第32話 罠魔法

 


「見えてきた!天星城まで帰ってきたぜ!首の無い鳥もいるぞ!」


オルスロンが指差した方向にシュバルトを運んだであろう怪鳥ガルダが城の上で丸くなっていた。

こちらの様子に気づく気配はなく、くつろいでいるようだった。


「城の上にはあの怪鳥がいるから、門の方から侵入するか。『千人魔法』の儀式に間に合えばいいがなぁ」


「分かった。じゃあ足場を降ろすぜ!」


オルスロンの『足場魔法』により、階段状に足場が形成されていく。

足場の着地地点には、天星城の城門がすぐ目の前にそびえ立っていた。


城の周りには人影はなく静かだった。


「これが天星城。ここにキールさんはいるんですね」


リアンは馬の上から天星城を見下ろした。

サンカエル王国の首都エショルにそびえ立つ天星城はエショルの街並みのど真ん中に位置していた。


城の周りの人々は何事かと空を見上げている。


一行は階段を降り、城門の前にたどり着いた。


「ついに帰ってきたぜぇ!中に入ってシュバルトの野郎を探すぞ!」


「おう!やってやるぜ!」


ボロスとオルスロンが威勢よく中に入ろうとした時、アントーンが叫んだ。


「待て!入るな!」


その声を聞き、ピタッと二人とも歩みを止める。


「どうした?アントーン。怖気づいたんか?」


「そーだぜオッサン。早くしねーと『千人魔法』ってやつを発動されちまうんだろ?行こーぜ!」


「そうじゃない。城の周りに違和感があるんだ。“やつ”の魔力の気配を感じるんだ」


「“やつ”?」


「ノリエガ軍次将…『罠魔法』の使い手ハイゼンの魔力だ。もうすでにこの城は、侵入できなくなっているかもしれん」


「なに?」


「『罠魔法』ってのは何だ!?」


「文字通り魔力で罠を仕掛ける魔法だ。罠の種類は、落とし穴、仕込み槍、毒ガス…あたりはやつの魔法で見たことがある」


「何でもアリだな!慎重に進むか。俺が先行して進むぜ」


「大丈夫か?」


「おお!魔人はお前ら人間よりタフだからよ!」


「怪我人のくせに言うじゃあねえかよ!とにかく時間がねぇ、頼んだぞ!魔人!」


「任された!」


オルスロンは先頭に立ち城門から侵入し、周囲を確認する。

おかしなところは見当たらない。


ゆっくりと進み、城内への出入り口に向かって歩き出す。


とりあえずは大丈夫そうだな。オッサンの気にし過ぎだったんじゃねーか?


オルスロンは一行のいる後方を振り返り声をかけようとしたその時─オルスロンの体が真下に急降下した!


落とし穴が発動したのである。


なんっ!これは…落とし穴か…!


後方にいたアントーン達もオルスロンの姿が消えたことに気がつく。


「オルスロン!大丈夫か!」


オルスロンの体は穴へと下降していく。

穴の底には槍が上向きに設置されており、落ちた者を串刺しにする仕掛けになっている。


「このまま落ちてられっかよおおお!『足場魔法』発動!」


途端にオルスロンの足元に土の足場が生み出される。

落とし穴の側面の土で形成した。


「あぶねー…やっぱ俺が先に行っててよかった」


穴の上からリアン達が声をかける。


「オルスロン!大丈夫!?怪我はない!?」


「大丈夫だ!心配すんな!大したことねーよ!」


上を見上げて、笑顔を作ってみせる。しかし、落ちた衝撃でシュバルトから受けた切り傷が痛みを思い出させる。


オルスロンはリアン達に傷の悪化を悟られまいと平然を装った。

穴の内側に螺旋階段を作り、地上に上がっていく。


「いやービビったビビった。これが罠魔法か!本体を倒せば解除されんのかね?」


「分からん。だがハイゼンは最深部にいるはずだ。倒すためには、結局罠を全て突破しなきゃならん」


「この先全部の罠にかかってたら身がもたねぇな」


せめて、罠の設置場所さえ分かれば、何とかなるかもしれないのに…


リアンが打開策を考えていると、アントーンが優しくリアンの肩をたたく。


「そのために俺がいる。少し時間をくれ」


アントーンが魔力を練りだす。罠魔法を攻略するつもりだ。


「『感知魔法』発動」


静かにアントーンの魔力が出力される。城全体に広がっていく。


「俺がやつの罠を全て感知し、解除する」


ハイゼンの魔力に触れる。悪意のこもった邪悪な魔力。他者を嵌め殺すための魔力。


「アントーンの解析が終わるまでここで待機だな」


すると、城の奥から大勢の足音と怒声が聞こえてきた。

アントーン達の存在に気づかれ、城の警備兵達が出動したのである。


兵達の接近に気が付いてからすぐに城の扉から兵士達が出てきた。

兵士の群れの一人が叫ぶ。


「反逆者ども!シュバルト様の命によりお前らを処刑する!反逆者キールに協力した罪は重いぞ!」


およそ100名程の兵士が、リアン達の前に立ちふさがった。


「まずいぞ!この人数を相手にできるかよ!」


オルスロンは傷口を抑えた。血が服に滲み出してきている。この状態では全力で戦えない。


「アントーン!お前は感知魔法に集中しろ!ワシらがやつらを抑える!」


「あの兵士達、きっとシュバルトに騙されているんだ!事情を話せばこちらの味方になってくれないですかね!?」


「いや駄目だ。扇動している兵士長の目を見てみろ」


「えっ!?」


先程兵士達に檄を飛ばしたであろう兵士…後方にいる一人だけ赤い鎧に身を纏っているのが兵士長である。その表情を見ると、虚ろで目に光がなかった。普通の状態ではないように見える。


