気付いたら橋の向こうにいるものだとばかり思っていた。
そのため、突然の来訪に驚きが隠せなかった。
しかもこの人……
『お食事中でしたか。俺もまだなんです。ご一緒してもよろしいですか?』
考える暇も与えてくれず騒ぞうしくやってきたその人は、「魔女様!」と春の訪れのような明るい笑顔を向けてくれた。
『たくさんおいしそうな食べ物を持ってきているんです!』
まるで、霧を晴らす太陽のようだった。
朝か夕方かもわからない。
夜の闇しかわからない森の中で、唯一の明かりがそこに灯ったような気がした。
そして、彼が現れてから少しずつこの森の雲が光を呼ぶようになる。
『魔女様、魔女様!』
いつも彼は陽気な面持ちでローブをすっぽりかぶって逃げまとうわたしを追いかけてはいろんな話を投げかけてきた。
調子が狂ってしまって、自分でも驚いてしまうくらい挙動不審になってしまったのもこのころからだった。
そう。
それが、ジャドールとの出会いだった。
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