第23話 酒の雨
コツア火山地帯 北部──
甲冑に身を包んだ騎士が、首無し巨大鳥のガルダに乗り、火山地帯の山々の間を縫(ぬ)うように飛んでいく。
次の標的キールを探しながら、感知魔法を発動していく。
「さすがにここは暑いな。『保管魔法』の空間は快適だったんだけどなー。」
甲冑の中から、こもる声で独り言を言うのは、ノリエガ軍次将のシュバルトだった。
なぜ、この男がここに来ているのか?─
ノリエガの指示により、天星城のアルベイラ国王の護衛のため、城に残っているはずだ。
しかし、シュバルトは従わなかった。
ホークスがキールの死体を運ぶために同行することになったのを知った際に、ホークスを説得し、保管魔法の異空間の中に入り、ノリエガ達に同行した。
ホークスの最期の保管解除は、ガルダによって自分を助けるためにしたのではなかった。
異空間の中のシュバルトを解放するための解除だった。
これはホークスとシュバルトだけの秘密であった。
果たして、シュバルトの目的は…?
シュバルトはキール達を探して、怪鳥ガルダと共に飛んでいく。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
時は少し戻り───
コツア火山地帯南部
アントーンとトリトニスの足場
下からの溶岩の熱気で汗が吹き出る。
アントーン達のいるところは、足場の下で溶岩が活発に流れていた。
魔法で体温を調節しても、体が燃えるように暑かった。
「さすがに、ここは暑いですね。雨でも降らせますか?」
唐突にトリトニスが言う。
雨…?
それが、こいつの魔法か?
それとも、冗談で言っているのか?
「雨…?降らせられるなら降らせてくれよ。」
アントーンも冗談で返す。
トリトニスは細い目を大きくして、アントーンの頭上を指差す。
「ほうら、もうすぐ降りますよ。」
いつの間にか、アントーンの頭上に薄暗い雲がかかっていた。
雲が厚くなっていき、周辺が暗くなる。今にも雨を降らしそうな雲だ。
「驚いたな。本当に雨を降らせられるんだな。」
トリトニスの魔法に身構える。初めて見る魔法にアントーンは警戒を強める。
『感知魔法』発動。──解析──
解析には少し時間がかかりそうだな。
さーて、そろそろ攻撃がくる…!
トリトニスが口を開く。
「『雨魔法』発動。──“槍の雨”──」
雨雲の中から、無数の槍が出現する。
槍はアントーンの方を向き、静止している。
アントーンは上を見上げ、槍をじっと見つめる。
トリトニスがニィっと笑った。
次の瞬間、無数の槍がアントーンめがけて降り注いだ。
その様子はまるで雨が大地に降り注ぐかのようだった。
槍は全て地面に落ち、雨が止まる。
灰色の雨雲の真下には、槍を一本持ったアントーンが立っていた。
アントーンは無傷で立っていた。
しかし、アントーンが無傷で槍の雨を凌いだことにあまり驚いた様子ではないトリトニスであった。
「アントーン様、流石です。槍を全部叩き落とすとは…。“槍の雨”は効かないみたいですね。」
アントーンは槍の雨が降り注いだ時、その内の一本を掴み、その槍で自分に向かってくる残りの槍を全て防いだのだ。
「アントーン様、次です。」
トリトニスは両手を上空へかざす。
「『雨魔法』─“酸の雨”─」
アントーンの頭上に酸の雨が降り出した…!
触れたものを全て溶かす酸の雨だ…!
これは槍で受けられないな…!
アントーンは走り出し、酸の雨から逃げるように移動する。
手に持った槍をトリトニスに向けて投げる。
トリトニスはそれを身を屈めて躱す。
その隙に、一気に間合いを詰めるアントーン…!
そして、アントーンの拳が2発…トリトニスの身体に突き刺さった。
血を吐くトリトニス。痛みで頭を前方に下げた。
拳が重たい…
拳をかなり強化している…!?
