第28話 気長に待ってるよ
遠くで翼がバサバサと空を切る音が聞こえる。
体が熱い。
魔法もコントロールできず、体は溶岩の熱気にさらされる。
意識が遠のいていく。
僕の……僕等の旅は…ここで終わるのか…
血も止まらない……
左胸が痛い……心臓が刺されたんだ…もう助からない…
キールさんも連れて行かれた…それにあの出血量じゃ…助からない……
何とかしないと……
でも、もうとても疲れたよ…
もう眠いな…
キールさん…最後に謝りたかったな……
……
……
リアンの虚ろに開く目から光が消える。
遠くで足音のようなものが聞こえる。
足音……これは…あの世からの音なのかな……?
ここでリアンの意識は途切れた。
…………
…
「はっ!」
ガバッと起き上がるリアン。
あたり一面白い霧に包まれたように、何も見えなくなっている。
先程まで火山地帯にいたはずなのに…
起き上がると、景色が一変していた。
リアンは自分の体を確認する。
すると驚いたことに、胸の傷は治っており出血もしていなかった。痛みも感じない。
それだけではなく、シュバルトに貫かれたはずの服の穴さえ消えていた。
足元の血溜まりも消えていた。
自分はシュバルトに剣で心臓を貫かれ倒れていたはずでは…?
再度辺りを見回すが白い霧で何も見えない。
ここはどこだ?本当にコツア火山地帯なのか?
みんなはどうなった?オルスロンは?アントーンは?キールは?
「誰か近くにいないか!?」
大声で叫んでみるが、誰の返事も返ってこない。
岩山に囲まれてた所にいたはずなのに、音が反射する様子もない。
本当に違う世界に来てしまったようだ。
「一体……ここはどこなんだ…?」
とりあえず、リアンは前方に向かって歩き出した。
方角も何も分からないが、白い霧の中をひたすら進む。
相変わらず景色は何も見えず、物音一つしない。
再び立ち止まるリアン。
そこで一つの仮説を立てる。
ここはさっきまでいた場所ではない。僕の体の傷も治り、嘘のように元気になっている。そして、現実離れした風景が延々と続いている。
ひょっとしたらここは…
「死後の世界なのかもしれない」
「…というよりも、その一歩手前の場所かな」
後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。一番会いたかった人の声だ。
「やあ、リアンくん。迷子にでもなったのかな?」
「キールさん!なぜここに!?傷が…治ってる!?」
後ろを振り向くと、そこにはキールの姿があった。
そしてリアンと同じく、その姿には一切の傷がなく、まるで何事もなかったように元気な姿のキールだった。
最後に見たボロボロのキールの姿が嘘だったかのように、キールは腕組みをして、そこに佇(たたず)んていた。
「ああ、ここは現実の世界ではないみたいだね。現世での傷がこの体にはない。それはリアンくんも同じだろ?」
「そうですね。キールさん…ここはどこなんですか?死後の世界?」
「そんなところだろうな。正確にはまだ死にきってはいない。君の方はね」
「僕の方は…?じゃあ、キールさんは…?」
「死んだよ。ついさっきね。」
「そんな…」
「でもね……死ぬ間際にあれを使ってみたんだよ」
「あれ?………………何を使ったんですか?」
「『伝達魔法』だよ。君に対してやってみた。思ってたのとは違ったが、こうして最期に君と話せたよ」
「じゃあここはキールさんが作った空間なんですか?」
「……そうなのかな?自分でもよく分かってないんだ」
キールは口元に手を当てフフフと笑った。
キールが作った空間なのか………
しかし、今の状況を理解するよりも、リアンはキールに伝えたいことがあった。
「キールさん……あの………ごめんなさい!僕のせいで、キールさんにご迷惑をおかけしたみたいです!僕の『奴隷魔法』でキールさんにルノーアを襲わせてしまった…!この逃亡劇は、全て僕のせいだったんです!!」
リアンは体を震わせ、下を向く。
申し訳無さでキールの顔を直視することができない。
自分がいなければ、今頃キールは魔法学校で平和に暮らせていた。
シュバルトが引き金とはいえ、自分の魔法を利用されて、キールは罠にはめられてしまったのである。
そして、指名手配となり、東へ逃げ、そして………死なせてしまった。
どんなことをしても償えない。取り返しのつかないことをしてしまったんだ。
リアンは目を伏せ、再度謝罪する。
「すみませんでした!キールさん…!僕の………僕のせいで、あなたを死なせてしまった…!あなたを守ると言ったのに……」
「それは違うよ、リアンくん」
リアンは顔をゆっくりと上げる。
キールの顔を見るが、そこには怒りも悲しみもない、
リアンに微笑むような顔であった。
「地面に倒れている間、君とシュバルトの会話を聞いていたが、元凶はシュバルトだよ。君がいなかったとしても、どうにかして、わたしを犯罪者に仕立て上げていたさ。それにね───」
「わたしは君を気に入っていたんだ。仮に“呪い”とやらにかかっていなくても、わたしはルノーアを同じように懲らしめていたさ」
「…でも……」
「逆に謝らなければいけないのは、わたしの方なんだ。それを伝えるために『伝達魔法』を使ったんだがね」
キールさんが謝る…?僕に…?