「あいつからは微かにシュバルトの魔力を感じる。恐らく洗脳されてるだろう」


「そんな…シュバルトの『奴隷魔法』。……でも、他の兵士達はシュバルトの魔法にかかっていませんよね!?」


「恐らく駄目だろうな。やつらは元ノリエガ軍の兵士だ。いずれせよ、国将のワシやアントーンの声にさえ聞く耳持たんだろうな」


ボロスがそう言うのならそうなのだろう。


リアン達にとって絶望的な状況となった。

手負いのオルスロンとアントーン、ボロスと十名の部下、そしてリアン…


この人数で、目の前の兵士達とハイゼンの罠を突破し、シュバルトのもとにたどり着けるのだろうか…?


「やつらを皆殺しにしろ!」


兵士長の号令とともに、兵士達が襲いかかる。


「仕方ねえ!お前ら気合入れろ!『感染魔法』発動!」


ボロスの魔力が赤い霧状になり、ボロスの部下達を包み込む。

部下達は途端に魔力の影響で体が膨れ上がる。筋肉で体が膨張しているのだ。

呼吸は荒くなり、目が血走りだす。そして、その中の一人が叫んだ。


「ボロス様をお守りしろおおおお!」


10名の部下達が動き出した。相手の先頭集団を蹴散らし、突き進んでいく。筋力強化されている状態で剣を振るう。容易く敵兵を両断していく。


しかし、敵兵の多さに強化されたボロス兵も一人…また一人と斬り殺されていく。


ボロス兵が打ち漏らした兵士達がボロスやリアン達を襲う。


「こっちにも来たか!」


オルスロンが素手で応戦する。アントーンも肉体強化魔法で身体能力を上げて、敵兵の鎧の上から殴打する。


そして、リアンの方にも兵士が向かう。


「リアン!お前は逃げろ!こいつら弱くねえぞ!」


オルスロンは一人で3人を相手にしており、リアンを助けに行くことができないでいた。

シュバルトから受けた傷も徐々に悪化し、オルスロンの体力を奪っていく。


くそ…このままじゃリアンがやられちまう…

オッサンも赤髪のオッサンも手一杯かよ…!


アントーンもボロスも自身の目の前にいる敵兵を蹴散らすのが精一杯の状態だった。


しかし、当のリアンはオルスロンの心配をよそに落ち着いていた。

5人の兵士がリアンを討ち取ろうと向かってきている。


リアンは狂薬の影響で今まで味わったことのない感覚に包まれていた。


敵が遅く見える。

考えるより先に体が防衛動作を実行する。


バキッ…!グシャ!


