第39話 祭壇の間



リアンは暗い階段を下りていく。

石造りの構造が、靴の音を反響させる。


不安と焦りから、額には嫌な汗が浮き出てくる。


シュバルトの目的はなんだ?

キールさんのところに行って何をする気だ?


キールさんは既に死んでいる。


普通に考えれば、もうシュバルトにできることは何もない。


だが僕にとってキールさんは、とても大切な存在だ。


それを承知で、僕に苦痛を味あわせるつもりだ。


リアンが階段を降りていくと、細く薄暗い通路に出た。

通路の10mほど奥に小部屋のようなものがあり、松明の灯りが揺らめいているのが見える。


リアンは深呼吸をすると、ゆっくりと小部屋に近づいていった。シュバルトとキールがいるであろう小部屋に。


部屋は20m四方ほどの部屋だった。

入室するとまず中央の台座に目がいった。

そこには、キールが目をつぶり横たわっていた。

最後にコツア火山地帯で見たままの姿をしていた。

致命傷となった腹部の刀傷を除けば…。


台座を挟んで奥の方にシュバルトは立っていた。


リアンの姿を見ると、静かに話し出した。


「ここは“祭壇さいだんの間”といってね。昔、儀式や祈祷なんかを行うために、使われていたんだ。野蛮な時代の名残で生贄を置く台座まで残っている。今も管理はされているが、誰も使っていない部屋だ」


「お前はここに逃げ込んでどうする気なんだ?もう逃げ場はない」


祭壇の間に入る入口は一つしかなく、窓も備わっていない。そして、唯一の出入り口にはリアンが立っていた。

シュバルトは袋の鼠状態であった。


「君には完敗だった。戦いで敗れ、計画も潰され、ストロングシールドの魔力でも敵わなかった」


「ストロングシールドの魔力?」


「『奴隷魔法』のことさ」




『奴隷魔法』、ストロングシールド家の人間が代々扱える魔法。他人を操り、思い通りに操る魔法。


シュバルトは固有魔法として、『奴隷魔法』を所有している。

しかし、シュバルトは戦闘の才はあるが、魔法の才には乏しかった。

シュバルトの『奴隷魔法』は魔法使いにはほとんど効果がなく、不完全なものだった。


『奴隷魔法』は自分の代で途絶えた。そう思っていた。


しかし、別の人間がストロングシールドの力を充分に引き継いでいたのだ。

それが────リアン=ストロングシールド。


リアンは、自動魔法で『奴隷魔法』を有しており、本人の自覚なく発動するものだった。


その魔法は強力で、ストロングシールド家の『奴隷魔法』の本来の力を持っていた。


強き者ほど魔法の影響を受けやすく、リアンを守ろうとする。

“強き者”を我が“盾”とする。それがストロングシールドの名前の由来にもなっている。


リアンは自身がその魔法を使っていることをつい最近まで知ることもなかったが、この逃亡劇を通して己の力を自覚することとなった。


そして、その魔法はキールやオルスロン、ボロスに発動しただけでなく、シュバルトにも例外なく発動したのだ。


シュバルトは、リアンの『奴隷魔法』の影響により、自身の『奴隷魔法』を解除したのだ。

強者はリアンに逆らえない。

頭では分かっているが、リアンに魔法を発動させようとしたら、次の瞬間には解除していたのだ。


その時、シュバルトは敗北を確信したのだ。



「わたしの欲しかった『奴隷魔法』は、君に引き継がれていたのさ…ストロングシールドの血は君を選んだ」


「僕にとってはそんなことはどうでもいい。シュバルト、キールさんから離れてこっちへ来てくれ」


「……わたしは、どう足掻いても君には勝てない…ならば…」


シュバルトは、キールの傍らに立ち、祭壇の上に横たわるキールに剣を向ける。


「この女の死体を切り刻む。それでわたしの溜飲を下げさせてもらう」


「やめろ!」


「悲しいが、君に一矢報いるにはもうこれしかない」


シュバルトは剣を振り上げた。

リアンを絶望させるため…最後の剣撃を繰り出す…!


その時───




リアンの体から膨大な魔力が創出される。まわりの景色が歪む。今まで見たことのない高密度な魔力が、一瞬でシュバルトとリアンのいる空間を埋め尽くす。


シュバルトは、リアンの魔力の増幅にすぐに気付いたが、その手を一切止めることはなく剣を振るおうとする────────────────────────────────────しかし、



「『伝達魔法』発動…!」


続く

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