第19話 決着 キールとネイシャルアーツ



ネイシャルアーツとキールとの一戦…!


こちらも間もなく終わろうとしていた。


魔力が増大するネイシャルアーツ。


ネイシャルアーツの殺気と魔力で周囲がビリビリと震える。

ネイシャルアーツの体の傷は治り、血は完全に止まる。


今の狂薬(くるいぐすり)で強化されたネイシャルアーツなら、一瞬で我々4人の首を斬り飛ばせるだろうね…

でもね…狂薬(くるいぐすり)のおかげで、君を倒せる魔法を思いついたよ。


ごめんね、ネイシャル…


キールは淡々と伝える。

「その薬を飲んだところ悪いが、もう3日経ってしまったよ。ネイシャル。」


キールの言葉に理解が追いつかないネイシャルアーツ。

しかし、体を纏(まと)う魔力は本来の魔力量に戻っていた。それだけではない。体がおかしい。


「魔力が戻っている。何をした?」


「反則魔法。」とだけ答えるキール。


ネイシャルアーツは自分の体を見る。

少しずつ…少しずつ…変化していく。

ネイシャルアーツは自身の変化に気がつく。


「歳をとっている…!?」


ネイシャルアーツの体に皺(しわ)が刻まれていく。

驚いて思わず刀を落とす。


「こんな…こんな…卑怯だぞ!キール!『老化魔法』だなんて!?」


ネイシャルアーツの老化は止まらない。

キールはネイシャルアーツの言葉を静かに訂正する。


「その魔法は『老化魔法』じゃないよ。老化だと狂薬(くるいぐすり)の効果を消せないからね。」


キールは悲しそうな顔をして続けて言う。


「君の時間を進めさせてもらったよ。君だけの時間を…」 


「………そうか、この魔法は…」


「『経過(けいか)魔法』。君の時間はこれから進んで行く。老人となり、骨となるまで…」


すでにネイシャルアーツの年齢は50を超えていた。

魔力も弱まり、刀を握る十分な握力はもうない。


ネイシャルアーツは自分の老いゆく両手を眺めながら敗北を悟る。


わたしは負けてしまったんだな。

ここまで鍛錬し、キールに勝つことだけを考えて、この5年間戦ってきた。

こんな終わり方で悔しい…なぜ正々堂々と戦わない…!?

朽ちて終わるだなんて… 


寂しい…



…!?


次の瞬間、体に温かさを感じた。

誰かに抱きしめられているような、ポカポカした温かさだ。


ネイシャルアーツはすでに視力をほとんど失っており、目の前に誰がいるかは見えていない。

しかし、誰に抱きしめられているかはすぐに分かった。


キールの涙声が聞こえる。


「ごめんね、ネイシャル。本当に…ごめん。」


それが何に対してのごめんなのかは分からない。


ネイシャルアーツを置いて軍を辞めたことか?

前回の決闘で、止めを刺さず、刀まで置いていき、辱めを与えたことか?

反則魔法で、老いさせて殺すことに対してなのか?