一番近くにいた敵兵の足を払い、地面にたたきつけ、顔面に拳をいれる。敵兵は気絶し動かなくなった。

普段のリアンにはできない動きを淀みなく実行した。


「えっ!?」


技をかけたリアン自身が一番驚く。

次に続く兵士もリアンに斬りかかろうとする。

しかし、リアンから見ると、とてもスローモーションに見えた。リアンはその剣を躱し、敵の腹部に拳を繰り出す。

すると鎧は割れ、鳩尾にリアンの右手が突き刺さった。


兵士はリアンの足元に倒れ込む。


「僕……こんなに強くなったの!?これが狂薬の力!?」


「狂薬は『感染魔法』で強化されるより効果が高いんだ。今の時点では、ワシの部下達より強くなってるかもしれねぇな」


リアンは残る3人の兵士も続けざまになぎ倒していく。


「ボロスさん!僕…この薬と相性がいいのかもしれません!」


「そのようだな!お前さんに最後の狂薬を使ったのは失敗じゃなかったみてぇだな!」


狂薬の影響で身体能力が大幅にパワーアップしている。そして、同じく魔力も増幅しており、基礎魔法の精度も上がっている。

それだけではない──


「多分だけど……『伝達魔法』も強化されている…?」


小声で確かめるように呟く。


「何か言ったか!?小僧!」


ボロスの元には、リアンの独り言は聞こえていないようだった。


リアンの強化により、形勢は互角と思いきや、敵兵がさらに押し寄せ、リアン達は押し戻されていく。強化されたボロスの部下も次々とやられていく。


さすがは元ノリエガ兵といったところか、サンカエルの他の兵と比べ、鍛え方が違うようだ。


「くそ…かなり劣勢だな。このままここで俺達殺されちまうのか」


オルスロンが諦めたような声を出す。


「まだ諦めんな!間に合えば勝機はある!」


「間に合えば…か」


アントーンは城の出入り口に目をやった。

すると、追加の敵兵が城外に出てきたのだ。


「こいつら…まだ湧くか…!」


「うおおおおおおおお!!」


敵兵は増援により士気が上がっているようだ。

各兵が雄叫びを上げる。


「敵が勢いづいてるな…一旦退くか!?」


「うーむ、そうだな。時間がねぇーってのに………ん?何か聞こえねーか?」


ボロスがリアン達に呼びかける。

遠くでドドドドドドと地鳴りのような音が聞こえる。


「…どうやら間に合ったみたいだな」


『感知魔法』により、アントーンがいち早く気づいた。


続けてボロスが地鳴りの正体に気がつく。


「リアン、お前さんのおかげで何とかなりそうだ!」


ボロスの言葉にリアンは振り向いた。

後方から大勢の人の声と、騎馬の足音が地鳴りのように響いていた。


すると、大勢の兵が城の門から…リアン達の後方から流れ込んできた。


城に流れ込んできた兵達はボロス軍の軍旗を掲げている。


先日まで、ホロビネス王国の野営地にいたボロス軍の兵達が駆けつけたのだ。


「遅くなりました〜。ボロス様〜」


間の抜けた声で呼びかけるのは、ボロス軍次将のミスズだった。


「半信半疑でしたが、『伝達魔法』とやらは本当だったんですね。ボロス様のピンチに間に合ってよかった」


数時間前──

リアンは『伝達魔法』を使い、ミスズ達に応援を依頼していたのだ!

リアンの伝達魔法を介してボロスとコンタクトを取ったミスズは、ボロスからシュバルトのことや千人魔法のことを聞き、ボロス兵全軍を連れ天星城に向かったのである。


ミスズは駆けつけるなり、懐の剣を抜き、ボロス達の前方から迫る敵兵の群れに突っ込み、兵達を斬り刻んでいく。


ミスズの持つ剣のエメラルド色の鮮やかな刀身が戦場を流れる。


「道はわたしたちが開きます!みなさんは城の中へ!」


ミスズとボロス兵達が先陣を切り、敵兵に応戦していく。


その後方からリアン、ボロス、オルスロン、アントーンと数名のボロス兵が続いていく。


そして、一行は城の内部へ侵入することができた。


しかし、内部にも数名の元ノリエガ兵が残っており、リアン達を見つけるなり一斉に襲いかかってきた。


「やるしかねーみてーだな」


「みんな下がってて。多分今なら僕一人で何とかなります」


リアンはオルスロンの前に立ち、敵兵を見据える。


「裏切り者どもが!」


敵兵の一人が叫び声を上げながら、リアンに斬りかかる。

リアンは剣を持つ相手に対して丸腰だが一切動じない。


そして──


敵が振り下ろした剣をリアンは片手で受け止めた。


その後、素早く相手の背後に回り込み、手刀を首元に入れる。

すると、敵兵は失神し床に倒れ込んだ。


「お前本当にあのリアンかよ…!動きが全然見えなかったぜ!」


「狂薬のおかげだよ。今だけは僕……オルスロンより強いかもしれない」


「頼もしいじゃねーか!」


「おい!お前ら!まだまだ敵は来るぞ!」


残りの兵達が襲いかかってくる。


そしてそのほとんどをリアンが退けた。


「よし、とりあえずは片付いたな。後はシュバルトのところに向かうのみだ!」


「でもまだ罠が…」


そのリアンの不安を遮るようにアントーンが静かに呟いた。


「その心配ももう必要ない。解析は完了した」


「アントーンさん!」


「『感知魔法』発動────解除────」


途端に場内からハイゼンの魔力の気配が無くなった。

『罠魔法』は完全に解除されたのだ。


「さすが我らがアントーンだぜぇ!このまま突き進むぞ!恐らくやつらは霹靂の間にいるはずだ!」


「はい!」


リアン達は霹靂の間を目指して進んでいった。



キールさん…もうすぐです…!

もうすぐまた会えます!

必ずあなたをシュバルトから取り返します…!




「何してんだ、おめーら?俺の『罠魔法』が台無しじゃねーか」


霹靂の間の手前にある大広間に出た時、上方向から声がした。

大広間の二階フロアからこちらを見下ろす一人の男と、三体の魔獣がそこにいた。

そのうち一体は屋上にいた首の無い怪鳥ガルダであった。


「悪いが、ここから先は通せねーんだわ。」


「……ハイゼン、邪魔すんじゃねぇよ」


見下ろしていた男は元ノリエガ軍次将『罠魔法』の使い手ハイゼンであった。

ギロリとボロスがハイゼンを睨む。

しかし、それに怯む様子無く、頭をカリカリと掻いていた。

ハイゼンの魔力の出力が上がる。



「まあ、ここでもう少し遊んでってくれよ!『罠魔法』発動!!」




続く

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