第25話 歴史魔法と千人魔法



アントーン対トリトニスの決着が付く少し前──


コツア火山地帯 東部 キールのいる足場


キールとノリエガはまっすぐお互いを見て対峙していた。


「君と戦う日が来るとは思わなかったよ」


キールの赤味がかった眼光がノリエガの顔をじっと見る。

顔には少し笑みが含まれている。


「……そうだな」


対照的に、ノリエガは無表情を崩さない。


キールは会話を続けようとする。

ノリエガという最強の相手と戦える喜びを少しでも長く味わいためである。


「以前、軍の中で国兵達が議論していたよな?わたしとノリエガのどちらが強いか。結局白黒つける機会は訪れなかったが、ついに今日で答えが出てしまうな」


キールはニィっと笑う。


「わたしが最強だという答えがな」


「……安い挑発だな。お前はここで死ぬ」


ノリエガがキールの言葉を受けて殺気を強める。

自動で発動している『殺気魔法』の威力が強まる。

『殺気魔法』への耐性があるキールにも少しずつダメージが入る。

しかし、痛みを堪えてキールはノリエガに問う。


「戦う前にひとつ聞いていいかい?」


ノリエガは刀に手をかけたまま、何も喋らない。

質問することを許可してもらえたものだと判断し、キールはノリエガに問う。


「なぜわたしの命を狙う。君達には何か目的があるのではないかい?」


「……目的か?国王様の御子息に手をかけたのだ。お前を殺すのに、それ以上の理由は必要あるまい?」


「そうだね。君がそう言い通すならそれでもいいだろう。では、質問を変えるが、他国から捕虜達を集めているのはなぜなんだい?ホークスという男の『保管魔法』の異空間内にいるんだろう?」


ホークスの保管魔法の話は、キール達の憶測であるが、鎌を掛けるため、知っているような口ぶりで話す。

ノリエガは、ただじっとキールを見据えて、黙っていた。


キールは自分の中で芽生えたもう一つの仮説についてノリエガに聞いてみた。これは、アントーン達にも話していない仮説である。


「『千人魔法』……とかいうやつをやろうとしてるのではないだろうね?」


『千人魔法』という言葉に少しだけ顔色が変わるノリエガ。


「……だったらどうする?」


ノリエガの眼光が鋭くなる。


「どうもしないさ。『千人魔法』は千人分の魔力を使い、“依代(よりしろ)”と呼ばれる人間の固有魔法を増幅させて使用する魔法。しかし、その代償に魔力を提供する千人の人間と“依代”となる人間は命を捧げなければならない。確かそうだったよな?」


