第16話 キールの過去③
周辺がネイシャルアーツの殺気に包まれていく。
空気が重い。
先に動いたら…斬られる。
ネイシャルの魔力が強まる…来る…!
起床!…抜刀!
ネイシャルアーツの姿が消える。
シャリン… ……ガキッ…!
キールの左前方から現れる。ネイシャルアーツの攻撃を刀で受ける。
ギリギリッ…と鍔(つば)迫(ぜ)り合いをした後、ネイシャルアーツが、後方へとぶ。
すかさず追撃しようとするキール。
ネイシャルアーツは下を見て俯いており表情が見えない。しかし、眠っているのが分かる。
ネイシャルアーツは眠っていても、耳と鼻は異常に機能している。
目をつぶっていても…眠っていても…キールの行動が手に取るように分かる。
キールが眠っているネイシャルアーツに刀を振り下ろす。それを躱し、ネイシャルアーツは下から切り上げる。
キールは紙一重で躱す。
一進一退の攻防。
ネイシャルアーツとキールはお互いに大きく距離を取る。
そして、再びネイシャルアーツが固有魔法を発動させる。
『睡眠魔法』───発動!────
ネイシャルアーツの身体能力がさらに魔法で強化される。スピードも大幅に向上する。
次の攻撃で決着をつけるつもりだ…!
大きな魔力がネイシャルアーツを包み込む。そして───
ネイシャルアーツはキールの後方に現れる…!
キールは気付かない。
殺(と)った…………! ガキン…!…キールの首で刀が止まる。
刀を押しても両断できない。
なぜ…?
「魔力を全て首の防御にまわさせてもらったよ。君は首を落とすのが得意だから、首に攻撃が来ると予測して、一か八か賭けに出たんだ。」
まずい…!引いて、一時大勢を……!
「遅い。」
名刀“現(うつつ)”で斬り上げる。
ネイシャルアーツは刀で防御する。
刀同士が当たった瞬間、バリンッとネイシャルアーツの刀が砕け散った。祖父の形見の刀が…!
「そんな…!?」
5年間の戦いで、ネイシャルアーツの刀は消耗していたのだ。そこへ、不壊(ふえ)の刀“現(うつつ)”の強度を受けきれず、刀は折れてしまった。
「ネイシャル…勝敗はついた。刀が折れたら負けだよ。」
「まだだ…刀身が僅かに残っている!これでもお前の体を突き刺すことはできる!さぁ…もう一度だ!次はさらに加速する…!『睡眠魔法』発動!!!」
…zzz……zzz……
最早何を言っても聞き入れてはくれないね。
分かったよ、ネイシャルアーツ…
『反則魔法』発動!…………『白雪姫』…!
その瞬間、ネイシャルアーツは深い眠りにつく。
もう自力で起きることはできない。
「この魔法は、“キスされるまで目覚めなくなる魔法”。本来であれば、キスをされなければ目覚めないが、効果はすぐに切れるようにしておいた。ネイシャルなら、1時間後くらいには目覚めるかな。」
ネイシャルアーツは目覚めない。体が弛緩し刀を手から落とす。ぺたんと座り込み、糸の切れた操り人形のように座っている。
誰も聞いていないと思い、本音を話すキール。
眠っているネイシャルアーツに向けて話し出す。
「……ネイシャル、この5年間本当に楽しかったよ。妹ができるというのはこんな感じなのかな…。君を裏切ってしまってすまなかった。」
意識のない相手に頭を深く下げるキール。
「……刀…悪かったね。代わりというわけではないが、わたしの刀を置いていく。好きに使いたまえ。」
そう言うと、“現(うつつ)”をネイシャルアーツの傍らに置いた。
そして、キールはミアーネへと旅立つ。
ネイシャルアーツはその数十分後目が覚める。目からは涙が流れたような跡が残っていた。
傍らに“現(うつつ)”が置いてあり、それで全てを理解するネイシャルアーツ。
わたしは負けたんだ……
「うわあああああああ!」
咆哮とともに、“現(うつつ)”を掴み、地面に叩きつける。刀はネイシャルアーツの目の前に転がる。
「なんで…なんで…」
再びネイシャルアーツの目には涙が溢れた。
『反則魔法∶白雪姫』の効果で眠っていた時に、ネイシャルアーツは夢を見ていた。
キールと出会った頃の夢。そして、キールと一緒に戦場で戦う夢を───
全てを失ったような感情になり、空を見上げる。
しばらくすると、ネイシャルを呼ぶ声が後方から聞こえてくる。
「ネイシャル様!こんなところにいらしたんですか!すぐに来て下さい!ノリエガ様が呼んでいます!」
声の主は、今年からネイシャルアーツの次将として配属されたゴーマという男だった。
「ああ…すぐに行く。先に戻っていろ。」
「分かりました。」
そう伝えるとゴーマは天星城に戻っていく。
目の前に落ちる名刀“現(うつつ)”を拾い上げる。
そして、ネイシャルアーツは心に誓う。
次は必ず……!次こそは必ず………!