アントーンはそれを逃さず、トリトニスの頭に蹴りを入れる。
トリトニスは左方向に吹っ飛び、倒れ込む。
トリトニスの集中が切れたことで、アントーンを追跡していた酸を降らせていた雨雲も消失する。
トリトニスは、地面に倒れ込み、かなりのダメージを負ったように見える。
トリトニスの魔法は強力だが、ここまで大した攻撃もなく、拍子抜けするアントーン。
こいつ、本当にノリエガの次将なのか?
それにしては弱すぎる。
トリトニスは軍の中でも随一の武闘派と聞いていたが…
まだ何かを隠している?
「トリトニス、もう終わりか?」
トリトニスはよろめきながら立ち上がる。鼻血を垂らし、焦点が定まっていない様子だ。
鼻の血を拭いながら、アントーンをキッと睨む。
「弱い者をいじめて楽しいですか?次将ごときが、あなたのような国将レベルに勝てるわけないですよ。」
トリトニスの魔力の出力が上がる。
「いつも通りいきますか。」
トリトニスの雰囲気が変わる。
魔力の出力が上がり、再び暗雲が現れる。
しかし、先程と違うのはトリトニスの頭上に出現した。
「『雨魔法』──“酒の雨”──」
雲から雨がシトシトと降り出す。
トリトニスは頭上を見上げ、口を大きく開け舌を突き出す。
まるで、雨粒を飲むように、体の中に雨水を取り入れていく。
「酒の雨……降っているのは本物の『酒』…?」
雨が止み、トリトニスが顔を正面に向ける。
顔は真っ赤に火照り、目も虚ろになっている。
そして、周辺に立ち込める酒気。
トリトニスは自身の魔法で酒を体内に取り入れたのだ。
しかし、何のために…?
すると、先程アントーンが投げた槍を拾うトリトニス。
トリトニスは、槍を構え、ギッとアントーンを睨みつけながら接近するように飛び上がった。
「ウラアアアアアアアア!!!」
先程の気だるく静かに喋っていたのが嘘のように、大きく奇声を上げ飛びかかってくるトリトニス。
後ろに逃げ、トリトニスから距離を取るアントーン。
槍を躱されるが、絶えず間合いを詰めトリトニスはアントーンを攻撃する。
槍を振り回し、アントーンを攻撃する。
アントーンはそれを躱そうとするが、体に槍の攻撃が浴びせられる。
左肩、脇腹、左の太ももに槍が突き刺さる。
「ウラアア!!」
叫び声とともに、アントーンの心臓を突き刺そうとする。
それを左手で防ぐ。左手のひらを貫通するが、槍を止めることができた。
明らかに先程までとトリトニスの動きが違い、格段に速くなっている。
「ぐっ…!コイツ速い…!俺でも追いつけないってのかよ…!」
トリトニスはそのまま走り出し、槍の雨で降らせた槍を二本拾う。
そして、アントーンの視界から消える。
どこに───?
ドスッ…!!
アントーンは背中から槍二本で体を貫かれた。
アントーンの背後でニタァと笑うトリトニス。
「……ぐはっ…!」
血を吹き出し、膝を地面につくアントーン。
「エヒャッヒャッヒャッ!」
アントーンの後ろで高笑いするトリトニス。先程までの気だるそうに喋る面影はない。
トリトニスはまた走り出し、槍を二本拾って姿を消した。
姿が見えなくなり、警戒をするが、付近に気配がしない。
そのまま気配は遠ざかり、アントーンに止めを刺さず、別の標的を狙いに行ったらしい。
「…ぐっ!舐めやがって!」
体から槍を抜くアントーン。槍の刺し跡から血を吹き出す。
「ハァ…ハァ…やつは一体どこに?」
『感知魔法』発動──!
トリトニスの魔力を追跡する。
北に向かっている。
北……リアンがいるところだ…
アントーン達は、足場魔法発動の際リアンを戦いに参加させないため、元の位置に、留まるように取り決めをしていた。
それぞれの敵を遠ざけるために、オルスロンを北へ、アントーンを南へ、キールを東へ移動させるように足場を動かしていたのだ。
しかし、今まさにトリトニスがリアンを殺しに向かっている。
助けに行かなければ…
アントーンは魔力を放出する。
回復と肉体強化に魔力をまわす。
一時的にではあるが、止血し、リアンの元に走り出す。
続く
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