第36話 奥の手



最後の戦いは静かに始まった。


シュバルトの姿が視界から消える。


剣が素早くリアンの首元を捉える。



(終わりだ、リアン・ストロングシールド)


しかし、シュバルトの剣はリアンを斬ることなく、空を斬った。


(何!?)



「こっちだよ、シュバルト」


シュバルトのすぐ隣に瞬時に移動していた。

そして、右手の拳を繰り出す。


しかし、その拳はシュバルトの身体を捉えることなく、同じく空を切った。


シュバルトはリアンの拳を躱し、連続で斬りかかる。


縦横無尽にリアンめがけて振り下ろされる無数の斬撃。

しかし、そのどれもが当たらない。


リアンは紙一重で躱していく。


そして───


ドゴオオオン!!


リアンの渾身の一撃がシュバルトの腹部に直撃した。

鎧の上からの一撃だが、シュバルトに痛烈な一撃が入る。


「ぐっ…!はっ!」


口からポタポタと血が数滴落ちる。


以前、対峙した時と比べて、リアンが別人のように強くなっていることに驚愕する。


(こいつ…!なぜ、こんなに強くなっているのか…!?“狂薬”の影響を受けていることは分かっている…だが、これほどまで効果が出るものだったか…?わたしの“身体強化魔法”と同等の力だと…!?)


リアンは静かに佇み、地に伏せているシュバルトを見る。その目からは何も感情が読み取れない。


(彼の本来の身体能力は大したものではなかった。現に火山で相対した時、わたしの斬撃が全く見えていないようだったはず…)


シュバルトはゆっくりと立ち上がった。


パラパラと甲冑の破片が地面に落ちる。


リアンの拳は鉄を砕いたらしい。


「信じられないくらい強くなったね…今のわたしでは勝てないみたいだ」


「それなら、もう投降してくれ。僕は無駄な争いはしたくない!キールさんを返してくれ…!」


「ああ…、この感じ…懐かしいよ。敗北なんて久しくしていなかったからね。弱者を見下すのは気持ちがいいかい?」


「弱者?君は十分強いよ。僕達が逃亡を始めてから出会った中で、一番強いさ」


リアンの言葉に嘘偽りは一切ない。

微塵もシュバルトのことは見下していない。


「ふっ…人の力で強くなった分際で偉そうにしやがって!だが、奥の手があるのは君だけじゃない」


シュバルトは懐から小瓶を取り出す。

見覚えのあるあの赤い液体の入った小瓶・・・・・・・・・・・・を!


「“狂薬”か」


国将ボロスの血液から抽出した、今現在リアンの力を最大限まで引き出している赤い液体…“狂薬”。

ホークスの保管庫にひとつだけ残っていたものを所持していたのだ。


「今の君には勝てなさそうだからね。この薬を使えば同等…いや、それ以上の力を得る!そうすれば我々の力関係は元に戻り、火山地帯の時のようにあっさり終わるだろうね」




「…なんで」


「ん?なんだい?」


「なんで、君はそんなに強いのに…こんなことをする必要があるんだ?世界を支配するなんてしなくても、十分な地位と名誉があるじゃないか!?」


「腑抜けだな」


「えっ…?」


「驚いたよ。同じストロングシールド家の人間なのに、こんなに腑抜けな奴が一族にいるなんて…本当に驚いたよ」


シュバルトはせせら笑い、そして沸々と怒りが込み上げてくる。


「わたし達の一族は戦いに敗れ、何十年間も虐げられたんだぞ!サンカエルの一族にな!魔法学校でのうのうと過ごしてきたお前と違う!わたしは…」


ストロングシールドの人間であるがゆえに受けた過去の屈辱を…そして、どんなに努力しても認められない虚しさを…全く違う生き方をしてきたリアン・ストロングシールドには共感されるはずもない。


「貴様を殺して、この世界の王になる!」


瓶の蓋を開け、中の液体を飲み干す。

その瞬間、シュバルトの身体が強大な魔力に包みこまれる。それと同時に筋力量も増幅させる。

肉体強化に加え、シュバルトの自動魔法である“身体強化魔法”も強化されたのである。


「これで、君に遅れを取らない…それどころか君の攻撃は二度とわたしに届かない…!」


シュバルトは剣を構える。そして、その姿を───消した。


(速い…!だけど…)


