第22話 足場魔法と保管魔法
──4年前
暗い部屋に男が二人。
白髪の男が、部屋の主に尋ねる。
「……君の固有魔法は『保管魔法』だね?」
「…ハァ…ハァ…国将ノリエガ…なんで…あんたほどの人間がこんなところに…?」
部屋の主である若い男は、体調でも悪いのか息が荒い。
「……オレは『保管魔法』の使い手を探していてね。どうしても君の力が必要だ。」
「……わたしの力…本気で言って………いるのか?…ハァ…ハァ…オレを罰しに…来たの…ではないか?」
「…罰する?君を?」
「ハァ…ハァ…どう考えても…おかしい…だろ……?この部屋…?」
「……この部屋か?」
4年前、ホークスがまだノリエガ軍の国兵(こくへい)だった頃、ホークスは軍の兵舎に住んでいた。
ホークスの部屋は六畳程の広さで、ベッドと机のみ置いてある。それだけではなかった…
ホークスの部屋には異常があった。
床に血溜まりができており、椅子には血だらけの人間が縛り付けられていた。
口からは血を垂れ流している。
まだ、息はあるようだが、ぐったりして気を失っているようだった。
「……部屋には何も変なところはないぞ。罰することなど何もない。」
まるで気に留めるようなことは無いというようにノリエガは淡々と話す。
「……そこの彼は見た所、『ショウド王国』の兵士だな。戦場から攫(さら)って来たのか?君は拷問が趣味なのかな?」
ホークスは発作で息苦しくなっている胸を押さえ、息も絶え絶えになりながら話す。
「ハァ…ハァ……たまに、人を殺さないと……発作が…起きるんです。…抑えられないんです…殺人衝動が……!」
そう言うと、ホークスは手に持っていたナイフで『ショウド王国』の兵士の心臓を刺し絶命させた。
「ハァ…ハァ…………ふぅ…落ち着きました。お見苦しい所をお見せしました。」
人を殺し、平静を取り戻すホークス。ノリエガはその様子を見ても眉一つ動かさない。
「……構わんよ。ところで、本題だが…オレの下で次将にならないか?オレは君の魔法が欲しい。」
ノリエガはもう一度部屋を見回し付け加える。
「…それと、発作で苦しんでいるというのなら、定期的に人間を君に供給しよう。それを殺すといい。」
ノリエガの異常な提案に、さすがのホークスもノリエガに興味が湧いてくる。
「なぜそこまでして俺を手元に置きたいのですか?」
「……君は全人類の支配に興味はないか?それが叶えば、君はもう殺人衝動に苦しまなくて済むんだぞ?」
確かに、全人類を支配できることが可能なら、殺人衝動が起きた時に、いちいち人間を調達しないで済む。
「……全人類の支配ですか。それは大いに興味があります。わたしは、具体的にどうすればよいのでしょう?」
ノリエガは怪しい笑みを浮かべる。
「…戦場にいる兵士や敵国民を千人ほど調達してきてほしい。魔力を持った人間を生きた状態で…だ。」
「千人!?それを集めて何をしようとするつもりなんですか?それを集めることは全人類の支配と関係があるのですか?」
少しの沈黙の後、ゆっくりと話し始める。
「………『千人魔法』。」
その後、ホークスはノリエガから『千人魔法』の全容を聞き、力を貸すことを了承する。その一月後、ノリエガ軍の次将へと昇格する。
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時は戻り───
コツア火山地帯 オルスロンとホークスの足場
二人は向き合って対峙していた。
オルスロンが作った足場は、広い広場となり、戦うには十分なスペースとなった。
ホークスはオルスロンについて気になっていることを質問する。
「君はなぜあの犯罪者達に手を貸したんだい?何もしなければ、サンカエルで平和に暮らせていたはずなのに。」
これから殺す相手に興味があるようだ。
「なぜって……キールは俺の命の恩人だから。んで、キールに協力してるリアンってやつは俺の唯一の友達だからかな。そいつらを助けたいと思ったからだ。」
少し考えた後、リアンに改めて質問する。