一体何のことだ…?
僕が死にかけてることについてか…?
でも僕は好きで自分から着いてきたんだ。
今更謝られることなんて何もない。
キールは少し迷った後、ずっとリアンが気になっていたあの魔法のことについて話し出した。
「わたしは君にある魔法をかけているんだ。出会ってすぐからね」
「アントーンさんが言っていた魔法ですね?一体キールさんは僕にどんな魔法をかけたんですか?」
ゾーコの宿では一切教えてくれなかった魔法の全容を知ることができる。
リアンは緊張した面持ちでキールの目を見る。
「…………」
「…キールさん?」
一瞬の間の後、キールはポツリと言った。
「『奴隷魔法』だ」
「『奴隷魔法』!?僕と同じものですか!?」
「………のようなもの。『洗脳魔法』と言った方が近いか…?『洗脳魔法』のようなもの」
「洗脳ですか…?」
のようなもの…?
歯切れの悪い答えに、釈然としないリアン。
キールさんはまだ何かを隠してる?
後ろめたいものなのか?
しかし、観念した様子に変わるキール。覚悟を決めたようだ。
「………いや、正直に言おう。『洗脳魔法』よりももっと格の低い魔法だ」
「『洗脳魔法』よりも下…というと?」
「『友達になる魔法』だ」
言いながら、目を逸らすキール。
平静を装っているが、どこか恥ずかしがっているように見える。
予想外に答えに戸惑うリアン。
「『友達になる魔法』ですか!?僕と!?」
「そうだ。君とだ」
「…………………」
「…………………」
「…なぜ、そんな魔法を僕に?」
「友達になりたかった」
再び沈黙が訪れる。
理解が追いつかなかった。
僕と?友達?
どういうことだ?
すると、ゆっくりとキールは事の経緯を話し始める。
「ミアーネ魔法学校に赴任してすぐの頃、軍人だったとうこともあってか、周りの教諭達からは距離を取られていてね。しばらくわたしは孤独だったんだ。とは言え、一人でいることには慣れていたし、別に気にしていなかった。軍にいた頃も、アントーンとネイシャルくらいしか話し相手はいなかったしね」
「だが……君と出会ってしまった」
「今思えば…あの頃から“呪い”は始まっていたのかもしれないな。君と話していく内に君にどんどん興味が湧いてきた。そして“仲良くしたい”と思ってしまったんだ」
「それが君の『奴隷魔法』によるものなのか、君自身の人柄に惹かれたのかは分からない。ただ君と仲良くなりたい、そんな気持ちが日々大きくなっていったんだ」
「そしてある時『反則魔法』を使ってしまう。それが『友達になる魔法』。今まで友達を作ったことがないわたしは魔法に頼り、君と友達になりたかったんだ」
キールの話を聞き、自分のことをそう思っていてくれたことに嬉しく感じつつも、それはキールの本心ではなく、『奴隷魔法』によって作り出された“偽物の心”なのではないかとも思い、何とも言えない複雑な気持ちになる。
そしてそれはリアン自身の心も、今キールを心の底から慕っているのは本心なのか?それとも魔法なのか?