シュバルトは霹靂の間を縦横無尽に駆け回り、リアンを翻弄する。


「終わりだ!リアン・ストロングシールドオオオオ!!!」


突如リアンの背後に現れ、剣を勢いよく振り下ろした。


凄まじい爆音と共に、剣と城の床がぶち当たる。その衝撃で石畳が弾け飛んだ。


しかし──リアンには当たらなかった。


「な、何故だ…!?何故君はそんなところにいる!?狂薬で強化されたわたしの攻撃を、なぜ躱せるんだ!?」


リアンはシュバルトの眼の前5m程距離を取ったところところで、地面に剣を突き刺してる姿を見ていた。


リアン本人も自身とシュバルトの身体能力の差に驚いていた。


「同じ“狂薬”なのに、僕の方が速い…!?これは一体…!?」


「おいおい!ふざけるなよ!ボロスから特別な薬でももらったのか!?」


「いや…そんなものはもらってないはずだ…これは…」


リアンはこの力の正体に気がつきつつあつた。

このシュバルトを圧倒している力の正体は、ボロスの“狂薬”の力だけではない。


これは──


「…『伝達魔法』」


「『伝達魔法』?何だそれは!?君の固有魔法か何かかな?」


リアンは答えない。ただじっとシュバルトを見るのみだった。


「ふっ、まぁいい。ならば次はもっと速度を上げよう。どうせ躱せたのはまぐれなんだろ?」


再びシュバルトが剣を構える。先程よりも構えが浅い。威力よりも当てることを優先した構えなのだろう。

そして、地面を蹴ると同時にその姿が消える。


蹴った衝撃で石片が空を舞う。


シュバルトの、より洗練された斬撃がリアンを襲った。


サンカエル一の剣士、十五年以上軍で次将を務め、白兵戦では世界トップクラスと言われ、狂薬で極限まで能力を引き出された本気のシュバルトの攻撃を目で追える人間は、もう誰一人いなかった。




そう、今のリアン・ストロングシールド以外は………


リアンは全ての剣の軌道を目で捉えていた。


四方八方から、高速で繰り出される剣撃を紙一重で躱していく。


振りの衝撃で服や皮膚が切れるが、剣は当たらない。


(……次は後方から斜めに来る…!………その次は、右方向からの切り払い…!ふぅ危ない…!……次は、真正面からの振り下ろし…!…躱せた…!)


一方で、攻撃が一切当たらないシュバルトは、焦燥に駆られていた。


(何故だ…!?何故だ…!?何故攻撃が一切当たらない…!)


攻撃を躱しきり、リアンの中で生まれたある仮説が確信へと変わっていく。


(これは、狂薬によって強化された『伝達魔法』の効果なんだ…!


僕の魔法が、狂薬の効果の伝達・・より強く、より深く…効果を発揮できるように伝達させたんだ。


シュバルトより薬の効果が強く出たのはそういうことだったんだ!


そして、さらに伝達魔法も強化され、薬の効果を…僕の体中にさらに深く強く伝達・・させる…!


薬と魔法がお互いを高め合う相乗効果が生まれたんだ!つまり…)


シュバルトの攻撃を躱し、シュバルトの懐に飛び込み、拳を腹部に入れる。


(つまり…僕は薬の効果が発揮されているうちは無限に強くなる!)


「ぐはっ…」


再びシュバルトが地面に両の手をつき、うずくまる。


(何故勝てない…一体何故!?幸い、狂薬のおかげでダメージは回復するが、このままではこちらが削られるばかりだ。…………ならば)


「……君が、何らかの方法でわたしより強くなってることは認めるよ。だが……まだわたしにもとっておきがある!」


シュバルトは魔力の出力を上げた。

霹靂の間に、シュバルトの濃密な魔力が広がっていく。


「この魔力は…」


「狂薬の効果が無ければ、まるで使いものにならなかったわたしの固有魔法さ。今なら君一人くらいならなんとかできるだろう…!」


魔法を発動する準備が整う。


「『奴隷どれい魔法』発動!!」


「これは…!この魔法は……!?」



「さぁ、手始めにひざまずいてもらおうか!リアン・ストロングシールド!!」


リアンの身体はシュバルトの魔力に包まれていった。




続く

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