第26話 決着 キールとノリエガ



コツア火山地帯 東部 

キールとノリエガの足場──


今やノリエガの歴史魔法により、1万の兵で埋め尽くされている。


兵士達の中央に立っていたキールは、サンカエル王国の兵士達により、剣や槍で体を貫かれ、体は力無く立っている状態だった。


兵士達が突き刺している武器を、キール体から抜くと、キールの体は、地面に倒れ込んだ。


その体からは大量の血を流し、目に光は無く、虚空を見つめている。


まるで、死んでしまったような顔をしている……


時が止まったかのように、その場の全員が動かなかった。


ノリエガも黙ったままキールの死体を見つめる。


「……死んだか…?」


いや…これで終わるような女ではない。

かつてオレよりも強かった女がこんな簡単に死ぬわけがない。

奴は…………“反則の魔女”は死んでいない…!


ノリエガの問いに答えるように、偽物のボロスが口を開く。


「ワシらの勝ちなんじゃあねぇかぁ?もう、あの死体からは魔力は出ていないぜぇ」


ボロスの言う通り、キールの死体からは魔力を感じられない。

魔法使い・魔女が死んだ時、通常魔力の放出は止まってしまう。


今、目の前のキールの死体も魔力の残滓(ざんし)はあれど、新たに魔力は放出されていない。


つまり…“死亡”したのである。


しかし、ノリエガは煮えきらない。

何かが引っかかっていた。


その場の全員がキールの死を確信した次の瞬間──


ノリエガの魔法により召喚されたアントーンが叫んだ。


「さっき倒したメッハ兵の魔力を感じるぞ!キール……お前からだ!」


偽物のアントーンが叫び、全員がノリエガの脇にいるキールを見る。


キールはニヤァと笑い、何も喋らない。


ノリエガは手元の刀で、隣に立っているキールを斬りつける。

すると、キールはそれを躱し、高い岩場の上までヒラリとジャンプをして逃げる。


岩場はサンカエルの兵士達に囲まれており、キールはそれを見下ろしていた。


ノリエガはキールを睨みつけ、刀を岩場の上のキールに向ける。


「……お前は、オレの魔法で呼びだしたキールではないな。何をやった?『反則魔法』でこちらのキールを身代わりにでもしたのか。」


岩場の上のキールはただ一言だけ発した。


「『憑依(ひょうい)魔法』」


そう言うと、高々と“何か”を掴んで持ち上げるキール。

その“何か”からは血が滴り落ちている。


それは、偽物のアントーンの生首だった。


もう片方の手には、キールの愛刀“現(うつつ)”が握られている。

“現”にもいくらか血がついているところを見ると、この刀でアントーンの首を斬り落としたのだろう。


「キールが…一瞬でアントーンの首を…何が起きてやがる!?」

国将ディールが狼狽(うろた)える。


「……あれはもうキールではない。メッハの女兵がキールに憑依している」


歴史魔法で呼び出された兵士達には、本物のキールのことを“見知らぬメッハの国兵”として認識している。

あくまでキールのことをメッハ兵として、説明するノリエガ。


「……奥の手とはそれか?メッハの女兵」


「その通り。これが奥の手だよ。わたしは5年前のわたしの体に乗り移った。


わたしは一度たりとも他人になりたいと思ったことがないからね。『憑依魔法』なんて生涯一度も使わないと思ってたよ」


「……だが、オレの魔力が尽き、『歴史魔法』が解ければ、お前の存在も消える。お前はそれで死ぬ気のだぞ?」


「死ぬ気でないと、君には勝てないよ」


キールはかつての体を取り戻し、元の体との違いを確認する。

魔力量は少し下がったが、『反則魔法』のレパートリーは5年前の状態に戻っていた。全盛期と言われていた頃に──


「全員死ね」


キールが冷たく言い放つ。


