第42話 残りの時間
第四十二話 残りの時間
目が覚めると医務室にいた。
部屋の大きさは広く、大勢の患者が使うことができる。
そんな中リアンは一番窓際のベッドに寝ていた。
他にも10ほどの病床があったが、リアンの他には誰もいなかった。
リアンの目の前の窓がわずかに空いており、隙間から吹く風にレースのカーテンがなびいている。
すごくゆったりと時間が流れているように感じた。
リアンはじっと自分の手のひらを見つめる。
戦いでボロボロになっていたはずなのに、今は傷ひとつない状態だ。旅に出る前…キールとともに国を出る前と同じ手。
傷が治っているのは、紛れもなくボロスの作った“狂薬”のおかげであった。
薬の効果は3日間。
その期間中は、負傷した部位も即座に修復され、元の健全な状態に戻る。
致命傷でさえも────
リアンは2日前、一度シュバルトに
その傷も治っている。しかし、狂薬の効果が切れた時、そのダメージは使用者に戻ってくる。
つまり、リアンはあと1日で死ぬのだ。
それは、狂薬服用後にボロスから受けた説明で理解していた。
「僕が死ぬのか…………実感湧かないな」
窓の外を見ると、城壁でよく見えないが、町の方から賑やかな声がする。
何事もなく、平和な時が流れていることを感じた。
(勢いで始めた逃亡劇だったけど、最終的には世界を救うことになるとはなあ)
(世界は救えたが、大事な人は守れなかった)
そう考え出したら、自然と涙が溢れ出す。
ポタポタと雫がベッドのシーツの上に落ちる。
「僕もこのまま死んでしまうのか」
俯いていると、部屋の扉から人が入ってきた。
そちらに目をやると、オルスロンが屈託のない笑顔を浮かべながらこちらに向かって来た。
「よー!調子はどうだ?怪我はすっかり治ったみたいだな」
「うん、おかげさまで。よく休めたよ。僕はどれくらい眠っていたの?」
「んー、そうだなー。2時間くらいか?」
まだ時間はそんなに経っていない。
「よかった」
「なんかあるのか?」
「いや、何でもない…………………という訳ではないけど」
「なんだよ」
「僕はあと1日のうちに死んでしまうからさ」
「………」
オルスロンも、狂薬の効果でリアンが延命していることは理解している。
そのため返す言葉が見つからないようだった。
「オルスロンさ」
「ああ」
「最期に一つ頼みがあるんだ」
「最期とか言うなよ」
元気が取り柄のオルスロンも、さすがに顔が曇っていた。
リアンの───親友の死を───受け入れられないでいた。
「まだ分かんないじゃん?オッサンの薬とやらの効き目が強くて、死ぬことはないかもしれないし。そもそもシュバルトから受けたダメージも致命傷ではなかったかもしれない」
「でも……狂薬の効果は本物だったんだ。僕は膨大な魔力と、身体能力、回復力を得たんだ。あれは紛れもなく薬の力。ボロスさんの説明通りだった。それなら、3日後にその期間受けたダメージが返ってくるのも事実だと思うよ」
そして、シュバルトに刺され、夢とも現実ともつかない空間で再会したキールは、本人のように思えた。
あの時、死んでしまったキールと再会したんだ。
つまり、僕は確かに一度死んだんだ。
そして、その死がいずれリアンの元へ返ってくる。
「オルスロン」
「うん?」
「死んでしまう前に、やっておきたいことがあるんだ」
「やっておきたいこと?」
「うん。オルスロンも手伝ってくれない?」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
天星城敷地内に教会のような建物がある。
大きさは天星城と比べるとはるかに小さいが、建物の壁の塗装は真新しく、太陽の光を反射し、キラキラと輝いているように見えた。
教会の正面に木製の装飾のある扉があり、そこには天使やら神様のような人物が彫られていた。
その教会のような建物は、皇族や将軍を弔うために設置された施設だった。
今回の事件で大勢の人が亡くなったことで、取り急ぎ葬儀が執り行われた。
ボロスらの計らいで、キールの葬儀が一番に行われた。
葬儀は淡々と行われた。
キールのことを知る国民達とミアーネ魔法学校の生徒と先生、軍にいた頃の部下だった者達、そして、リアン、オルスロン、アントーン、ボロスもそこに参列した。
急いで準備した葬儀のため、当人の写真や供花等も無く、少し寂しい雰囲気であった。
しかし、多くの参列者が集い、その中には涙を流し悲しむ者が多くいた。
キールは人付き合いは良い方ではなく、一部からは嫌煙されるようなこともあった。しかし、それとは逆に魔女として最高位の力を持ち、数々の戦場で戦果を上げ、功績を残した。一方で人柄は裏表が無く誰にも公平に接する姿勢を貫いていた。当然それを間近で見てきた人達からは、尊敬の念を持たれていた。
