第3話 極度の溺愛、お断り
「改めまして、おはようございます」
やっぱりアンバランスな花柄のエプロン姿でジャドールは出迎えてくれる。
非常に似合っていないのだけど、彼が着ているからこそなんだか高価なものに見えてくるし、これはこれでこういうものなのかもしれない、などと思えてくる不思議だ。
「おはようの口づけをしてください」
顔を洗った際に見た青白い表情がさらに引きつったであろうのに、彼は気にしない。
「し、しません!」
「します」
光の速さで否定し、自然な足取りでさっとこちらに近づいてきた彼に思わず見惚れてしまったすきに、頬にちゅっと唇を押し当てられる。
「っっっ!!!!!!!!!」
子どもならともかく、わたしは十七歳という立派なオトナなのである。
「おはようございます。フローラ」
「し、しないって言ったのにっ!」
挨拶のキスなんて、不要である!!
不要であるのだ!
(ゆ、油断も隙もない……)
この男が現れてから、ここまでが朝の一連行事となってしまったというのに、未だに慣れることができない。
体の底から一気に湧き上がる熱の波を必死にこらえ、わたしは唇を噛んで下を向く。
「はは、今日も大好きです」
「ちょ、ジャドールっ!」
毎朝毎朝、恥ずかしくないのだろうか。
この男が言うとまるで舞台俳優が舞台上でセリフを述べているだけにも思えるものの、隙を見せてはならない。
一瞬でも反応を返さなかったら同意とみなされ、何をされるかわからないのだ。
「朝ご飯はあなたの好きなエッグサンドとオニオンのスープです。朝一で取ってきた野菜で作ったサラダもあるので、しっかり召し上がってくださいね」
もちろん、彼にも彼なりのルールがあるようで、朝の挨拶が終われば通常モードの彼の姿で丁寧に扱ってくれる。(いや、どっちが彼の通常モードなのかはわたしにもわからないけど)
桃色のインクで染めた淡い色合いのランチョンマットの上にわたしの朝食が準備されていた。
小さなお花も飾られていて、いつもどおり、目には優しい。
「お、おいしそう……」
「どうぞどうぞ、召し上がれ」
あまりに良い香りがするので思わずぽつりとつぶやくと、ジャドールはとても嬉しそうに瞳を細める。
そのまま席につくわたしの後ろに回り込み、長い黒髪をリボンで結ってくれるジャドールは本当に完璧だ。
あまりに完璧すぎて、それはまるで……
「ジャドール、いつも言っているけど、そこまでしなくていいんです。あなたはわたしの召使いじゃないんですから。むしろ……」
言いかけて言葉が詰まる。
慣れたはずの言葉なのに、いざ言おうとするとやっぱり躊躇してしまう自分がいる。
だけど、そういうわけにもいかない。
「あなたはわたしを監視している存在です。むしろもっと傲慢に振舞ってもいいくらいです!」
ぐっと拳に力を入れ、表現を変えて必死に訴える。
「ご、傲慢にって」
ぷっと彼が笑って、一生懸命話した空気が台無しにされた。
「だっ、だってそうでしょう? あなたの方が立場的には上じゃないの。こんなに良くしてもらう理由がわたしには……」
「そうですか」
「そ、そうです。わたしに気を遣わなくていいんです。対等は無理だとしても、わたしはアベンシャールのしゅ……」
「では、口づけを強要しても?」
「はぁ?」
「傲慢に振舞ってみるのもいいかもしれませんね。ちょっと触れるだけでもいいんです。お願いします」
どうぞ、と腰を折り、わたしの目線に合わせてくる彼にわたしの怒りは爆発した。
「そっ、そういうことではありません!!!!」
ドカン、と頭の中でなにかが破裂したような気がした。
「さ、さめてしまう前に食べてください」
自信作です、と言う彼にもう何も言えなくなってしまう。
これは、彼の手なのだろう。
まんまとまた空気を一変させられてしまった。
この空気にされると、もう何も言えなくなってしまうのだ。
彼はわかっていてこうしてくれているのだろう。
頭があがらない。
「食後のお茶は、フローラが入れてくれるし、俺ばかりが何かをしているわけではないですよ」
「……今日も美味しいお茶を淹れます」
「ありがとうございます」
そうして、変わらない平穏な朝は過ぎていく。
一口食べ物を口に運ぶごとに「おいしいですか?」と希望にあふれた声で尋ねてくる彼に一語一句「とってもおいしいです」と返答を繰り返しながら、胃も満たされ、いつの間にかもやもやした気持ちもどこかに飛んでいき、幸せな気持ちになっていた。
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