「つまり…僕達はお互いに魔法をかけ合っていたということなんですね…?」
「そういうことになるな。そして、わたしが『友達になる魔法』をかけたばかりに、この件に君を巻き込んでしまった。君は周りの人間が困っていたら是が非でも助けてしまう人だからね。友達が困っていたら尚更だろう。たとえ…自分が犯罪者になってしまうことになっても。ただね───」
キールはまっすぐリアンの目を見つめる。
「わたしは『奴隷魔法』にかからなかったとしても、“君”という存在に惹かれていたと思うよ。それは自身を持って言える。君はわたしにとって最高の同僚だった!」
そして、キールは最後の言葉を付け加える。
「そして、ここまで旅を一緒にしてくれてありがとう。
あと巻き込んでしまってすまなかった。君の未来を奪ってしまって……本当にすまな──」
「そんなことはないです!キールさん!」とリアンは遮る。
「僕も同じです!あなたを一目見た時から、あなたの強さ、あなたの気高さ、そして子ども達から愛されるあなたの姿に憧れました!
いつかあなたみたいな人間になりたい。そう思ってこの5年間頑張ってきました!
その気持ちに魔法は関係ありません!
僕も『友達になる魔法』をかけられなかったとしても、キールさんの友達になってましたよ。」
「こちらこそ本当にありがとうございました。旅に出て、死ぬ思いも何度もしましたが…………あの………楽しかったです!結局、死んでしまいましたが、キールさんと一緒にいれてよかったです。」
「…………」
キールは押し黙り、穏やかな表情を浮かべている。
軍に入らず、初めからミアーネ魔法学校で教師として働き、穏やかに生活していれば、リアンくんともう少し一緒にいられたのかもな……
そんな人生もよかったのかもしれない……
「ありがとう、リアンくん。最期に君と話せてよかったよ」
「こちらこそ、ありがとうございました」
「さて、迎えも来たことだし、わたしはそろそろお暇(いとま)させてもらうよ」
「迎え?あの世からの迎えか何かですか?」
キョロキョロと周りを見ても、何の影も見えない。
あの世からの迎えというと、“天使”のようなモノが迎えに来て連れて行ってくれるのか?
「勘違いしないでくれ。迎えは君に来ているんだ」
「僕に?」
キールが何を言っているか分からない。
しかし、リアンの体は熱くなり、体もどこかに引き戻されようとしている感覚がある。
体が熱い…これはまるで火山地帯にいるような…熱さ
ひょっとして…僕は…
「僕は……僕は………まだ死んでない…?」
「どうやらそのようだね。リアンくん、戻るんだ」
キールは寂しそうな目でリアンを見つめる。
「現世に戻り、君の物語を再開させるんだ」
「嫌だ…!僕は……キールさんを置いていけない!一緒にいます!もう何も生きる意味なんて…」
「これも運命なんだよ、リアンくん。君にはまだ現世でやり残した使命があるんだ。だから君は生き永らえている」
「……そんな……僕には、何も…できない…!」
「リアンくん、あの世で気長に待ってるよ。それ(・・)は君にしかできないことだ…!」
そう言うと、キールは後ろを振り返りゆっくりと白い霧の中へ歩き出した。
キールの姿が徐々に見えなくなる。
「キールさん!!」
僕にしかできないこと!?一体それは何だ!?
何を言っているんだ!?キールさん!
リアンはキールがいる方向とは逆の向きに体が引っ張られる。
キールの姿が完全に見えなくなった。
徐々にリアンの意識が遠のいていく。
景色が消え、暗闇になる。そして───
「───はっ!」
リアンは再び目を覚ました。
そこは少し前にシュバルトと対峙していたコツア火山地帯の岩場であった。
目覚めてすぐ、リアンの荒々しかった息づかいも次第におさまっていく。
リアンの焦点も徐々に定まっていき、コツア火山地帯の火山灰に覆われた薄暗い雲が目に飛び込んでくる。
そして、もうひとつ───
自分を見下ろす人物がいることに気づく。
その男は、赤いドレッドヘアを携え、ガンを飛ばすような鋭い目つきでリアンを見ていた。
「おっ!気がついたか。どうやら間に合ったみてぇだな。最後の“狂薬(くるいぐすり)”を使ったかいがあったな」
「……………あなたは…?」
赤いドレッドヘアに目つきの悪さ…どこかで見たことがある顔だ。確かあれは…軍の新聞に載っていた顔……似顔絵で見たことがあるのか…?その男は確か…国将……
「ワシか?ワシを知らんやつがいたとは……」
男はオホンッと咳払いを一つすると、ゆっくりと名乗りだした。
「ワシは…国将ボロスという。『狂襲病(きょうしゅうびょう)のボロス』と言ったほうが分かるか?」
続く
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