「…理解できんな。恩人や友達だとしても、罪を犯した者達を手助けするなんて。君はせっかく平穏を手に入れたのにそれをわざわざ手放そうとする。なぜなんだい?」
ホークスは、オルスロンのことが心底理解できないようだ。
「わたしは平穏な人生が欲しい。何の不安もなく脅威もない人生が。君はわたしの欲している“平穏な人生”を簡単に手放そうとしている。それが許せないんだ。」
“殺人衝動”…それがなければ彼の人生はまともなものになっていただろう。
何度苦しんだか分からない。それが無くなって欲しいと何度も願った。
殺人衝動と向き合うために、戦いに身を置こうと、軍に入った。
しかし、状況の改善には至らなかった。
殺しても殺しても満たされない。
もう何もかも捨て去りたい。
そう考えていた時に、ノリエガからの甘い誘いがあった。
『千人魔法』を発動させ、全人類を従えることができると。
ホークスはその言葉を信じ、ここまで尽くしてきた。
「わたしは、わたしのためにお前を殺す。」
冷たい視線でオルスロンをじっと見た。
オルスロンはそれに動じること無く、ホークスに返答する。
「なんかよく分からないけどさ。俺は大事な人達を守りたい。たったそれだけなんだよ。平穏とかどうでもいいんだ。俺の世界からその大事な人達がいなくなることが、俺にとっての平穏じゃない世界なんだよね。」
「俺は俺の世界にいる大事な人達を守る。だから戦う。」
オルスロンはまっすぐにホークスを見る。
オルスロンにはオルスロンの守るものがあると、何となくではあるがホークスも理解する。しかし…
「君とわたしはやはり相容れないな。無駄話が過ぎたね。やろうか。」
途端に戦闘体勢に入るオルスロンとホークス。
先に魔法を使ったのはホークスだった。
『保管解除』!B-99 狂薬(くるいぐすり)──
オルスロンは見覚えのある薬品の出現に身構える。
もう負けたくない…!
オルスロンの心に恐怖はなかった。
ホークスは瓶を開け、それを全て飲み干す。
「もう、手加減はしない。俺は俺の望みを叶えるため、お前を倒し、わたしのストックにさせてもらう。」
ホークスの魔力量が膨れ上がり、魔人オルスロンの魔力を凌駕する。
『保管解除』…B-6…魂喰(たまぐい)
空間が歪み、サーベルのような形状で剣身が曲がった刀が出現した。ホークスは右手でそれを掴む。
「この刀は魂喰という魔法武具でね、保管したい人間と戦う時に使っている。これの効果は…」
言葉の途中で、ホークスの姿が消える…!
次にオルスロンの右斜め前方に現れた…!
ホークスは刀を切り上げるようにして振るう。
オルスロンは大きく仰け反ってそれを躱した。しかし…
「ぐっ…」
体に痛みが走る。
刀では斬られていないはずなのに、胸付近に激痛が走る。
まるで、ノリエガの『殺気魔法』を受けた時の感覚だ。
ホークスがさらに斬りかかってくる。
それを足場魔法を使って地面を押し上げ、上空へ躱す。
しかし、またもや体に斬られたような痛みが走る。
「……なんだこれ!?躱しても躱しても斬られたような痛みが走る!?その刀の力か…?」
ホークスは余裕のある表情でオルスロンを見る。
「そうだ。この刀はお前の“魂”を斬る。俺が刀を振れば、近くの魂を蝕む。攻撃を受けると魂が死んでいくぞ。」
「魂が……死ぬ……?」
「…抜け殻になるんだよ。呼吸をし、心臓も動いているが、何も考えられない。生きてるだけの存在になる。俺はこの刀を使って戦場で生きてる人間を廃人にしてきた。」
魂喰の攻撃は当たらなくても“魂”に届く。
刀を振れば振るほど、オルスロンの魂は死んでいくのだ。
「しかし、攻撃を当てるつもりで斬っているんだが、全て躱されてしまうな。さすがは魔人、狂薬がなければ、戦闘では君に敵わなかったよ。」
再び、刀をオルスロンに向ける。
また、斬りかかろうとする体勢だ。
まずい…あれをくらいすぎると、俺の防御力を無視して、攻撃が入る。
どうすれば…
ホークスの姿が消える。
オルスロンまでの間合いを一瞬で詰める。
オルスロンは咄嗟に魔法を使った。
『足場魔法』発動!