『反則魔法』発動───『即死魔法』───


キールが周りの国兵達に視線を向ける。

その途端、バタバタと兵士達が倒れだす。


『ガイドシロンの戦い』の時に見せた“見ただけで人間を殺す魔法”である。


さっきまでキールを囲んでいた兵はみな、地面に突っ伏すように倒れ絶命する。


1万の兵が一瞬にして壊滅したのだ。


「……先にアントーンを殺したのは、『憑依魔法』を解除させないためか」


ノリエガはキールの魔法を受けたが、魔力で耐性を上げていたので、絶命せずに岩場に立っていた。

他にもディール、マゼラン、ボロスが生きている。


残り4人。


「……ディール!死体を動かせ!」


ディールの固有魔法は死体を使役し操作する魔法である『死霊(しりょう)魔法』。


しかし、ノリエガの命令を受けても、ディールは動かない。

それどころか、背負った大剣を引き抜きノリエガの頭上に振り下ろす。


ノリエガはそれを躱す。


ディールの様子が先程までと違う様子から、何らかの魔法にかけられていることを察する。


「……『洗脳魔法』か」


「そうだよ」


生き生きと笑うキール。

“自分は今なんでもできる”…キールは今とてつとない全能感に包まれていた。


ディールがもう一度ノリエガに斬りかかろうとする。


その瞬間、ディールの体が水の球体に包まれる。

水の球体はディールの体よりもはるかに大きく、直径5m程にもなり、宙を浮いていた。

酸素がないためか、ディールはその球体の中で、苦しみ藻掻(もが)いていた。


「よく分からないが、ディールはもう駄目ってことでいいだろ?ノリエガ」


水の球体は国将マゼランの『海魔法』で作り出したものだった。大量の水を出現させ、操る魔法…そして、マゼランの魔法はそれだけではなかった。


突如、球体の中に海洋生物が現れる。動の長い蛇のような生き物、巨大なピラニア、口の大きな怪魚など様々な怪魚が球体の中を泳ぎ回る。


そして、ディールの体に齧(かぶ)り付いていく…!


球体はディールの血で真っ赤に染まり宙に浮いている。


マゼランはキールの顔を見て、手元の杖を向ける。


「次はお前だ」


「……いや、君だよ」


遮るように、キールが言葉を発した瞬間、マゼランの体は水の球体に包まれる。


「……ごぼっ…ぐっ…」


マゼランは球体の中で苦しそうに藻掻(もが)く。先程のディールと同じように。

口の中から気泡がもれる。


苦しさのあまり、握っている杖を手放し、それも球体の中を漂っている。


キールは『反則魔法』でマゼランの『海魔法』を発動させたのだ。


「『海魔法』、自分の魔法を受ける気分はどうだい?」


球体の中に、先程の怪魚達が同じように出現する。


そして、マゼランの体を貪(むさぼ)り始める。水の球体がマゼランの血で赤く染まる。


「こいつは本当に強えぇな…!ノリエガ、コイツを飲みな!」


ボロスは懐から赤い液体の入った小瓶を取り出し、ノリエガに投げ渡す。

ノリエガは小瓶を左手でキャッチし、それを片手で蓋を開けて飲み始める。


ボロスが小瓶の中の“薬”の説明をする前に、ノリエガはそれを飲み干した。


「もう飲んじまったのか?そいつの中身は…」


「……『狂薬(くるいぐすり)』だろ?効果も昔お前から聞いた」


ボロスの説明を遮るように話すノリエガ。

そのまま、刀を抜き、キールに斬りかかる。


キールはそれを刀で受け止める。

刀で鍔迫(つばぜ)り合いをしながら、ノリエガは語りかける。


「……好きな反則魔法を使うといい。『経過魔法』『時間停止魔法』『相手の存在を消す魔法』『相手を爆破させる魔法』『相手の動きを封じる魔法』『相手を燃やす魔法』…どれもオレには効かない。この10年間で魔法耐性を底上げしたからな」


