第27話 ストロングシールド
シュバルトはゆらりとリアンの方に向き直った。
「“落ちこぼれのストロングシールド”の君が来たところで状況は変わらないよ。死人が1人増えるだけ」
今のリアンにシュバルトの声はほとんど届いてなかった。
シュバルトの足元に血を流しながら倒れ込んでいるキールにしか意識が向いていない。
「あなたがやったんですか?」
「…ん?これのこと?」
シュバルトは足元に倒れているキールを軽く蹴る。
その行動にリアンは一瞬で怒りがこみ上げ、頭が真っ白になる。
「やめろ!!お前が軽々しく傷つけていい人じゃない!!」
「…殺すぞ」
と、リアンは自分の口からは絶対出ないであろうセリフを発していたことに、自分でも驚いていた。
しかし、シュバルトは怯む様子もなく、人を馬鹿にしたような口ぶりで続けた。
「殺す?君がわたしのことをかい?」
「もちろん。僕はお前を絶対に許さない!」
「許さないか…それはおかしなことを言う」
意味深なセリフを呟くシュバルト。
「ここにこうして彼女が倒れているのは、君のせいでもあるんだよ?リアン=ストロングシールド」
「……どういうこと?」
「彼女は君の“呪い”のせいでこんな目にあったんだから。彼女が死ぬのもわたし1人の責任にしないでくれたまえ」
「……?…言ってる意味が分からない…何を言っているんだ?」
“呪い”のことはアントーンから聞いていたが、キールさんに害をなすようなものではないという認識だった。
しかし、リアン自身“呪い”の全容は理解していない。
目の前のこの男は何か知っている口ぶりだ。
「僕の“呪い”……それは“ストロングシールドの呪い”…『奴隷魔法』のこと?」
「知っていたか。……その通り」
「君の『奴隷魔法』は、“強者を自分の盾にする魔法”なんだ。一定量以上の魔力を持つ者…つまり強者にしか発動しない魔法でね。君に危害が及ぶ時、君の周りにいる強いやつが、その脅威を取り除いてくれる。これを聞いて、何か身に覚えはないかい?」
シュバルトから説明を受けたが、リアンには身に覚えがない。キールから守られることはあったが、魔法にかかっているという印象ではなかったからだ。
「……よく思い出してくれ。君の『奴隷魔法』のせいで、キールがおかしな行動をとったことが、わたしの知る限り一度だけあるんだ」
おかしな行動…?
キールさんが…?
リアンは最近の出来事から振り返る。
最近の出来事…この逃亡劇…その始まり…
それは今から一週間ほど前に起きた──
あの事件。
「キールさんが国王の息子であるルノーアに魔法をかけた事件…?それは…僕を脅威から守るためだったということなの…?でも何も脅威なんて…」
「いや、あったんだよ。ささいな脅威がね」
ささいな脅威?
僕が帰郷したあの日、キールさんは国王の息子の横柄な態度に腹をたてて、『粉砕魔法』を使ったと聞いているが…
考えを巡らせているリアンに、シュバルトは真実を淡々と伝える。
「国王の息子はね。横柄な態度をとったんだ………でもそれは“キール”にではなく“君”に対してね」
「………僕に?」
「ああ。ルノーアはね、キールの眼の前で君のことを侮辱したんだ。それに対してキールは怒った………というより、君の魔法がそうさせたんだ。君を侮辱という脅威から守るために、キールはルノーアに手をかけたんだ」
「なっ……」
それじゃあ、キールさんが犯罪を犯して国から追われることになったのは──────
───僕のせい…?
決して知りたくなかった真実を突きつけられ、リアンは頭の中が真っ白になる。
目を見開き、涙を浮かべ、横たわるキールに視線を向けた。
キールの今の生きているのか死んでいるのかも分からない。
キールはここまで逃げのび、様々な苦難を乗り越え、ボロボロの姿で横たわっている。
自分はキールを救いたくて…何か力になってあげたくて、ここまで同行してきた。
しかし、真実は違った。
リアンの抱える“呪い”がこの絶望的な状況を作り出したのだ。
絶望し両膝を地面に着くリアンに、ゆっくりとシュバルトは近づいていく。
「……最後にもうひとつ真実を教えてあげるよ。もう会うこともないだろうし」
ゆっくりと甲冑の仮面を外し、シュバルトは顔を見せる。
その顔立はどこかリアンと似ているような風貌だった。
しかし、リアンと絶対的に違うのは、その瞳に邪悪な黒い光を宿しているところだった。
シュバルトはニタァと笑うと“もうひとつの真実”とやらを話し出した。
「わたしと君、顔がどこか似ているだろう?…………そりゃ似ているのさ。親戚だからね
わたしの本当の名前は“シュバルト=ストロングシールド”」
「ストロングシールド!?」
「しかも君よりも本家に近い血筋だ。そして…君は分家の血筋…300年前にアルベイラの一族に殺された先祖とは遠い血筋……のはずだったのに…」
シュバルトはリアンをキッと睨んだ。
「まさか君の方に自動魔法の『奴隷魔法』が受け継がれていたとはね。憎たらしい限りだよ」
リアンは何も喋らないで、シュバルトをただ睨み返していた。
「これは誰にも言っていないことだが、わたしも『奴隷魔法』を使うことができる。とは言え、君の『奴隷魔法』とは違い、固有魔法で同時に1人しか操ることはできないんだがね。だけどね……
ルノーアを操ってキールに『粉砕魔法』を発動させることくらいはできたからね」
この瞬間、リアンの中で全てが繋がった。
ルノーアを操り、リアンへの暴言を吐かせ、『奴隷魔法』によりリアンを守る呪いをかけられたキールにルノーアを襲わせた。
「…お前が…全ての元凶なのか?」
「だからわたしだけのせいにするなよ。君の『奴隷魔法』もこの事件の引き金になってるだろ?
