第31話 霹靂の間
上空に浮かぶ岩や木の足場を移動するリアン一行。
オルスロンの魔法によって、コツア火山地帯からサンカエルまで直進できる足場を上空に形成した。
足場は岩や土、木などでできており平場を形成している。
馬を走らせ、ボロスが下の景色を見る。
「おい!こいつは魔人小僧の魔法なんだよな!大丈夫か!?落ちねーのか、これ?」
ボロスは不安な顔をしなから、オルスロンに呼びかける。
オルスロンはボロスの部下が操作する馬の背に、二人乗りで乗せてもらっている。
同じくアントーンとリアンも、ボロス兵の騎馬に二人乗りする形で移動している。
「おう…!俺の魔法を信じてくれ!こいつは『足場魔法』つって、周辺の物質を使って文字通り足場を形成する魔法さ!たとえ俺が気を失っても崩れねーから安心しな!」
叫ぶと傷口が痛むのか少しオルスロンの顔が歪む。
「それなら、いいけどよぉ」
ボロスは足場の下の景色をチラリと見る。
下にはキャクシバフの町並みが広がっている。
この町を突っ切るか迂回するとなっていたら、大幅に時間をロスしていただろう。
リアンは改めてオルスロンが仲間にいてよかったと思った。
「そう言えば……リアンの魔力量が急激に上がってるんだが、何かあったのか?」
アントーンは別のボロスの部下が操作する馬に乗っているリアンに話しかける。
「アントーンさんは感知魔法で分かるんですもんね。これはですね…」
リアンはチラリとボロスの方を見る。
“狂薬(くるいぐすり)”のことは、軍でも一部の人間しか知らないということだったため、気軽に話してしまっていいのかを気にしていた。
そのリアンの様子を察してか、ボロスが代わりに答える。
「“狂薬”の効果だ。アントーンは知ってんだろ?」
「前にボロスに見せてもらった薬か。それでリアンの魔力が増幅しているのか。しかし、なぜリアンに?」
リアンはその問に一瞬詰まる。
できれば、アントーン達に不要な心配はさせてくなかったからだ。
いずれはバレることだと思い、正直に話し出す。
「アントーンさん、僕…死んじゃったみたいなんです」
「何…!?」
「どういうことだよ!?リアン!」
隣の馬から聞いていたオルスロンも驚く。
「狂薬で延命したということか…?だから、一瞬だけ君の魔力が途切れたのか…」
アントーンは合点のいったような顔をする。
「どういうことだよ!オッサン!リアン!」
リアンは狂薬の効果やシュバルトに一度殺されたことを、アントーンやオルスロンに伝えた。
二人とも驚きを隠せない様子だった。
「その薬の効果が切れる3日後に、リアンは死んじまうのかよ…そんなのって…」
「オルスロンごめん」
「いや……お前の謝ることじゃねーよ。お前を殺したシュバルトって奴が悪(わり)ーんだよ!
何とかならねーのかよ、オッサン!」
アントーンの方をチラッと見るオルスロン。
アントーンは何も言わず黙っていた。
薬の効果が切れた瞬間に死ぬ。それでは回復魔法も間に合わない。
リアンは死を待つことしかできなかった。
重苦しい空気を変えるようにリアンが口を開く。
「……でも僕、嬉しいんです。この魔力量なら、何かしら戦力になるかもしれません!これでやっとみんなと一緒に戦える…!今まで守られてばかりでしたから」
リアンはこれまでの戦いでキールやオルスロン、アントーンに守られてばかりであった。
そのことで常に引け目を感じていた。
『伝達魔法』という魔法の性質上、戦闘ではほとんど活躍できない。
しかし、狂薬の効果で魔力が増幅したため、基礎魔法による『肉体強化』の効果と大幅に向上している。
肉弾戦でも十分に戦うことができる。
そして、『伝達魔法』もまた強化されているだろう。
「そうだな。一緒にぶっ倒そーぜ…!」
そう言ったオルスロンの顔は無理に笑顔を作っているように見えた。
オルスロンはまだリアンの死を受け入れられてない様子だったが、気持ちを切り替えようとしているのが伝わってくる。
「リアン」
アントーンがリアンの顔をじっと見据えながら口を開く。
「君とここまで一緒に戦えてよかった。短い間だったが、キールと時間を共にしてくれてありがとう。最後の戦いはこれからだが……これだけは言わせて欲しかった」
「アントーンさん…」
「君は素晴らしい人格の人間だ。キールが君を気に入ったのも頷ける。だからこそ命の期限が迫っているのが本当に悔しい…」
すると、横からそれを否定するようにオルスロンが叫んだ。
「まだ死ぬと決まったわけじゃねえ!もしかしたら、残りの3日で助かる方法が見つかるかもしれないしな!」
「オルスロン…」
これが最後の戦い…かは分からないが、僕にできることを精一杯やろう…!