答え合わせをするように喋り続けるキール。もうすでに答えを知っているような口ぶりで。

キールはそっと核心に触れる。


「“依代”はわたしなのだろ?ノリエガ」


「……さあな」


ノリエガは要領の得ない返答を続ける。真の目的を教えるつもりはないらしい。


「それなら、この大袈裟な指名手配も納得がいくと思ってね。『千人魔法』を使って、君達は何を成そうとしているのか…それは教えてくれなさそうだね」


ノリエガは剣を抜き、キールの方にゆっくりと切っ先を向ける。


「……オレに勝てたら教えてやろう」


「君に…?残念ながら、この勝負はわたしが勝つよ。君に勝つ魔法が一つだけあるんだ。ずっと取っておいた魔法がね」


真実かハッタリか、キールは自信に満ちた声で返す。


「……かつての…全盛期のお前ならオレに勝てたかもな。だが、ほとんど使える魔法が残ってないことは分かってる」


キールとノリエガは5年以上、戦場で時間をともにした。キールが『反則魔法』で何をしてきたかは、ノリエガも把握している。

そして、先のペーラ戦においても、強力な魔法をほとんど使っていないことも報告を受けている。


キールがもう強力な魔法を使えないことを知っているのだ。


「……さあ、時間だ」


ノリエガが魔力の出力を上げる。


固有魔法をいきなり使うつもりだ。


「何年振りかな。その魔法を見るのは」


ノリエガの魔力放出により、周辺の空気が震える。

しかし、キールはそれに動じていない様子だ。

勝つ算段があるのか、それとも、死を覚悟したのか…

その表情から、真意は読み取れない。


「君を倒せば、わたしの旅も終わる。これが最後の戦いだね」


「……いくぞ。『歴史(れきし)魔法』発動」


ノリエガの魔力が周辺を包み込む。

すると、何も無い空間から、大勢の兵士の影が現れた。


途端に、火山地帯を覆い尽くすように出現した兵隊に囲まれるキール。

数にして一万以上の兵隊、そして、いずれもサンカエル王国の刻印のある武装を身に纏(まと)っていた。


「すごい数の兵だね。これはもちろん、“あの時の戦い”の再現だろ?」


「……“ガイドシロン”……オレ達が知る中で、史上最も規模の大きい戦いだった。それを再現する」


「久しぶりに見るね。これが歴史魔法…懐かしい顔ぶれが勢揃いじゃないか」


ノリエガの固有魔法である『歴史魔法』は、過去の歴史を再現する魔法。過去に自身が経験した戦争──その記憶を具現(ぐげん)化したのである。

ノリエガが再現したのは、かつてサンカエル王国とメッハ王国が都市ガイドシロンで起きた『ガイドシロンの戦い』である。

その戦いの中でサンカエル王国からは、国将6名と国兵1万が投入された。


今、その兵達が目の前にいる───


キールは今1万の兵に囲まれている。そして、それと同時に目の前に当時の国将達が召喚されている。

ノリエガ以外は魔法で具現化された偽物達であるが、いずれも能力は本人と変わらない。


そして、国兵達の奥にノリエガと、魔法で召喚された5人の国将達が立っていた。


ノリエガの左隣にいる片目を失っている老兵、背に身の丈ほどの大剣を背負っているのが国将ディール。


風船のような腹をした大柄な男で、青い宝石を先端につけた杖を構えているのが、国将マゼラン。


そして、赤いドレッドヘアに、悪い目つきの男。狂襲(きょうしゅう)病という病におかされており、それを固有魔法として使用するのが国将ボロス。


ボサボサツンツン頭で身長2mの長身。“絶対防御”の異名を持つ『感知魔法』のスペシャリストのアントーン。


そして──


赤く鋭い眼光。黒い髪と黒のローブ。当時はノリエガをも凌ぐ実力とも言われていた最強の国将………


“反則の魔女”キールがノリエガの脇に立っていた。


召喚された偽物のキールは『ガイドシロンの戦い』前の、反則魔法をほとんど残している状態のキールだ。


ノリエガの脇のキールが、本物のキールを見て、ニヤリと笑いながら言う。


「ノリエガ、メッハ王国はあいつ1人なのかい?この人数で相手する必要があるとは思えないな」


偽物のキールは肩を竦(すく)める。


偽物のキールは、本物のキールをメッハ王国の兵士と認識している。

あくまで召喚された兵士達は、『ガイドシロンの戦い』をしているつもりなのだ。


「……メッハは1人だが、奴は強い。油断するな」


ノリエガが偽物のキールをジロッと睨む。


「グワッハッハッハ!早く皆殺しにし、宴にするぞ!」

国将ディールは高笑いし、マゼランをチラリと見る。


「いいですねえ。しかし、メッハ兵の彼女の魔力はとてつもない量です。我々国将と同格かもしれません。ディール殿、油断なさらぬように。」

マゼランはキールの魔力を感知し、警戒を促す。


マゼランの隣で偽物のアントーンは黙って、こちらを見ていた。


「……無駄話はやめろ。」


ノリエガの声がコツア火山地帯全体に響く。

その瞬間、国将達は口を閉じる。

ノリエガの一言で各々が戦闘態勢をとる。


そして…


「……全軍………かかれ!」


ノリエガが鋭く言い放つ。

周りの国兵達が一斉にキールに突撃する。

続いて、国将達もゆっくりとキールに接近する。


兵達に囲まれて、中央にいるキールは冷静に兵士達を見回した。

そして、魔力の出力を静かにあげ、呟いた。


「『反則魔法』……発動…」




キールがそれを言い終わるか終わらないかのうちに、兵士達は中央のキールに駆け寄り、そして、槍や剣でキールの体を貫いたのだった。




続く

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