君のことはかなり前から知っていた。受け継がれている『奴隷魔法』のこともね。
だから、君のことを監視させてもらってたんだよ。
そして、キールが魔法学校に赴任し、徐々に“ストロングシールドの呪い”におかされていったことも知ることができた。
これを利用して、キールを殺す名目が作れることも思いついた」
「キールさんを殺す名目?お前達は……なぜキールさんの命を執拗に狙ったんだ」
「それは、“この世界を支配する”ためにね。どうしてもキールの唯一無二の魔力が必要だったんだ。死体を“依代(よりしろ)”にするために」
「“この世界を支配する”?“依代”?一体何を言ってるんだ…」
「わたしが世界を支配し、ストロングシールドの天下を取り戻す!そのために国も軍も利用してきたのさ!
このことはそこに転がっている“伝承の騎士”様も知らない。
全てのピースが揃ったらアルベイラを殺して、『千人魔法』を発動させ、わたしがサンカエルの……いや、この世界の“王”となるのだ!」
叫んだ後、シュバルトは剣を抜き、リアンに斬りかかろうとした。
その時、リアンとシュバルトの間に何者かが割って入った。
それは、先程まで倒れていたノリエガであった。
ノリエガはシュバルトの剣を自身の剣で受け止めた。
ノリエガがリアンを守ったのだ。
しかし、その姿は万全ではなく、呼吸も荒く、夥(おびただ)しい血を垂れ流していた。
「…貴様…裏切るのか…アルベイラ国王に逆らうのか?」
ノリエガは弱々しい声で、シュバルトを睨む。
「裏切る?いやいや…
裏切るも何も初めから、計画していたのさ。途中であなたを仲間になった振りをして、利用させてもらっていただけだ。
わたしは初めからストロングシールドの敵である“アルベイラの一族”は皆殺しにする予定だったよ」
「………そうか」
「いやぁ、疲れましたよ…この15年間…固有魔法が使えない振りをして、軍に入り、あなたやキールの下………自分より弱い人間の下につくのは本当に………疲れました」
「『千人魔法』はわたしが有効的に使います。千人の生贄を使い、“依代”となるキールの『反則魔法』をわたしが使い、全世界の人間に永遠の『奴隷魔法』を使う。それがわたしの願いだ!!」
シュバルトはそう叫ぶと、剣を引き、再びノリエガを斬りつける。
ノリエガはその攻撃を剣で受けられず致命傷を負う。
そして片膝をつき、動きを止めた。
ジロリとシュバルトを睨み、一言だけ振り絞った。
「……アルベイラ国王…先に逝くことをお許し下さい」
次の瞬間──
“伝承の騎士”ノリエガの首がシュバルトによって斬り飛ばされた──
首を失った黄金の鎧を纏(まと)った胴体は力無くその場に倒れ込んだ。
ノリエガを斬り伏せたシュバルトはリアンの方を向く。
そして、ゆっくりと剣をリアンの左胸へ突き立てた。
剣はリアンの心臓へ到達する。
「…ぐっ!」
痛みでリアンの顔が歪む。
意識も朦朧(もうろう)とし始め、目の前の視界がグニャリと歪んだ。
「さよなら。弱い方のストロングシールドくん。先祖の無念はわたしが晴らすよ」
剣をゆっくりと引き抜き、それと同時にリアンは倒れ込んだ。
リアンの体の下にゆっくりと血溜まりができていく。
そして、リアンは意識を失った──
「さて、これで敵は全て消えたかな。」
感知魔法で辺りを探っていく。
そして、とある人物の魔力に気付き、シュバルトは顔が引き攣(つ)らせた。
「厄介な奴が来たな……ガルダ!わたしの近くに来い!」
シュバルトの声を聞き、近くで待機していた怪鳥ガルダがシュバルトの脇に降り立つ。
そして、シュバルトはキールの体を抱きかかえ、ガルダに飛び乗り、ガルダはゆっくりとその場から飛び立った。
「アントーンにもトドメ刺したかったんだがな。仕方がない。………ガルダ急ぎサンカエルに戻ってくれ」
怪鳥はゆっくりと西の空を目指し出す。
シュバルトの脇に抱えられているキールにはまだ僅(わず)かに息があった。本当に僅かに…
連れ去られる最中、地上の岩場に横たわるリアンの姿が目に入り、胸が苦しくなる。
ごめんね……リアンくん……
地上から離れていくにつれ、徐々にキールの意識は遠のいていき、そして──
静かに息を引き取ったのだった。
続く
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