しかし、今はそんな恨みがどうでもよくなるくらい、ネイシャルアーツはなぜか満ち足りていた。


ネイシャルアーツの思考は段々と鈍くなり、意識も絶え絶えになっていく。


薄れゆく意識の中、本当はこうしていたかったのだけかもしれないと微かに思った。

本当はキールと一緒にいたかっただけなんだと……


ネイシャルアーツは老いにより細くなり骨が浮き出ている両腕でキールを抱きしめようとした。


キールは抱きしめ…次の瞬間…


ネイシャルアーツの体は塵(ちり)となり、空に舞っていった。


キールはネイシャルアーツのいた虚空を見つめる。


戦いは終わり、自分は生き残った……



……


そして、馬車のところに行き、ゴーマに話しかける。


「君はわたしとやらないのかい?」


ゴーマは表情を崩さず答えた。


「わたしはネイシャルアーツ様について来ただけですので。」


そう言うと、ゴーマは馬車に乗り走り出そうとする。

その表情からはキールへの憎しみや怒りを感じない。


走り出そうとする時に、ゴーマは進行方向を向きながら、キールの顔を一切見ずに言う。


「キール様、ありがとうございました。ネイシャルアーツ様の代わりにお伝えいたします。」


「……何に対しての“ありがとう”なんだい?」


「本気で戦って下さったことに対してです。では、失礼いたします。」


そう言うと、ゴーマは西に向かって馬車を走らせていった。


その姿が小さくなった頃、アントーン達3人が合流してきた。


アントーンはキールが無事なことにひとまず安堵した。


「ネイシャルアーツを倒したんだな!さすがはキールだ!」


「……そうだね。とりあえず生き残ることはできた。もうすぐわたし達の旅も終わるんだろうね。」


キャクシバフ領東側、一帯に広がる“コツア火山地帯”──

そこを抜けて、東へ進むと、リトナミ王国となる。


コツア火山は険しい悪路であるが、ここを抜けられれば、追手も簡単には追えなくなる。


旅ももう終わるというのに、オルスロンとリアンは険しい顔をしている。

見た所、傷だらけではあるが、大きな怪我は見られない。

なぜ、そんな顔をしているのか…キールは疑問に思った。


言いにくそうに、アントーンが代表して、口を開く。


「キール、話があるんだ。だが、今は全員魔力と体力の消耗が激しい。ひとまず次の町で落ち着こう。」


「……?ああ、構わないよ。」


いつもと違う雰囲気のアントーンに少し緊張をする。


しかし、今は疲労が溜まっているため、すぐに休みたかった。


一行は、ヤエカト荒野の東にある『ゾーコ』という町を目指す。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


ヤエカト荒野での戦いが終わり、半日経過した頃───



ネイシャルアーツの死とペーラの敗北の知らせは、すぐにサンカエル王国の天星城に届いた。


ノリエガが霹靂(へきれき)の間で静かに通達書を読んでいた。

そこへアルベイラ国王がノリエガのもとを訪れる。


「ノリエガ…ネイシャルアーツが敗れたそうじゃないか。次将ペーラも敗れ負傷しているという。本当に上手くいくのだろうな?」


ノリエガは少しの沈黙の後、答える。


「……このままでは、上手くいかないでしょうな。どうしても必要な最後のピースが手に入っていないので。」


「これまでの戦争で『生贄(いけにえ)』はある程度集まってはきたが、まだ数は足りていない。どうするつもりだ?」

威圧感のある声でアルベイラはノリエガに問う。


「考えはあります。不足している生贄はサンカエルの“国民”を使えばよいのです。国王。」


アルベイラは表情を変えない。


「魔法の“依代(よりしろ)”はどうする?」


「依代にする人物にはあてがあります。というより、その人物しか依代になりえません。」


「それは誰だ?」


「元国将である反則の魔女キールでございます。強大な魔力を持ち、“禁忌の魔法”である『反則魔法』を使える彼女しか適任はおりません。奴の死体でもあれば、儀式(ぎしき)を行うことができます。」


「キールが依代なのか…?できすぎたシナリオではないか?ノリエガよ。」

「できすぎてますね。千人の生贄を集め終わるこのタイミングで…『反則魔法』の使い手が現れた。いや…これは…できすぎているのではない……運命だったのですよ。」


「運命か…確かにそうかもしれんな。このタイミングで国将キールは犯罪者となり、処刑対象となった。処刑と称し、『千人魔法』の『依代』にできるとは、神はわたしの味方のようだな。」


「…キールが犯罪者にならなければ、処刑を名目にここまで軍を動かせませんでしたからね。」


「だか、一つ問題がある。そのキールを誰が捕まえるかだ?次は誰を仕向けるのだ?」


「……わたしが行きます。」


「何?」


「……わたしが殺して連れてきます。ここには、護衛のためハイゼンとシュバルトを置いていきます。」


「ノリエガが直々に出向くとはな。」


「他の奴らではもう信用できないのでね。今日にでもここを発ちます。」


そしてノリエガが付け足す。


「…もうすぐです、アルベイラ国王。もうすぐで世界があなたのものになります。」


ノリエガの目がギラリと光る。



かくして、サンカエル王国最強の男ノリエガが刺客としてキールを殺すために、ゾーコの町…コツア火山地帯へと向かう。

『千人魔法』とは一体どんな魔法なのだろうか…?

彼らの本当の目的は…?


続く



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