第20話 星空の下で



キール一行はゾーコの町にたどり着き、町で一番大きい宿に入る。


部屋はキールが一部屋、アントーン・リアン・オルスロンで一部屋を借りる。


一行はアントーン達が寝泊まりする一番大きな部屋に集まった。


部屋の窓の外から、東の空が見える。


コツア火山地帯の火山灰が空を漂い覆い隠している。たまに溶岩が吹き上がっているせいか、赤色の飛沫のようなものが見える。


リアンは窓の外を見て、明日はあのコツア火山地帯に足を踏み入れなければ行けないか、と思うと心の奥で不安が渦巻いていた。


部屋の中は木製の家具で統一されており、椅子に座ると木の軋む音がした。


キール、リアン、アントーンは椅子に腰かけ、オルスロンだけはベットにダイブして寝転がった。


全員が部屋に入ったところで、今回のペーラ&ゾラゾとの戦いの中で明らかになった『呪い』について、アントーンが問いただすために口を開いた。


「みんな、すまないな。この疑問を明らかにしないと、この先進めないと思って部屋に集まってもらった。」


「どうしても明らかにしたいんだ。お前らにかかっている『呪い』について。」


「『呪い』?わたし達が呪われているのか?」


アントーンが話そうとしている内容に驚くキール。


「オッサン!俺は呪われてねーぞ!ピンピンしてるぜ!」


ベットに寝転がっているオルスロンが叫ぶ。体に異変がないのをアピールするため、軽く腕を振り回す。


「『呪い』にもいろいろ種類がある。他者に危害を加えるものばかりではないからな。


キール、他の二人には話したが、キールとリアンとオルスロンの俺以外3人は『呪い』の魔法をかけられているんだ。その呪いについては解析中だが、恐らく呪った人間に危害を加えるものではないと思っている。」


「『呪い』というのは、君の『感知魔法』で気づいたのかい?」


「そうだ。」


「アントーンの『感知魔法』を使えば、誰がどんな呪いにかかり、誰から呪われているかまで分かるんじゃないか?」


キールは早く話を終わらせようと、アントーンを急かす。キールの言う通り、アントーンは誰が呪いをかけたのかすでに分かっている。

ボサボサの頭を掻きながら、気まずそうに話しだした。


「ああ…まず、キールは“リアン”から呪われている。」


「リアンくんが…?わたしを…?」


今までにないくらい驚くキール。


リアンが人を呪うような人間ではないこと、自身が呪われたことに気づかなかったことなどが信じられない様子だ。


すかさずリアンも否定する。


「キールさん、僕はキールさんを呪っていないです!ご存知の通り、僕の魔法は『伝達魔法』、人を呪うような魔法ではありません!」


声に必死さがこもる。

『伝達魔法』は離れた他人と通話する魔法。他人に何かを強制するものではない。

また、『伝達魔法』は動物とも意思疎通することもでき、動物に指示することもできるが、動物に協力する意思がなければ、リアンの言葉によって行動しない。命令というより、言葉を伝えてお願いするようなイメージだ。

いずれにせよ、他者に強制することはできない。


ということは、『伝達魔法』以外の魔法を使ったのか。


アントーンは解析により、呪いの効果の大枠は解明していた。


「ちなみに、オルスロンもリアンから呪いの魔法をかけられている。キールにかけられているものと同じ魔法だ。」


アントーンはリアンの『呪い』の核心について話す。


「恐らく、リアンの魔法は『自動魔法』だ。リアンの意思に関係なく作用する魔法だ。『自動魔法』は魔力の消費がないから、本人も魔法を使ってる自覚がないんだ。そして、『自動魔法』は『固有魔法』と重複して所有することができる。」


「『自動魔法』…名前は聞いたことあるな。使ってるやつ見たことねーけど。」


魔法に疎いオルスロンも聞いたことがあるようだ。


「サンカエル王国だと、国将ノリエガの『殺気魔法』や、次将シュバルトの『肉体強化魔法』なんかが、自動魔法にあたるな。俺もそれ以外で自動魔法を見たのは、今回が初めてだ。」


アントーンは続けて、ずっと謎だったリアンの『呪い』の内容について説明する。


「リアンの魔法についてなんだが………『服従魔法』だと思われる。ただ通常の服従魔法ではない。キールとオルスロンがリアンの言いなりになっているかといえば、二人とも自分の意思で行動しているように見える。何か…発動に条件のようなものがあるのか…。二人に魔法は作用していない。とりあえず今分かるのはそれだけだ。」


アントーンの話を聞き終わり、3人ともいまだ信じられないような顔をしている。


「ウイルスには感染しているが、症状はない状態みたいだね。」


オルスロンが、“試し”にという感じで、リアンに話しかける。


「オッサンの言うことが本当ならさ…リアン、試しに俺に命令してみてよ。」


「分かった。正直、『呪い』をかけてる実感は全然ないけど………………オルスロン、今から売店に行って、君のおごりで一番高いジュースを買ってきてよ。」


オルスロンは、リアンの言葉を聞きムッとしたような顔をした。そして…


「やだね。こっちは仕事辞めて金欠なんだよ!自腹で買いな!」


服従する素振りはなかった。


「これは…魔法が効いてないってことでいいんだよな?」


戸惑いながらオルスロンがアントーンに聞く。


「そのようだな。すまない、俺もリアンの魔法について、完全には解明できていない。『自動魔法』を見るのも久しぶりだから解析もちゃんとできているか自信がなくなってきたよ。」


