第38話 伝達魔法の進化



リアンは自身の体に、手にしている短剣を突き立てようとした。

しかし……


ピタッと、腹部から数mmというところで、その手を止めた。


「………?どうした?リアン=ストロングシールド。なぜ手を止める?」


「………まだ……僕には……やることが…残ってる」


ギリギリのところで、持ち堪えているリアン。少しでも気を抜けば、また支配されてしまう。


「お前を…止める」


カランッと霹靂の間の石畳の上に短剣が落ちる音が響く。リアンの意思で短剣を手放した。『奴隷魔法』から逃れたのだ。


リアンは力強い眼差しで、シュバルトを見据えていた。


「こいつ…!」


なぜ、こいつに奴隷魔法が効かないのか!?

これも狂薬の効果なのか!?


「もう諦めろ、お前の計画は終わったんだ!頼む…シュバルト、降参してくれ…もう君と戦いたくないんだ」


リアンの懇願はシュバルトの耳に届いていない。

目の前の青年が憎くて仕方がない。

リアンの目には、シュバルトに対して憐れみも侮蔑もない。

シュバルトを対等な人間としてまっすぐ見ていた。


シュバルトはその余裕が気に入らなかった。


なぜ自分より劣る者に脅かされている?

なぜ、こいつはこんなにも余裕なんだ?

なぜ、お前は勝った気でいる?

お前を殺せば、まだ計画は続行できる。

まだ終わっていない…!


再び剣を振りかざそうとするシュバルト──

しかし…


「もう本当に終わりなんだ」


「何を言っている!?ついさっきも言ったろう?君を殺せばもうなんの障害もない!」



「いや、終わったんだ」


そう言うと、リアンは自分の右耳を手でおおった。


「………。………。お久しぶりです。こちらの声が聞こえていますか?」


しばらくすると、リアンの耳に年老いた女性の声が聞こえてくる。


『………。………。ええ、聞こえますよ。お久しぶりですね、リアン先生。お元気そうでよかったです』


リアンは『伝達魔法』を使い、誰かと会話を始めた。


「僕が居なくなってから、色々とご迷惑をお掛けして申し訳有りませんでした。」


『ええ、あなたがいなくなってから、本当に大変でしたよ。でも、あなたがキール先生のことを思って、行動していたのだなというのは何となく分かります。なぜ、リアン先生が国に背くようなことになったのか、わたしはずっと疑問でした。ただ……


今のあなた達・・・・の会話を聞いて、全容が分かった気がします。シュバルト様がサンカエル国を裏切ったのですね?』


「はい、僕達はシュバルトの企みによって、陥れられてしまいました。詳しいことは後でお話しますが……


ちなみに、先程のシュバルトと僕の会話はみんなにも・・・・・行き届いていますか?」


シュバルトはリアンの行動に理解が追いついていなかった。


こいつは何をやっている!?

誰と会話しているんだ!?

通話先の相手の声は聞こえない。

“シュバルトと僕の会話”……?

“みんなにも”……?

こいつがやっているのは…『伝達魔法』!?

リアン=ストロングシールドの固有魔法か!?

まさか…!?


「貴様…!この会話を外部の人間に聞こえるようにしているのか!?誰だ!?そいつは!?」


狼狽えるシュバルトを冷徹な眼差しで見つめるリアン。

もうすでに勝敗は喫していた。


「今話しているのは、ミアーネ魔法学校のマゴナク教頭先生です。でも今までの会話の伝達先は……」




『……。………。リアン先生聞こえますか?……先程のやりとりはきちんと行き届いてましたよ、恐らくほとんどの人間に。少なくともうちの教員と生徒は全員聞いているみたいです』


リアンはマゴナク教頭の声を聞き、自分の魔法が確かに発動していることを確信し、シュバルトに続きの言葉を伝えた。




「伝達先は……サンカエル国全国民です」


「全…員!?ば…ばかな!?そんなことが可能なのか!」


「狂薬のおかげですかね。僕自身驚いてます」


「で…では、わたしの計画は…サンカエル国のやつらに筒抜けに…!?」


その時、霹靂の間より外から大勢の人間の声と足音が聞こえた。

声と足音は明らかにシュバルトとリアンのいる霹靂の間に向かってきている。


それは一つの生き物のように、怒りという感情を携え、シュバルトという敵に向かって進んできているように感じた。


数秒後、霹靂の間に大勢の兵士とサンカエルの住民がなだれ込んできた!