棺に納まるキールの顔を見て、人々は合掌し、頭を下げた。
キールの人生と関わってきた人達だろう。みな悲しみを浮かべている。
そして、リアンも最後にキールの顔を見るため棺に近づく。
死化粧によって、顔は綺麗に整っていた。
まるで、今にも目覚めるのではないかと思うくらい、生前の姿を保っていた。
「キールさん、ありがとうございました。僕は……僕も……」
リアンは誰にも聞き取れないくらいの小声で呟く。
感情が溢れて言葉にならない。
そのまま一礼だけして、棺を離れた。
僕もあなたみたいにカッコいい人間になれたでしょうか。
返答の無い問いかけを心で繰り返す。
その後も葬儀は淡々と進み、火葬までを終えた。
葬儀が終わった後、参列者達は散り散りに帰路についていった。
「終わったな」
オルスロンが静かに呟く。
気がつくと教会の前に、リアン、オルスロン、アントーン、ボロスの4人だけが立っていた。
みな、寂しさを顔に表し、余韻を感じていた。
人がいなくなり静かになったことで、キールの死を悲しんでいる嗚咽が聞こえてきた。
「泣くなよ、おい。お前どれだけ泣くんだよ。いい加減泣き止みな。まぁ、昔惚れてたからしょうがねぇとは思うがよ」
ボロスがやれやれといった風に言葉をかける。
葬儀の間、キールを失った実感が不意に訪れ、滝のような涙が止まらなかったのは意外にもアントーンだった。
「すまない…うっ…ぐっ…だが…別に惚れてはいない」
「オッサンも泣くんだな」
「アントーンさん…」
アントーンはキールとは軍の同期で一番付き合いが古く、長かった。
そのためか、リアン以上に悲しさを感じていたのだろう。
「キール…俺がもう少し強ければ…」
バチっと拳を自身の手のひらに打ちつける。
「自分を責めるなよ。キールはきっとお前さんに感謝してると思うぜえ。お前がいたから、キールはとても楽しかったはずだぜ。少なくともワシの目からそう見えたがなぁ。さて…」
気持ちを切り替えるように言葉を切り、ボロスはリアンとオルスロンの方に向き直る。
「今回の一件、首謀者はノリエガだったが、その企みに気が付かず、軍の混乱にお前らを巻き込んでしまった。本当に申し訳なかったな」
ボロスは深く頭を下げた。
「やめてください!そんなことはないです!ボロスさん達な何も悪くないんですから!」
「今後はこのような失態がないよう、ワシが目を光らせる。平和な国を少しずつ取り戻していくさ」
ボロスが二人に微笑むと、教会の扉が開き、ボロス軍の次将ミスズが小さな箱を持って、ボロス達に駆け寄ってきた。
「お待たせしました。こちらがキール様の遺灰です」
遺灰は小さな箱に納まり、それをリアンの手に引き渡した。
「悪いが、後はお前らに任せていいか?俺とアントーンはこの後軍の集まりがあって行かなきゃならねぇ」
「最後まで見届けたかったんだがな」
「任せてくれ。今頃俺の大工仲間達が準備を済ませていると思うぜ。まあ、今回の仕事は専門外だったけどな」
「オルスロンもありがとうよ。正直、魔人の強さは軍に欲しいところではあるんだがな。やっぱり来る気はねーか?」
今回の旅を通して、オルスロンの強さを認めたボロスは軍にスカウトしていたようだ。しかし、オルスロンは入隊するつもりはないらしい。
「お断りするぜ!悪いけど、俺はもう戦いたくねーんでね。平和を愛する魔人なんで!」
オルスロンの一言で一同が笑う。
そして、次にボロスは真剣な眼差しでリアンの方を見た。
「リアン、達者でな。お前のことをワシらは絶対に忘れない」
「ああ、君がいなかったらこの世界は救えなかった」
「狂薬の効果が切れても、生き残れたならよ。一杯やろうや」
「はい。ボロスさんもアントーンさんもありがとうございました。お元気で」
ペコっと頭を下げた後、アントーンがズイッとリアンの目の前まで近づき、リアンの片手を力強く握手した。
「君のような男と出会えたことに感謝する!また会おう!」
「はい!」
すっかり涙は出なくなったアントーンであったが、悲しみの表情は消えていない。
“また会おう”と言いつつ、心の中でこれが最期の別れだと理解していた。
そして、ボロスとアントーン、ミスズは天星城に戻っていった。
三人が去った後、冷たい風がオルスロンとリアンの間を流れていった。
さっきまで人が大勢いたのが嘘のように教会周辺は静まりかえっていた。
「とうとう二人ぽっちになっちまったな」
「うん」
オルスロンはリアンの方を見ず、空を見上げている。
「ほんじゃ行きますか」
太陽は傾き、夕暮れにさしかかっている。
リアンとオルスロンはとある場所に向かう。
この旅の始まりの場所へ──────
続く
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