「たった今『反則魔法』を使ったよ…『薬の効果をわたしに移し換える魔法』をね」


「……なに!?」


「君自身にはわたしの『反則魔法』はほとんど効かないのは知っている。だから、君の体内の“薬”に『反則魔法』をかけたのさ」


“狂薬”はノリエガの体内からキールの体内へ移動し、その効果を発揮した。


キールの魔力が跳ね上がる。“狂薬”の効果で魔力量と身体能力が大幅に向上される。


そして、ノリエガの体からは、“狂薬”の効果が完全に消えていた。


キールがノリエガの目の前から消える…!

そして……!!!


「じゃあな、ノリエガ。最後に楽しませてもらったよ」


ノリエガの前方下に現れるキール…!そして、刀を振り上げるようにしてノリエガを斬りつける。

キールの刀“現”はノリエガの金色の鎧を斬り裂き、ノリエガの体に刀傷を負わせる。


そして、ノリエガは後方に仰向けに倒れ込んだ。

刀傷は深く、血が大量に流れた。

その一撃はノリエガの命に届く一撃だった。


ノリエガはもう手に力は入らず、意識が朦朧(もうろう)とし始める。


…オレは負けたのか。

しかし、オレの死は無駄ではない。オレの死はキールの死にも繋がる。


ノリエガは最後の力を振り絞り立ち上がる。


刀も持たず、体をだらんと垂らすような姿勢で立っている。


「……キール……今回は引き分けのようだな…間もなくオレが死に、お前も消える。今のお前の体は……オレの魔力で生み出されたもの……だからな…」


ノリエガがジロッとキールを見据える。そこには微かに勝ち誇ったような表情が見える。

しかし、それでもキールは涼しい顔をして、ノリエガを見つめ返す。


「いや、死ぬのは君1人だ」


キールは、自分の死体に近づいていく。自分の元の体…サンカエルの兵士達に串刺しにされたその体に…そして…


「『修復魔法』発動」


すると、槍や剣で貫かれたキールの体の傷がみるみる内に塞がっていく。血も止まり、心臓も動き出す。


「君が死ぬ瞬間、『帰還魔法』で自分の元の体に帰るよ。これで今のこの体が消えても問題はない」


ノリエガはこの瞬間敗北を悟る。

10年以上味わったことのない感覚が、ノリエガの体を駆け巡る。


……完敗だな。

…キール

元々オレはこいつが気に入らなかった。

生意気で高圧的、そして才能に溢れていた。


キール(こいつ)とは出会いたくなかった…


キールはチラリと偽物のボロスを見る。


「君はわたしと戦わないかいのかい?」


ボロスは肩を竦めながら、敵意のない目を向ける。


「うちの大将がやられちまったんだ。ワシらの負けだわな」


ボロスらしいな。


では、最後に一つだけ………これだけは聞いておこう。


「ノリエガ、戦う前の約束を覚えているか?わたしが勝ったら、『千人魔法』の使い道を教えてくれるんだろ?」


「……」


ノリエガはしばらく沈黙した後、ゆっくりと話し始めた。


「……『千人魔法』による……『奴隷魔法』を使い………世界を支配する。わたしとアルベイラでな………………そして、戦争の無い世界を作りたかっただけだ」


「では…戦争のない世界を作るために、戦争を繰り返し、捕虜を集めていたのか?」


「……そうだな。我ながら馬鹿なことをやってきたと思う」


ノリエガはクククッと笑いながら、血を吐き出す。


「……だが、悔いはない。アルベイラのために捧げた10年間、わたしは“幸せ”だったのかもしれんな」


「……キール、わたしを殺し……これからお前はどこに向かう?」


「リトナミだ。リアンくん達と一緒にな」


「……そうか。逃げきれよ」


最期にノリエガはフッと笑い………




次の瞬間、剣がノリエガの体を貫いた……!


