第15話 キールの過去②
新しくネイシャルアーツを国将に迎えた新体制となり、ズイホー王国&セハイン王国との戦争は再開される。
キールの軍はズイホー王国を担当しており、ズイホー王国付近の防衛拠点攻略のため、野営地を構える。
ズイホー王国は守りのための拠点をいくつか持っており、その内の1つと戦う。
キールは作戦を伝えるために、次将達を軍議室に呼ぶ。
その後すぐに3人の次将が集まる。
次将シュバルト。甲冑に身を包む騎士。常日頃から甲冑を身にまとい、脱ぐことはない。とても心配性な性格で、常に身を守っていないと落ち着かない。キール軍の中でキールの次に強い。なお、素顔は誰にも見せたことがない。
次将ハイゼン。野心家で残虐な男。キールについては、自身より若く、軍での経験も浅いため、国将の位置にいることを快く思っていない。過去の戦争で敵国に捕まった際に、ひどい拷問を受け、体中に傷がある。
次将ユルクト。キールより年が2つ上の青年。暗殺を得意としており、単騎で敵陣に侵入し敵将を討ち取る能力に長ける。暗殺による戦果をたくさん上げたため、ノリエガの目に止まり、次将への推薦を受けた。人畜無害な大人しめの顔をしているが、一度キレたら手が付けられない。
3人の次将はキールの前に整列する。
キールが出陣の命令を出す。
「ズイホー王国の拠点を1時間後に攻め落とすよ。シュバルトは正面、わたしが側面、背面からハイゼンが攻める陣形でいこうと思う。ユルクトは遊軍として、敵の様子を伺いつつ、隙があれば侵入して攻めてもいい。」
「……分かりました。すぐに準備いたします。」
シュバルトが代表して答える。
それからおよそ1時間でキール軍の兵士達は準備を整える。
キールが全兵の先頭に立ち、士気を上げる。
「この拠点を落とし、サンカエルを勝利に導くぞ!全軍突撃!!」
キール軍の兵士達は雄叫びを上げ走り出す。兵士の群れは作戦通り3方向に分かれ、砦への攻撃を始める。
一番最初に戦いが激化したのが、正面から攻めたシュバルトの軍であった。すぐに敵味方入り乱れての戦いが始まる。
乱戦の中、兵士達を瞬殺し、次々と戦果を上げる兵士がいた。
次将シュバルトだ。
シュバルトは剣一つで先陣をきり、一秒一殺で防衛拠点の砦に近づいていく。
シュバルトの身体能力は軍で一番優れており、その実力は魔法で肉体強化をしたノリエガやキールさえも凌ぐ。
シュバルトは一切魔力を持っていないため、基礎魔法と固有魔法を使うことができない。
シュバルトには『自動(じどう)魔法』というものが働いている。自動魔法は珍しい魔法であり、サンカエル王国でも、ノリエガとシュバルトしか所有していない。
自動魔法は所有者の意思に関係なく発動する魔法のことである。魔力の消費がないため、魔力のないシュバルトも使うことができる。
シュバルトの自動魔法は『肉体強化魔法』であり、本人の意思関係なく、常時身体能力と防御力が向上している。
目に追えない速度で、剣を振るうシュバルト。
みるみるうちに敵兵がなぎ倒されていく。シュバルトの甲冑は血で真っ赤に染まっていった。
一方で、側面のキールの軍と、後方のハイゼンも進軍を進める。
今回攻めた防衛拠点は強い敵将が配置されていなかったため、想定より早く防衛拠点の中心に近づいていく。
キール軍があと少しで拠点の本陣に入れるというところで、退却の鐘の音が響き渡る。
防衛拠点砦の中央に立っている物見櫓(やぐら)の上に誰かが立っている。
目を凝らして見ると、ユルクトが敵将らしい兵の生首を高々と持ち上げていた。防衛拠点の敵将を討ち取ったユルクトであるが、顔は無表情を崩さない。
キールはニヤッと笑い、「全く…今日の仕事がもう終わってしまったよ。優秀な兵達だ。」と小さく呟いた。
そのまま防衛拠点を制圧し、全軍を野営地に戻し、一時休息を取るキール軍。今回の戦いでは、軍の戦力をほとんど減らさずに戦いを終えることができた。
キールはネイシャルアーツの戦地が気になり、軍を抜け出し様子を見に行く。
ネイシャルアーツが戦っているのは、同じくズイホー王国の防衛拠点で、キール達が攻めた拠点より兵の数が遥かに多く配備されていた。
戦いはすでに始まっており、兵達の叫び声が聞こえてくる。
感知魔法でネイシャルアーツを捜す。
すると、防衛拠点の中心にいることが分かり、『基礎魔法∶浮遊』で上から戦地の状況を確認する。
「………ん、寝ているのか…?」
ネイシャルアーツを見つけたキールは信じられない光景を目にする。
ネイシャルアーツは戦地の真ん中で両手で刀を握りしめ、頭を垂れ、地面にぺたんと座り込んでいた。眠っているように見える。
敵の魔法にかかって眠らされたのか!?