オルスロンの周りの足場が、沼のようになる。ペーラと戦った時と同じ魔法だ。
しかし、ホークスは沼を飛び越え、オルスロンに接近する。
「お前ぬるいんだよ。毎日血の匂いを嗅ぐような人生を生きたことないだろ?」
ホークスは言葉とともに斬撃を繰り出す。
今度はオルスロンの体を斬り裂き、血を流し倒れる。
同時に魂も消耗する。戦意が揺らぎだす。
「ぐはっ…」
こいつやっぱ強い…
薬の効果で、俺よりも身体能力が高くなっている…
勝てねーよ…
リアンすまん…力不足だった…
ゆっくりと目を閉じるオルスロン、魂が削られたためか、諦めの気持ちが湧き出る。
ホークスには到底勝てないと…
しかし、オルスロンの心に不思議な感覚が湧き上がる。
体にリアンの魔力を感じる…
闘志が戻って来る…
ここで、俺が死んだらこいつはキールやオルスロンを殺しに行くだろう…そしてリアンも…
それだけはさせない…
リアンは俺が守らなければ…!
オルスロンの魔力が湧き上がる。そして、消耗していた“魂”も再びエネルギーを取り戻す。
オルスロンも自身の身体に何が起こったかは理解していない。
しかし、頭の中でゾーコの町でした会話が蘇る。
“リアンの呪い”
これは“呪い”の力なんだ。
“リアンを守る呪い”
「身体に力が漲(みなぎ)ってくる。」
オルスロンは再び立ち上がる。肉体的な傷は癒えていないが、魂は滾(たぎ)っている。
「『足場魔法』」
オルスロンは魔力を大量に消費し、全ての足場となっている岩を消した。
オルスロンとホークスだけが空中に残り、そして落下する。
オルスロン達の下には溶岩が広がっている。
オルスロンの予想外の行動にホークスは焦った。
「貴様…!正気か!?足場を全て消すなんて!?」
落下しながらホークスが叫ぶ。
「パワー、スピード、魔力…全てあんたには勝てねーと思ったから賭けに出たのさ。自分でもこんな広範囲の足場の消失ができるとは思わなかったぜ。」
「『足場魔法』!」
岩の足場が空中を移動し、オルスロンの体をキャッチするように体の下に入り、落下を止める。
一方でホークスは溶岩まで真っ逆さまに落ちていった。しかし…
「『保管解除』!全て出ろ!」
その瞬間、数十人の人間と、数個の魔法武具が空中に出現した。その中には、ノリエガ達がここまで移動するのに使った『ガルダ』という首のない巨大な鳥もいた。
ガルダは落下するホークスを見つけると、急いで助けようと下方向に向かう。
ガルダ、わたしのことはいい…
わたしのことは…
お前は…オルスロンを倒すために動け…!
ガルダはホークスの表情を読み取ってか、方向転換し、上の方へ飛んでいく。
ガルダ、それでいい…
溶岩が迫ってきている。狂薬で強化されてはいるが、溶岩に落ちたらさすがのホークスも助からない。
これで…わたしも死ぬのか…
…
…
ああ…普通になりたかったな…
バッシャーーンという音とともに、ホークスは溶岩の中に消えていった。ガルダはその後、落ちていく数十人の人の間を縫(ぬ)うように飛び、オルスロンの方へ向かって行った。
オルスロンもガルダの接近に気がつく。
「あの鳥、主人の仇を取るために、こっちに来てるのか?」
ガルダはまっすぐオルスロンの方に向かってくる。
そして、オルスロンはあることに気がつく。
ガルダの背中に誰か乗っている…?
しかし、ホークスではない。あれは甲冑…
次の瞬間─
オルスロンは体の正面を何者かによって斬られた…!
血が吹き出す。傷が深く入り、倒れこむ。
オルスロンの意識はそこで途絶えた。
オルスロンを斬った人物は、ガルダの背に乗りながら巧みに操って飛行する。
「まずは一人。」
オルスロンの血で濡れた剣を鞘(さや)にしまう。
その男は全身を甲冑で身に纏(まと)い、次なる標的のもとへと向かう。
「次は国将キール。お前だ。」
その男、ノリエガ軍次将のシュバルトは甲冑の下で不敵に笑った。
続く
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