何者かがノリエガの体を剣で突き刺したのだ…!


ノリエガが息絶えた途端にボロスの姿が消え、倒れていた国兵の死体も煙となって消える。


『帰還魔法』発動!


帰還魔法とほぼ同時に、憑依していたキールの体も消失する。


キールは間一髪で自分の元の体に入り、上体をすぐに起こす。


ノリエガの胸元から刀の刀身が生えている。

そのノリエガの後方に甲冑の姿が見える。


その男…ノリエガ軍次将シュバルト…!

魔法を使わない騎士。しかし、自動魔法で極限まで肉体強化がされている。


「久しぶりだな。シュバルト」


キールが甲冑の騎士を睨みつける。


「これはこれは。キールさんじゃないですか。」


「元上司に向かって、大層な殺気を放つね?」


「ええ、まあ今から殺しますから。キールさんは『千人魔法』完成の最後のピースですからね」


「いいのかい?君達の大将は今死んだみたいだが?」


「全然問題ないです。元々はわたしが立てた計画ですので。彼は十分に役目を全うしてくれました」


甲冑の下から淡々と会話を進める。

表情が読めないからか、シュバルトからは熱を全く感じさせない雰囲気がある。


この男には“冷淡”という言葉が相応しい。


「君が計画していただって?わたしの下にいたときかから、腹の底では、世界中の人間を支配しようと企んでいたということかい?」


「ええ」


続いて出た言葉は、キールの予想の斜め上をいく言葉だった。


「全ては“ストロングシールド”の復讐のため」


「なに…?」


これにはさすがのキールも驚きを隠せなかった…!


“ストロングシールド”?

リアンくんの家系が、この男と何か関係しているのか?


この数秒の思考がキールにとって、隙を生んだ…!


キールが考えを巡らせた瞬間、シュバルトはそのキールの隙を逃さなかった…!


シュバルトがキールとの間合いを一気に詰める…!


そして───


キールの体を正面から斬り裂いた…!


ノリエガ戦での消耗…シュバルトの予想以上の速さ…そして、一瞬の隙…


様々な要因が重なり、この痛恨の一撃を生んでしまった…!


キールの体から血が吹き出る…!


恐らくもう助からないほどの血の量を撒き散らしながら…


キールは倒れゆく中、助かる道を必死で探す。


油断した…最後の最後で…


『反則魔法』での超回復は…もうできない。

痛みを相手に移し換える魔法…も使えない。

時間を戻す……も既に使っている。

傷口を焼いて止血する……は、斬撃が内臓まで到達しているから、意味がない。

傷口を縫合する……は“回復魔法”と重複するからもう使えない。

あとは……あとは……


キールは考え尽くしたが、自身を回復させる手段を思い付くまでに至らず体は地面に仰向けに倒れ込む。


息はまだあるが、もう残りの時間は少ない。


キールは、ただ上空の火山灰で包まれる空を見上げることしかできなかった。


キールを見下ろしながら、シュバルトは剣を収める。


「『反則の魔女』も最期はあっけなかったですね。では、死体をサンカエルへ運ばせてもらいます」


シュバルトがキールを担ぎ上げようとした時、後方から叫び声が聞こえた。キールのよく知る声が───


「キールさん!」


リアンが、キール達の足場にたどり着いたのだ!


キールはかろうじて息はある…しかし、意識はもうすぐ途切れてしまう…


リ…アン…くん?

逃げるんだ…!君ではこの男に…勝てない…!


キールはもう声を出せる状態ではなかった。

薄れゆく意識の中、ひたすら祈ることしかできない。


シュバルトもリアンの存在に気付き、ゆっくりと振り向く。


「君は……?ああ、“ストロングシールド”の生き残りか」


「落ちこぼれの方の“ストロングシールド”のね」


甲冑でシュバルトの顔は見えなかったが、その鎧の奥で、微かに笑っているように見えた。


続く




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