キールはネイシャルアーツを助けるために、上空から接近する。
その瞬間、ネイシャルアーツの姿がフッと消える。
あたりに刀を振るう音が連続で響く。
シャリン…シャリン…シャリン…シャリン………
そこから20mほど離れたところにネイシャルアーツの姿がまた現れた。同時に敵兵の首がポトポト落ちる。今の一瞬で10人の敵兵を斬ったのである。
キールは接近するのを止め、再び傍観する。
「変わった戦い方をするね。心配するのは野暮だったようだ。」
眠った瞬間魔力を極限まで高める。その後、起床とともに貯めた魔力を攻撃力とスピードに配分し、居合斬りのように範囲内の敵の首を落とす。
ネイシャルアーツの昇格式の時もそうだが、ネイシャルアーツのスピードはキールでも捉えることができない領域に達している。もし、ネイシャルアーツとキールが戦うことになったら…
「わたしは…負けるかもな。」
キールは嬉しそうな表情で独り言を言う。
その後すぐにネイシャルアーツ軍も防衛拠点を攻め落とし、自身の野営地に戻っていく。
ネイシャルは自分のテントに入ると、刀を机の上に置き、一息をつく。
「ふぅ…今日も生き残った…。おじいちゃんありがとう。」
祖父の形見の刀に頭を下げてお礼を言う。
戦いが終わる毎に、ネイシャルアーツは祖父の刀に感謝を言うことを習慣にしている。
不意にテントの外に忍び足で近づく足音と、心音が聞こえたた。テントの外に呼びかける。
「…誰?……誰かいるの?」
するとキールがテントの中に入ってくる。
「やぁ、ネイシャル。国将としての初陣の様子を見に来たよ。」
「キ、キールさん!?なぜここに!?」
予想外の来訪者だったため、驚きで声が裏返るネイシャルアーツ。
「こちらの拠点を落として時間が余ったから、君の様子を見に来た。面白い戦い方をするね。」
「見てらっしゃったんですか!?恥ずかしい!!」
「そんなことはない。いい刀捌きだったよ。わたしよりも俊敏だね。」
「いや…キールさん…もう、あの…褒め過ぎです!死んでしまいます!」
ネイシャルアーツは顔を真っ赤にして、両手を前に出し拒否するようなジェスチャーをする。
先程まで、戦場で敵兵を次々となぎ倒していた姿が嘘のようだ。今はあどけない20歳の女の子に戻っていた。
「それじゃわたしは自陣に戻るよ。」
「はい!お気をつけて!」
キールはそう言うと、野営地に向かって行った。
戻っている間、頭の中ではある疑問がぐるぐると回っていた。
ネイシャルの戦いを見て…
その強さを目の当たりにして…
魔力をためてからの抜刀乃速さ…
“わたしはネイシャルに勝てるのか?”
キールはネイシャルアーツの戦い方を見て、自身の実力を確かめたくて、疼(うず)いてしまった。
その後サンカエル王国は順調に勝ち星を上げ、開戦してわずか2年で、スイボー王国とセハイン王国との戦いはサンカエルの勝利で終着した。
戦争の最中、キールとネイシャルはちょくちょくお互いの陣営を行き来し、僅かな時間であるが、親交を深めていった。
ネイシャルアーツは人生の最終目標をよく話していた。
「わたしの人生の目標は、“キールさんの次将になって、一緒に戦場に出ること”です!」
「それは無理だな。もう国将になっちゃったし。」
今となっては実現不可能な夢の内容にツッコミを入れるキール。
「そんなことないです!頑張って降格します!」
「いや、頑張ってない奴が降格するんだよ。ネイシャルはノリエガの推薦だからちょっとやそっとじゃ降格できないね。」
「そんなー、でもいつかキールさんの相棒として、背中を守れる存在になりたいです!絶対叶えます!」
「……楽しみにしてるよ。国将同士で同じ戦場に出ることがあるかもしれないしね。」
「はい!だからキールさん!その日が来るまで軍からいなくならないで下さいね。」
「今は戦うのが楽しいんだ。このままずっと戦場出戦い続けて、最終的にわたしは戦場で命を落としたいと思う。」
「わたしより先に死ぬのもダメですーー!」
感情を素直に出すネイシャルに、妹を見るような目で見つめるキール。
ネイシャルアーツはキールの強さ、任務を必ず遂行する能力、そしてその人柄にも尊敬の念を抱いていた。
ネイシャルにとって、キールと会っている時間は至福の時間だった。この時間が永遠に続けばいい──そう考えていた。