刀を腰に提げ、ネイシャルアーツもゴーマの後を追って行った。
それから月日は流れ──キールに処刑命令が出されるまでの5年間、ネイシャルアーツは一度も敗れることはなかった。
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時は戻り、現代へ────
リアンはキールの話を全て聞き終え、何も言葉を発せずにいた。
話の中で触れられていたオルスロンも申し訳ない顔をしている。
「キールすまん…!キールが軍を辞めて、ネイシャルアーツと不仲になったのは、俺がきっかけでもあったんだな…本当ごめん!」
「いや、君は気にしなくていい。遅かれ早かれ軍をやめるつもりだった。わたしたち軍の人間こそ、君達魔人に申し訳ないことをした。」
リアンが疑問に思ったところを質問する。
「”遅かれ早かれ辞めるつもりだった“とはどういうことですか?」
「わたしは”魔人掃討戦“あたりから軍の方針に疑問を持つようになっていてね。アントーン、我々が入ってからの軍の同行について、変なところはなかったか?不要な戦争が多いと思わなかったか?」
「不要な戦争?…」
アントーンも心当たりがあるような顔をした。
キールは続ける。
「他国からの資源奪取、もしくは、他国から攻撃を迎撃することが本来の戦争の目的だったが、時折それに該当しない小国とも戦争をしていた。」
「小国との戦争…たいした資源もなく、サンカエルに戦争を仕掛けたわけでもないのに、うちと戦争になった国…」
「そう、本来なら戦う必要のない国とも戦争をした。そして、もっと不審な動きがある。戦争を起こす度に、捕虜を必要以上に捕まえているんだ。」
「捕虜…?」
アントーンはピンと来ていない様子だった。
「うちの軍にいたハイゼンとシュバルトが特に捕虜の捕獲に力を入れていたんだ。そして…捕まえた捕虜はノリエガ軍に引き渡していた。」
「ノリエガに?一体何のために?」
「表向きは、他国の情報を得るため、戦争を有利に進めるための人質と聞かされていたが、どうやらそうではない気がしてきたんだ。やつらは人を集めて何かを企んでいるのではないかと思っている。」
「何か……?」
リアンとアントーンも話を聞いているが、ついていけていない。
軍は何を企んでいるのか?捕虜を集める目的とは?
キールは考察をつづけた。
「もうひとつ、君達の話を聞いて気になる点があるんだ。」
「気になる点ですか?」
「君達を襲ったノリエガ軍の次将ホークスという男だ。」
リアン達を襲った『保管魔法』を使う魔法使い。異空間に人や物を閉じ込める力を持つ。
人や物を閉じ込める。
まさか…そういうことか?