「さっきアントーンが言ったように、魔法発動には何か『条件』というのがあるのかな?」


「そうかもしれん。……リアン、解析を続けてもいいか?」


「はい、ぜひこちらからもお願いします。僕も自分の魔法について、知りたいです!」


リアンの魔法について、完全ではないが『自動魔法』の全容が少し見えていきた。

続いて、リアンにかけられてる『呪い』について、話題が移る。


「次にリアンの方にかかっている『呪い』だが…キール…魔法をかけているのはお前で間違いないか?」


急に話を振られ、押し黙るキール。どこか心当たりのある顔をしている。


キールは観念したように口を開いた。


「……流石だよアントーン。正解だ。わたしはリアンくんに魔法をかけている。リアンくんに危害を加えるような『呪い』ではないがね。」


衝撃の告白に驚く一同。


「あっさり認めるんだな。まあ、キールは昔から嘘や隠し事は苦手だったからな。ちなみに、リアンにはなんの魔法をかけたんだ?」


「言わない。」


キールは真っ直ぐこちらを見て言う。


「キールさん、教えて下さいよ!僕にかけた魔法って何なんですか!?」 


「言わない。」


言わないの一点張りのキール。表情は少し意地悪そうな顔をしている。


「リアンくんも、わたしに内緒でわたしに魔法をかけていたんだ。おあいこということでいいんじゃないか?お互いに実害は無さそうだしな。」


「確かにそうかもしれませんが。気になりますよ…」


話を有耶無耶にしようとするキールにアントーンは念を押すように言う。


「うーむ。とりあえず、言いたくないということは分かった。本当にリアンには何も危害はないんだな?」


「…………ああ、リアンくんの迷惑には…ならないと思う。」


どこか歯切れの悪い回答だった。しかし、これ以上問い詰めてもキールは簡単に口を割るタイプでもないので、アントーンはこれ以上の追求を諦めた。


「…………分かった。お前を信じるよ。キールの魔法は、俺の『感知魔法』でも解析するのが難しいくらい、効果が弱いものなんだ。ほとんどリアンには影響していないのか…………とにかく、お前らを信じるよ。」