入室した人々はシュバルトを見るなり、口々に叫んでいた。


「シュバルト!俺達を騙してたのか!?」


「信じていたのに酷すぎます!我々を犠牲にしようとしていたなんて!」


「キール様を狙ったのも、自分の野望を叶えるためなんですね!?」


「今日の催し物は、俺達を魔法の生贄にするためだったんだな!?このクソ野郎!?」


「シュバルト様、どういうことですか!?それでは、キール様を指名手配としたのも、何かの計画のためだったんですね!?」


城の外で戦ってた兵士達も、シュバルトの計画を知り、戦っていたボロス軍の兵士と共に霹靂の間に駆けつけた。


「俺達はあんたの計画に利用されてたのか!?クソっ!」


「お前一人のために何人が死んだと思ってるんだ!?」







「違う…わたしは…」


戦況は一転し、シュバルトの逃げ場はなくなる。計画を知った国民を『千人魔法』の生贄にはもう使えない。

動揺と焦燥で、しどろもどろに何かを言うシュバルト。しかし、国民達の怒声でかき消される。


「ぐっ…!リアン=ストロングシールド、やってくれたな…あの時………火山地帯で君の命を終わらせておくべきだった…!」


「いいや、君は完璧で最強だった。僕一人ではとうてい敵わない相手だったよ。ただ運がよかっただけさ」


「運か…運の差でわたしは負けたのかな…」


シュバルトはもうひっくり返せない状況に戦意喪失したかのように見えた。


しかし、未だリアンと同じエメラルド色の瞳に憎悪の炎は灯っているようにも見える。

まだ観念していない。


「では、最後に君に嫌がらせをして、消えようと思う」


そう呟くと、霹靂の間の奥に逃げて行った。

霹靂の間の奥には、祭壇の間へ降りていく階段がある。


そして、祭壇の間には、“キールの死体”がある…!


「くそっ!何をする気だ!」


シュバルトの後をすかさず追うリアン。


国民達も後を追おうとするが、リアンがそれを止める。


「皆さんは危ないので、ここで待っていてください!僕一人で決着をつけます!」


しかし、国民達もシュバルトへの怒りが収まっていないようだった。

今にも祭壇の間になだれ込む勢いであった。

もうリアンの声は届かない。


かのように思えた。その時────



「皆さんはここでお待ちください!」


「ワシらの手で最後までやさせてくれねぇか!」


霹靂の間に、二人の国将の声が響き渡る。



国民達が振り返ると扉のところに、アントーンとボロスが立っていた。

二人ともこれまでの戦いで負った傷が癒えておらず、立っているのもやっとの状態だった。


しかし、国民達に弱いところを見せないよう堂々と立っていた。

二人ともリアンの方をじっと見ていた。


「リアン、シュバルトのことは任せたぞ!最後までしっかり決めて来い!」


「本来であればうちの将の失態はうちでケリをつけてぇとこだったがな。サンカエル民よ、あの小僧に任せようや。あいつにしかシュバルトは止められないぜぇ。俺達は……」


ボロスの言葉を遮るように、一人の青年が叫びながら霹靂の間に勢いよく滑り込んできた!


「いっけええええ!リアン!シュバルトに勝ってこい!!」


魔人オルスロンは部屋のど真ん中で大の字になり、倒れこんだ。

もう立つ余力も無く、叫んだ後すぐに気を失った。


サンカエルの民達も、国将ボロスとアントーン、オルスロンの登場に戸惑いつつも、リアンという青年に全てを託すよう立ち止まり、祭壇の間に向かおうとする男の背中を見守った。


後方で仲間の声を聞き、リアンは祭壇の間に走り出した。内心では仲間の無事を喜びつつ、最後の戦いの地に向かう。


シュバルトとキールのいる祭壇の間へ──


続く

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