すると不意に3人の会話に割り込むようにボロスが口を挟んだ。
「そういやよお、お前さんの固有魔法………『伝達魔法』つったか?それは遠くの人間と呼べるのか?」
「ええ…世界中の人とコンタクトが取れます」
「さらっとすげぇこと言うじゃねえか。大した魔法持ってんだな。軍にいたら大分重宝されてたぜぇ」
ガハハとボロスは笑い、続けて言った。
「ならよ、その魔法でちょっと呼んで欲しいやつらがいるんだわ」
「はい。どなたでも呼べます!」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
サンカエル王国 天星城 上空───
空を見上げると、どんよりとした色の厚ぼったい雲が空を覆っている。
その灰色の雲を掻き分けるように、大きな翼をはためかせながら、首から上が存在しない怪鳥が空を移動している。
その背には、甲冑を来た男が一人──
ぐったりとした……もう動くことのない魔女を両腕で抱えるようにしながら、“ガルダ”と呼ばれる怪鳥の背に甲冑の騎士シュバルトは立っていた。
しかし、その風貌にはいつもと違う点があり、今までは他人から隠すようにしていた素顔も、鎧を剥ぎ取り、“ストロングシールド家”の者が持つ特徴である茶髪にエメラルド色の瞳が露わになっている。
もうその顔を隠す必要もない。
そして、その顔には怪しい薄笑いを浮かべている。
もうすぐで…わたしの悲願が達成される。
抱きかかえている魔女の顔に視線を向ける。
魔女はすでに絶命しており、両の眼がうっすらと開いている。その隙間から覗いている瞳孔はただ黒く、底の見えない井戸を覗いているような暗さであった。
あの反則の魔女が自分の腕の中で動かなくなっている。かつての英雄が…わたしに敗れた!
最強と呼ばれた魔女を殺し、国……いや世界さえも今我が物にしようとしている。
全ての人間がわたしに跪く世界…!それが今実現しようとしている…!
その事実を噛みしめながら、怪鳥を操り、城の屋上部に降りたとうとする。
天星城の中央に、上空の監視のための平場のスペースがあり、シュバルトはガルダをそこに誘導した。
着地地点を見ると、そこに一人の男が立っていた。
その顔には過去の拷問で受けた無数の傷が刻まれている。柄の悪そうな目が、シュバルトを乗せる怪鳥の姿を捕らえると、口の端がニヤリと吊り上がった。
その男…ノリエガ軍の次将…ハイゼンはポケットに手を突っ込みながら背筋を丸めて立っていた。
ハイゼンの目の前にガルダが着地する。
「顔を隠すのはもう止めたのか?」
ハイゼン自身もシュバルトの素顔を初めて見たが、顔には驚きの表情などは一切なかった。
「ああ。もう企みも隠す必要がなくなったからな。こいつで最後のピースが揃った」
シュバルトはチラッと抱えているキールの死体に目線を落とす。
「本当に殺して連れてきたんだな。俺が生きているうちにあのキールの死体を見れるとは思えなかったな」
シュバルトに近寄り、動かなくなっているキールの髪を鷲掴みにして持ち上げる。
すかさずハイゼンのその行動を咎める。
「『千人魔法』の依代となる体だ。丁重に扱え」
その言葉で、パッと手を離す。
「チッ…この女が生きてりゃ、痛めつけ方やりたかったぜ!国将でいた時、こいつにこき使われてたからな…!」
ハイゼンは当時の不満を漏らす。
二人はそのまま城内へと入っていった。
シュバルトはキールを抱えたまま、霹靂(へきれき)の間に入っていった。
霹靂の間は王国の祭事や集会等を行う大広間で、千人以上に人間が入ることができるほどの広さだ。
中央には祭壇のような物が置かれており、そこにキールの体を降ろす。
「『千人魔法』の準備はできているんだろうな?千人の魔力を持った国民はどこにいる?」
「今日の夜、霹靂の間に集まる手はずになってるぜ。適当に祝の席を作って、サンカエル国民を対象に国中に知らせてある。『日頃頑張ってる国民を労い感謝するための会』という名目でな」