アントーンはリアンの方をチラッと見る。


「リアンもキールの魔法についてはいいか?多分あいつ一生言うつもりないぞ。」


「そうですね…かなり気になりますけど、これ以上追求するのは諦めます。キールさんのことだから、きっといい魔法をかけてくれているんですよね?」


キラキラした眼で見つめるリアンにキールは何も返答しなかった。



『呪い』についての議論はここで終了した。

リアンの魔法については、引き続きアントーンが解析を行い、その結果を待つことにした。


夜になり、体を休めるため、キールも自身の部屋に戻っていく。


自室に戻りベットに横になるが、今日1日のうちにいろいろありすぎたため眠れないキール。

夜もふけり、気温も肌寒くなってきた頃。


キールは体を起こし、少し厚手のコートを羽織り、宿の外に出た。

見上げると、空には雲一つなく、満点の星空が一望できた。


キールは昼間の『呪い』についての話し合いを振り返った。


リアンくんがわたしに魔法をかけている…

なぜだろう、悪い気はしない。

彼の魔法のことだ。きっと彼らしい魔法なのだろう。


逆にわたしの魔法のことはどう思ったのだろう。

迷惑だっただろうか…怖がらせてしまっただろうか…

もう解いてしまってもいいだろうか…

だが…解くのが怖い…どうなってしまうのか分からない…


「キールさん。」


不意に後ろから、声をかけられた。


声の主は、正直今はあまり会いたくと思っていた人物だった。

顔には出さないように振り返り、挨拶をする。


「やあ、リアンくん。ここは星がキレイだね。」


リアンもコートを羽織り、ふらっと外に出てきたような様子だった。


「すごいですね!キャクシバフの方がサンカエルよりも土地が高いところにあるから、星が近く感じるんですかね。」


昼間の会話には触れない様子のリアン。純粋に星の美しさに見とれているようだった。


唐突にキールが話題を振った。


「そろそろ終わりが近いね。」


「えっ?」


「わたし達の“逃亡”のことさ。わたしの家を出てから、まだ1週間も経っていないなんて、不思議な感覚だ。もうずっと旅に出ている気分だ。」


「いろいろありましたからね。あの時…キールさんと逃亡することを決めた時は、不安と怖さもありましたけど、今はちょっぴり楽しくなってきました。」


「楽しい…かい?」


「はい。最初二人だけだった旅がオルスロンとアントーンさんも加わって賑やかになりましたし、二人とも心強いですしね。


…とは言っても、いろんな人に命を狙われるのは怖いですけどね…」


「リアンくんもよくここまで生きてついてきてくれたよ。本当にありがとう。」


「いえいえ!好きでついてきたので!」



「キールさんを助けたかったので。」と付け足すリアン。


キールはその言葉に何も返さず、星空を眺めている。

どこか物悲しそうな顔で─


沈黙を紛らわせるためにリアンは続ける。


「キールさんはこの話題は嫌かもしれませんが…僕の『呪い』について父から聞いてる話があって………あの時はみんなに言えなかったのですが…」


リアンは言おうか言わまいか迷ってる様子だった。

キールは何も言わず、今はリアンの顔をまっすぐ見ている。


「…僕の家が関係しているかもしれません。家というのは“家系”のことです。」


リアンは自身のことを話し出す。


「これは父が亡くなる前に聞いた話ですが、僕の姓『ストロングシールド』は、かつてサンカエル王国の王族の家系だったんです。」


「そうなのかい?アルベイラの一族が代々王位を受け継いできたものだと思ってた。」


初めて聞く事実に内心驚いたが、キールは冷静に言った。


「はい。300年前くらい前…僕らが生まれるはるか前の話なんですけど…アルベイラ国王の一族とストロングシールドの一族は王位をかけて戦ったんです。その時の家臣達が『呪い』を受けて、ストロングシールドに仕えていたそうです。」


「ストロングシールドの『呪い』を受けた家臣達?どういうことだい?」


「当時のストロングシールドの当主が使用していた『呪い』は、強者を支配する魔法……『奴隷魔法』というらしいです。僕の先祖はその魔法で多くの名のある戦士達を配下にしていたそうです。戦の時は、強者に自分を守らせ、他国を滅ぼしていきました。姓の『ストロングシールド』とは『強者の盾』ということを表しているそうです。」


「“強者”を操り、己を守る“盾”とするということかい?」


「そうみたいです。アルベイラの一族と戦った時も、『奴隷魔法』で増やした兵士で戦おうとしたみたいです。でも、アルベイラはその一歩上をいっていたんです。」


「……アルベイラの部下に“魔法を無効化する魔法使い”がいたんです。その人物により『奴隷魔法』は解かれ、味方を全員失い、ストロングシールド家の当主は殺されてしまったそうです。家臣達も元々はストロングシールドと敵対していた人物ばかりなので、その時はアルベイラの味方になったみたいです。」


「なるほど。ひょっとすると、君の『自動魔法』もその名残なのかな?“強者”を“盾”にする魔法なのかな?わたしやオルスロンはその魔法にかかっているとでも?」


「はい…。あくまでまだ憶測ですか…」


「リアンくん…我々を舐めてもらっては困るよ。わたしもオルスロンも自分の意思で君を守って戦っているんだ。わたしに至っては逆に君を巻き込んだ側の人間だしね。当然、最後まで守らせてもらうよ。」


キールはリアンの方をまっすぐ見て答えた。


「巻き込んだなんて…そんな…何度も言いますが、僕も自らの意思でここまで来たんです!」


リアンは再度否定する。

しかし、キールもまた小さく呟いた。


「………いいや、わたしが巻き込んだんだ。」


そう言うと、キールは突然リアンから視線を外した。

キールは西の方角、サンカエル王国がある方を向いている。


その方角を見つめたまま、顔を逸らさない。

なんだか、様子がおかしいように見える。

目を見開き、何かに気づいたような表情になる。


「…来た。」


「えっ?」


「リアンくん、すぐ出発だ!アントーンとオルスロンに声をかけてくれるかい?」


キールの言葉に頭が追いつかないリアン。

なぜ、キールは突然そんなことを言い出したのか?


「キールさん、何があったんですか!?」


「……いよいよ最強の男のお出ましみたいだ。」


キールの顔に若干恐怖の色が見えた。しかし、それだけではない───


「国将ノリエガ。サンカエル王国最強の男がこちらに向かって来ている。ゾーコを離れよう。」


キールの顔に浮かんでいるのは恐怖の色だけではない。強者と戦えるという期待で顔が少し綻(ほころ)んでいた。


「わ、分かりました!」


慌てた様子で、宿の中にかけていくリアン。


キールも自室に戻り、荷物をまとめる。


出発の準備をしている最中、ふと、ビデオタークで出会ったシズネの言葉が頭の中に浮かんだ。


“………死神。わたし、もうすぐ死ぬ人の背後に死神が見えるの。だからお姉さんは今から1週間以内に命を落とすの!”


死神か…

この言葉の通りなら、次の戦いで命を落とすのかもしれないな。


わたしは死ぬのか…


うん

悔いはない…

悔いはなかった…

ここで死んでもいいとさえ思ってる。


しかし、次にリアンの顔が浮かんだ。自分のために、犯罪者となり、一緒にリトナミに逃げようと言ってくれた存在。


リアンくんと一緒にリトナミまでたどり着きたいな…


キールの心の内に静かに闘志が湧いた。


勝とう


恐らく最後の刺客であろうノリエガを倒し、リトナミまで逃げ切ってやろう…!


わたしならできるさ!運命なんかに負けたりはしない!


なぜならわたしは……反則の魔女なのだから…!


続く

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