リアンは一つの結論にたどり着く。
「ホークスの『保管魔法』で、捕虜達を異空間に閉じ込めているとか?」
「その通りだ。以前、ノリエガ軍にハイエスという男がいた。彼もホークスと同じ『保管魔法』を固有魔法として使ったていた。ハイエスは数年前に戦死してしまったが、また新たにハイエスの代わりに加えた次将も同じ魔法を使うなんて、おかしいと思ったんだ。」
アントーンもハイエスのことは知っていたが、同じ『保管魔法』を使うということについて、特に疑問を抱いていなかった。しかし、今は違う。
「『保管魔法』を使う者を手元に置いておきたい理由があるのか?」
「そこから先はわからない。だがノリエガは何かを起こそうとしていることは間違いない。」
今まで口を開かなかったオルスロンが、会話に割って入る。
「まーとりあえず、やつらが何を企もうがさ。俺達はもうサンカエルに戻ることはないから関係ないことだろ!」
「そーかも知れないけどさ。」
軍の企みについて、我関せずな発言をするオルスロンに、リアンは“そんな言い方はないのでは…”と思ったが、自分達に何かできる訳でもないのも事実。今は目の前に迫る戦いに専念することにした。
キールもリアンと同じ事を思ったらしく、
「オルスロンの言う通りかもな。たった4人でどうこうできる話ではないし、今のわたし達は逃げるだけで手一杯だ。……ネイシャルアーツの話から大分話がそれてしまったね。」
と、話を締めくくった。
「さあ、見えてきたよ。」
目の前にヤエカト荒野が広がる。一行はそのまま荒野の中心に進む。
まわりに草木は生えておらず、人が後ろに身を潜められるくらいの大きな岩がいくつか落ちているが、ほぼ全体を見渡すことができる。
人はおろか生物の姿もあまり見えず、他の人間を戦いに巻き込まずに済みそうだ。
国将ネイシャルアーツ、『睡眠魔法』の使い手で、瞬速の刀使い。
この場所でネイシャルアーツを迎え討つんだ!
リアンは心のなかで自身を鼓舞する。
しばらくして…西の方から“何か”がものすごい勢いで近づいてきた。
その“何か”が走った後には土煙が舞っている。
一行のほうに向かい、一直線に進んでくる。
「来たな。」
オルスロンが西の方角を見つめ、手の骨をポキポキと鳴らす。
アントーンが感知魔法を発動させる。
ここであることに気がつく。
「………おい、みんな、ネイシャルはまだキャクシバフの町の中だ…!あの走ってきてる奴はネイシャルじゃない!」
「…となると、ノリエガ軍の次将だね?」
「そうだな。ペーラともう一人いる…」
「もう一人…?」
走ってくる人物に目を凝らす。
「あれは人か…?」
走ってくる人物は、肌の色は青白く、目が落ち窪み、空洞のようになっている。髪の毛もほとんど生えておらず、赤子のような頭をしている。
「人の形はしているが、人間ではないな。“アレ”の後ろにいるのがペーラかな?」
“アレ”と呼ばれた者は、誰かを背負いながら走っているようだった。
アントーンは感知魔法により、背負われているのがペーラだと分かる。
「後ろにいるのがペーラだ!ペーラを担いでいる奴はペーラの魔法で作り出した生き物か!?」
ネイシャルアーツより先にペーラのほうがキール達に追いついたようだ。
ペーラの方もキール達の存在に気がつく。
「見つけた!アントーンもいるじゃねーか!」
キールだけだと思っていたが、予想より敵が多いことに驚くペーラ。
「4対2で数は不利だが、いけそーか?“ゾラゾ”!」
「グルルル…!」
ペーラを背負っている人ならざる者は『ゾラゾ』という名前だ。ゾラゾは唸り声のような声で答える。
「ゾラゾ!俺をその大きな岩の後ろで降ろしてくれい!お前はそのまま奴らに突っ込め!!俺はここから援護する。」
「あう…!」とゾラゾは答えた。
ゾラゾは言われたとおりにして、ペーラを岩の陰に置いていき、キール達の方に走っていく…!
ペーラは背負っていた袋から、ホークスに借りた魔法武具を取り出す。
「さあて…使わせてもらうぜ!ホークス!魔法武具『鎧抜(よろいぬ)きの弓』。」
そう言うと、ペーラは岩の陰から弓を構える。
「さあて、国将狩りの時間だぜ!」
続く
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