「それはいいな。国民どもがすぐに集まり千人なんてあっと言う間ろうな。その瞬間、わたしが『千人魔法』を発動させる。そしてわたしは王になる」
「おいおい、ここまで協力した俺にもおいしところは分けてくれよ?」
「当然だ。お前がいなければ、ここまでこれなかったからな。だが、最後まで気は抜くなよ。お前の魔法で城の周りの防御は固めておけ」
「へーへー、脅威と言えばまだボロスどもが残ってるからな。とは言え、こちらの企みに気づけるかどうか」
「いずれにせよ、わたしの野望を邪魔するなら殺すだけだ。それに、ボロスと狂襲病に犯された兵士達でもわたしには勝てないさ」
シュバルトは霹靂の間の奥にひっそりと存在する儀式の間へ降りていく階段に目をやる。
「わたしはこのまま儀式の間にて『千人魔法』の準備を始める」
ハイゼンの方に顔を向けずに、階段に向かって進み出す。
すると、後方からシュバルト達に声をかける人物がいた。
「戻っていたのか」
霹靂の間全体に響き渡るその声の主はアルベイラ国王だった。
シュバルト達が城に戻ってきたことに気づいたからだろう。アルベイラは霹靂の間の入口に佇んでいた。
「国王様」
シュバルトは国王の方を見た。
「キールの遺体は手に入ったようだな。これで予定通り、今晩には『千人魔法』発動の儀を執り行えるな」
「ええ、滞りなく」
シュバルトの顔が目に入り、甲冑を脱いでいるその顔に一瞬驚いたような表情を見せる。
「シュバルトか?甲冑を外したようだが、どういう心境の変化だ?お前の顔を初めて見たよ」
「……」
シュバルトは何も答えない。しかし、その表情にはうっすらと笑みを浮かべているように見える。
シュバルトの雰囲気に異変を感じ、その場に緊張が走る。
アルベイラも何かがおかしいと感じ始めた。
「シュバルト……貴様…何を考えている?」
それでもシュバルトは何も答えない。
シュバルトに抱き始めた不信感を拭えぬまま、次の質問をした。
「シュバルトよ……ノリエガはどこにいる?」
その問いにも答えず、シュバルトはゆっくりとアルベイラの方に進み出す。
「長ったよ。本当に長かった。わたしの戦いも今日で終わる」
「……何を言っている?何が終わるというのだ?」
シュバルトは腰に携えている剣にゆっくりと手をかけた。
「君の一族とストロングシールドとの戦いが、だ」
その瞬間、空間を切り裂くように、シュバルトの剣が走った。
アルベイラは声をあげる間もなく、地面に崩れ落ちた。
その胴体には、先程まであった首はなく、剣を斬りはらった右方向にそれは飛ばされていた。
アルベイラの首が石造りの床にゴトッと鈍い音をさせて着地した。
「これでもう後戻りできねーな。じーさん、国王ごっこお疲れさんでした」
ハイゼンがアルベイラの首に近づき、それを見下ろした。
「ハイゼン、そのゴミを片付けておけ。国民どもがここに集まる前にな」
「へーへー」
ハイゼンのやる気のなさそうな返事を聞き流し、シュバルトは儀式の間に続く階段を降りていく。
一つ下の階層にある儀式の間に入ると、部屋は暗く、奥の方で蝋燭の明かりが2つ3つ揺らめいているだけであった。
奥の中央付近に台座があり、そこがキールの遺体を置くところになっている。
シュバルトは目を瞑り、物思いにふける。
ついに、ついにここまで来た──
これで王はわたし一人となった──
わたしを殺せる可能性のあったキールもノリエガももういない。
つまり、わたしを邪魔できる人間はもう誰もいないんだ…!
シュバルトは堪らず声をあげて、笑い出した。
儀式の間にシュバルトの声が反響する。
「さあ…儀式の準備を整えようじゃないか」
続く
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます