第21話 伝承の騎士



日が昇る前に、キール一行は宿から出発し、コツア火山地帯を目指す。


サンカエルの方から、国将ノリエガ一行が迫って来ている。


キール達は、ヒデオタークの時のように一般人を巻き込みたくなかったため、コツア火山地帯でノリエガ達を迎え討つことにした。


移動するための足を調達するため、リアンが野生の馬を手配することを提案した。


しかし、キールからツッコミが入る。


「リアンくん、今は夜中の3時だ。馬宿はまだ閉まっているだろう?」


「いえ、『伝達魔法』で野生の馬に呼びかけてみます。付近の馬が協力してくれるかもしれません。」


リアンは戦闘では役に立たない分、こういったサポート面でみんなの助けになりたいと考えた。


キールはニコッと笑い、「そう言えば、その魔法があったね。お願いしようかな。」と言った。


リアンはこくっと頷くと、右手を耳に当て、魔力を放出する。


「『伝達魔法』発動…!野生の馬達よ、力を貸してくれ…!コツア火山地帯まで僕らを連れて行ってほしい…!頼む…届いてくれ。」


リアンが語りかけてから、しばらく静寂が訪れる。

物音ひとつしない。


これ以上は待てないと判断し、リアンが3人の方に向き直る。


「ごめんなさい…カッコつけてみましたけど、駄目でした。先に進みましょう。」


肩を落としながら、言うリアンをキールが否定する。


「ダメだよ、リアンくん。見てごらん。」


キールは、ゾーコの南にある林の方を指差す。

すると、こちらに向かってくる影が3つあった。


3頭の馬がこちらに向かってきたのだ。

それを見て安堵するリアン。


「リアンくん、君はもっと自分の魔法に自信を持ちなよ。」


冗談なのか本気なのか分からないが、キールから褒められ、少し嬉しくなるリアン。


「はい!…あっでも3頭しかいませんね。残り1頭を待ちますか?」


「いや、わたしは二人乗りでリアンくんの後ろに乗せてもらおうかな。」


「リアンくんが一番小柄だからね。」


キールが付け足した一言でちょっぴり悲しくなるリアン。しかし、自分の後ろにキールを乗せるということで、リアンの心臓は少しドキドキしていた。


馬が4人の前に整列する。


できれば、リトナミまで馬で移動したかったが、コツア火山地帯は地盤が不安定なところが多いため、馬での移動は困難な地形であった。


キールの基礎魔法『創造』で簡単な鞍や手綱を作り出した。

基礎魔法でも、キールは緻密な馬具を作り、馬に装着させた。


そして、各自自分の馬に乗り出す。キールはリアンの後ろに乗る形で跨り、両腕をリアンの腰回りにまわした。

予想外に密着するキールに、リアンは緊張しだしてしまった。


ドキドキしながら手綱を操作するリアン。

後ろからキールが無邪気に語りかけてくる。


「馬の扱いに慣れているじゃないか?経験があるのかい?」


「はい。子どもの頃、父に教わりました。親が教えたがりだったので、馬の乗り方以外にもいろいろ教わりましたね。」


「その教わった経験が生かされて、教師の道を進むことになったのかな?」


「うーん、どうなんですかねー。父の教え方を参考にしているところはあるかもしれませんが。」


「君の教え方は分かりやすくて丁寧だと、ミアーネでも好評だったからね。お父上も教え方がうまかったのだろうね。」


キールに褒められ、頬が膨らむリアン。

キールは後ろにいるため、今のだらしない顔を見られなくてよかったと密かに思うリアンであった。


「無事にリトナミまで逃げられたら、また一緒に子ども達に魔法を教えないか?」


「僕らで魔法学校を作るんですね!?すごくいいと思います。それなら僕が基礎魔法担当で、キールさんが応用の魔法や固有魔法を担当するっていうのはどうです?」


「いいね。でも、いきなり学校を建てるのは難しいから、まずは机と椅子を空き地に並べて、そこに生徒を集めるところからだね。ゆくゆくはミアーネ魔法学校のような校舎を建てたいね。」


「そうですね!なんか、燃えてきました!」


そこで、オルスロンが二人の会話に割って入る。


「おい!お二人さん!イチャイチャしてるとこ悪いが、もうそろそろ火山地帯に到着だ!」


未だかつてないほど、キールとの距離が近づいた気がして、心が浮足立つリアン。

この後、最後の戦いがあるということを、改めて胸に刻み、気持ちを切り替えようとする。


このままじゃダメだ!僕もしっかりしなければ!

みんなの役に立つんだ!


コツア火山地帯の入山口にたどり着く。

ゾーコの町を出発した直後は身を切るような寒さであったが、コツア火山地帯の近くは、それまでの寒さが嘘だったかのように暑かった。


ここからは各々基礎魔法『体温調整』で、高温に慣れていく。

恐らく魔法使いでなければ、この火山地帯は越えられない。


馬から降り、鞍と手綱を外し、馬達は森に帰っていく。


「ありがとう!」


オルスロンは両手を高く上げ、手を振り馬達を見送る。


リアンも伝達魔法を使って、馬達にお礼を言う。

「…気をつけて帰ってね、みんな。ありがとう。」


走り去ってゆく馬がリアンの言葉に答えるように鳴き声をあげた。


馬達を見送った後、一行は火山地帯を登って行く。

入口付近は岩の道がかろうじて整備されており、歩くのにそこまで苦労はしなかった。

恐らく、キャクシバフの調査員や鉱石の採掘員が通るためだろう。


道の形を成しているだけの道を進んでいく。


登ってる最中、オルスロンがキールとリアンに聞こえないように小声でアントーンに質問する。


「オッサン、あの二人って付き合ってないのか?さっきの移動中、いいムードに見えたけど。」


アントーンは複雑な顔をして答える。


「あっ?うーん。どうだかな?本人達に直接聞いてみたらどうだ?」


「いや、聞けるわけねーよ!オッサンの『感知魔法』で分からないの!?」


「……いや、そういうのを見る魔法ではないからな…」


そんな会話をしていると、岩場の先に谷が見えてきた。

岩場に大きな亀裂のような谷ができており、対岸の岩場まで20mほど離れている。

谷の底には溶岩が流れており、下を覗き込むだけで、とてつもない熱気を感じた。


オルスロンが一歩前に出て、


「ここは俺の出番だな!『足場魔法』発動!」と叫んだ。



すると、周りの岩が谷間に集まっていき、アーチ橋のような形を作っていく。


「さあ!渡ってくれ!」


一同は橋を渡っていく。

渡っている最中に、


「オルスロンがいてくれてよかったよ。」


とリアンがポロッと呟いた。

それを聞き、照れたような顔になるオルスロン。


オルスロンの魔法があれば、どんな険しい道も難なく通ることができるだろう。

もうすぐなんだ…もうすぐリトナミなんだ。

みんなでたどり着くんだ!


一行は、コツア火山地帯の山頂付近まで来ていた。

あとは折り返し、下山するだけだ。






「…お前ら、逃げられると思ってたのか?」


突如頭上から声をかけられる。

首のない鳥がリアン達の頭上で羽ばたいていた。


鳥の背中には3人の男が立っている。


金髪でウェーブのかかった髪に彫刻のような美しい顔立ちをした男、『保管魔法』の使い手ホークス。


糸目でやせ細った男、めんどくさそうな顔をして佇んでいるのはノリエガ軍次将のトリトニス。


そして、白髪の長髪をなびかせ、金色の鎧を纏(まと)って、自分達より下にいるキール達を睨みつけるのは、現サンカエル王国最強の男ノリエガ。


3人を乗せた鳥が、キール達の行く手を阻むように、下の岩場に降り立つ。


「も、戻れ…ガルダ…」

ホークスが首無し鳥の『ガルダ』に触れると、ガルダの姿が一瞬にして消え去った。『保管魔法』により異空間で飼っているらしい。


今日のホークスは殺人衝動の発作が起きており、息遣いが荒くなっていた。


「はやく…誰かを殺させてくれ…」


「……もう始まるぞ、ホークス。」


ノリエガがホークスを諭すように言う。


「……お前らの旅はもう終わりだ。大人しく殺されてくれ。」


そう言うと、ノリエガは剣を抜く。

それと同時にノリエガの鋭い殺気が発せられる。


全員の体に刺すような激痛が走る。

ノリエガの自動魔法である『殺気』だ。

ノリエガの意思と関係なく、殺気を放つことで、周囲の人間に痛みを与える魔法。魔法耐性のないものであれば、この魔法で殺すこともできる。


しかし、次の瞬間──


「今だ!オルスロン!」


唐突にアントーンが叫んだ。


そして、オルスロンが魔力の出力をあげる。


『足場魔法』発動!


全員の足元の岩が動き出し、それぞれ別々の方向に運んでいく。

オルスロンの足元の岩は山の北側に移動していく。


移動していると後ろからオルスロンに話しかける声がした。


「わたしを……移動させてどうする……つもりだ。」


オルスロンが乗っている岩の足場から10m後方にも、同じく北に移動している足場があった。


そこにはノリエガ軍次将のホークスが苦しそうな顔をして立っていた。


「あんたとリベンジマッチしようと思ってな!1対1で勝負しないか?」


「舐めるなよ小僧…!一度わたしに殺されかけたろうがよ…!」


過去の戦いを持ち出すホークス。怒りで額に青筋が浮かぶ。


「『保管解除』!!A-10!!」


すると、ホークスの足場に知らない男性が出現した。ホークスの『保管魔法』で捕らわれていた人だろう。

見知らぬ土地で外に出され、キョロキョロと辺りを見回す。


「外に出られたけど、一体こ……」グシャ…!!