それから3年の月日が流れ、『魔人掃討戦』が決行された年になる。
サンカエル王国内で15体の魔人が暴れまわり、国民を大量虐殺した歴史的な事件である。
当時の国将と次将がこの掃討戦に駆り出され、事態を収拾させる。
しかし、アルベイラ国王はサンカエル国内の、生き残っている魔人についても、ゆくゆくは国民に危害を加える恐れがあるとし、残党狩りを決行した。
サンカエル王国は残党狩りにより、残すところ魔人は1人だけになった。
それが、魔人オルスロンである。
オルスロンは規格外の強さを見せ、必死に抵抗した。
そして、オルスロンを倒せるのは国将しかいないという判断になり、キールにその白羽の矢が立った。
しかし、キールは“オルスロンは人に危害を加える魔人ではない”と判断し、オルスロンを見逃す。
天星城に戻り、国王と国将達の前で嘘の報告をする。
『自分は手も足も出なかった。』『これ以上手を出すのは危険だ。』『今後軍の犠牲を出さないために任務を中止しろ。』と。
キールらしからぬ発言だったが、国王もノリエガもそれを信じ、魔人掃討戦は終わりを向かえた。
しかし、魔人を仕留め残った責任と、キールの持つ『他者を蘇らせる魔法』を戦場ではなく自分のために使おうと考えた国王は、キールを軍から追放しミアーネ魔法学校で働くよう命令する。
キールは軍の在り方に疑問を持っていたこともあり、丁度いい機会だと思い、国王の命令に抵抗すること無く従った。
あっけなく軍人生活を終えるキール。荷物をまとめ、ミアーネに向かおうとする。
すると、後ろからキールを呼び止める声がした。
ネイシャルアーツだ。
やはり来たか…と、キールは思う。
「やあ、ネイシャル。どうやらクビになってしまったようだ。今後はミアーネから君達の活躍を応援しているよ。」
「……それ、本気で言ってるんですか…?」
ネイシャルアーツは静かに言う。内心は怒りで爆発しそな状態だ。
ずいっと近付いてネイシャルアーツは続けて言う。
「…何であの時国王様に嘘をついたんですか?『手も足も出なかった』…って。本当は戦わず見逃したんですよね?」
「そうか、君は心音で分かってしまうんだよね。迂闊(うかつ)だったな。」
諦めたようにキールは言う。
「嘘をついたのは、殺す必要が無いと思ったからだよ。あの魔人はそこまで悪い魔人ではなかった。我々が過剰に攻撃をしたから反撃していただけなんだ。だからわたしは、この任務を放棄した。」
「任務を放棄…任務を確実に遂行するのが、あなたの誇りではなかったのですか?」
「それは君が勝手に抱いた幻想だ。わたしも失敗はするさ。」
「それに…わたしの夢は!?キールさんと戦場で一緒に戦う目標は…?」
「………すまない。ネイシャル。」
ネイシャルアーツは涙を堪える。
そして…
「……………しろ…」
「…ネイシャル…?」
「……わたしと手合わせしろ!国将キール!お前は、わたしの尊敬していたキールではない!」
…手合わせ?わたしと?
こんなに気分が最悪だったのに…不思議だ…
わたしは…今…高揚している…!
ずっと戦ってみたかった…!
ネイシャルアーツと!
「手合わせか………………いいだろう!やろうか。」
「昔の約束を覚えているか!?
わたしが勝ったら、お前の刀…“現(うつつ)”をもらうぞ。」
「いいね…そういうの滾(たぎ)るよ。」
「いつまで余裕こけるかな!?殺して奪ってやるよ!」
二人の距離は10m離れている。お互いが攻撃の間合いだ。
この道…国将会議の後、ネイシャルと歩いたな…
もう戻らない過去を振り返るキール。
キールは“現(うつつ)”に手をかける。いつでも刀身を抜ける…!
そして、ネイシャルアーツも刀に手をかけ、魔力の出力を上げる。
「『睡眠魔法』発動。……zzz……」
ネイシャルアーツは眠りにつく。
空間がネイシャルアーツの殺気に包まれる。
ノリエガに匹敵するほどの殺気だ。
ネイシャルアーツはこの5年間で大きく成長し、国将として揺るぎない強さを手に入れていた。
次にネイシャルアーツが目覚めた時、攻撃が始まる。
キール史上最強の相手を目の前にして、キールは思う。
わたしは今日………死ぬかもしれない。
続く
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