ホークスが男性の頭を握り潰し、返り血を浴びていた。

そして、冷静さを取り戻す。


「ふぅ、スッキリした。やはり殺す用の人間をストックしといてよかった。」


殺人衝動で呼吸困難になっていたが、人を殺し、衝動を抑え込む。


「お前、何やってんだよ!?何でそいつ殺した?」


オルスロンは、ホークスの殺人衝動について知らなかったため、目の前で殺人が起きたことに戸惑った。


「気にするな。わたしは定期的に人を殺さないと体調を崩してしまう体質でな。」


ホークスは口元を歪ませグニャリと笑って言った。


「ストックが減ってしまったから、君を次のストックにさせてもらうよ。」


一瞬、不気味な悪寒を感じたが、ホークスに怯まず、親指を下に向けて啖呵(たんか)を切る。


「不愉快なモノ見せやがって…!お前は溶岩に沈めてやるよ…!」




一方、アントーンは───


オルスロンの魔法でアントーンの足元の岩は南に向かっていた。

アントーンの後を追うように、トリトニスの乗ってる岩場もついて行く。


元の場所から100mほど離れると、アントーンとトリトニスの乗る岩の足場は静止した。


岩が集まり、アントーン達の足場が大きな平場へと変わっていく。戦うには十分な広さだ。


アントーンがトリトニスに語りかける。


「トリトニス、降参するならお前のことは見逃してやる。お前じゃ俺に勝てない。」


その申し出に、気だるそうにトリトニスは答える。


「はあ…逃げたいよ…。でも逃げたらどの道ノリエガ様に殺されてしまう。でも、やだなぁ…戦いたくねぇなぁ…」


トリトニスはキールが軍を出た次の年に次将に昇格した男だ。

トリトニスは元来不真面目な性格で、国兵時代は仕事のサボりや遅刻は常習的にしていた。

その性格をアントーンは知っていたため、逃げるように促してはみたが、トリトニスに逃げる意思はなかった。


「アントーン様が自ら死んでくれたら、一番ありがたいんですけどねぇ…それが一番楽できる。」


「悪いが、仲間のためそれはできない。」


「そうですか…」


トリトニスは気だるそうに頭をポリポリ掻く。


「なら、速攻で倒して、あちらの二人の戦いが終わるのを見計らって帰ることにします。それならちょっとサボれるので。」


やる気は感じられないが、アントーンと戦う意思を示す。

トリトニスは魔力の出力を上げた。


それを見てアントーンも魔力の出力を上げる…!


「トリトニス…できれば戦いたくなかったんだがな…!」


今日のアントーンはいつにも増して熱気を帯びていた…!




時を同じくして、キールとノリエガは──



元の位置から1km離れたあたりで彼らを乗せた岩場は静止しし、例のごとく、周辺の岩の塊が集まってくる。


「……なんのつもりだ、キール。」


ノリエガはキールを睨みつけながら、剣をキールに向ける。


「戦いの場を作ろうと思ってね。君達が来る前から作戦を立てていたんだ。こちらの戦闘員は3人、そちらも3人。1対1で戦わないかい?それとも、大勢いないとわたしと戦うのは怖いかい?」


「……キール!!」


怒りで『殺気魔法』の威力が強まるが、キールは涼しい顔をして、耐えている。


「その魔法、今のわたしにとってはマッサージくらいにしかならないよ。」


キールは基礎魔法で魔法への抵抗値を強化していた。今は『殺気魔法』によるダメージはほとんどない。


「……安心しろ。お前には固有魔法を使ってやろう。これを見せるのは10年ぶりくらいか?」


「ああ、『ガイドシロンの戦い』以来だね。」


キールとノリエガを乗せた岩の塊は、元の位置から少し高いところで静止し、周りの岩がさらに集まって結合していき、戦うには十分な広さになる。


「……まさかお前と戦う日が来るとは思わなかったよ、キール。」


「わたしもさ。ノリエガには敵わないと思ってたからね。」


「……『思ってた』?今はどう思ってるんだ?」


「わたしが勝つさ。……さあ、始めようか、『伝承の騎士 ノリエガ』。」


キールの挑発に、剣を構えてノリエガは答えた。



「……今日で死ね。『反則の魔女 キール』。」




続く

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