第14話 キールの過去①



──今から十年前──


ネイシャルアーツの国将昇格式にて。

場所は王宮・天星(てんせい)城内の霹靂(へきれき)の間という大広間で行われた。


大広間には国将と次将の他に、軍の国兵と、国民たちも参列していた。

参列者達の前に国将と国王、そしてネイシャルアーツが並んでいる。


国将ノリエガの推薦で、史上最年少20歳という若さで、

国将の地位についたネイシャルアーツ。


国将昇格式では、通例で国王がキャクシバフで採掘できる特別な鉱石を使った首飾りを昇格者の首にかける。


キールとアントーンは並んで整列し、ネイシャルアーツの昇格式を見守っていた。

二人とも当時25歳で国将になったばかりの軍人であるが、ガイドシロンの戦いを生き残り、国将としての風格が出てきていた。


式が進んでいく中、キールは一人難しい顔をしていた。

それに気づいたアントーンが話しかける。厳粛な式の最中のため、無意識に小声となる。


「キールどうした?何を考えているんだ?」

「ネイシャルアーツという国兵だが…わたしの軍にいたらしいが、全く記憶にない。」

「お前、あまり他人に興味ないからな…。自軍の次将も絶対自分では任命しないし、ノリエガ様がお前に無理やり次将を付けていなかったら、1人も次将を持たなかっただろう?」

「ああ…わたし1人がいれば負けはないからな。」

「お前の魔法は使えば使うほど、使用できる魔法が減っていくんだろ?それってどんどん弱くなっていくということじゃないか?戦死しないように優秀な次将の一人や二人つけといた方が良いぞ。」

「心配はいらない。魔法が使えなくなっても、わたしにはこの名刀“現(うつつ)”がある。魔法を使わずとも、剣技だけでも十分勝てるさ。」


そう言いつつ、帯刀している刀をクイッとあげ、ドヤ顔をするキール。

名刀“現(うつつ)”はキールが軍に入ったた頃から、愛用している刀で魔法武具である。付与されている魔力により“現”は決して折れることがない。


「その自信はいつまで持つやらだ。ぼーっとしてると、いずれ有能な後輩に抜かされるぞ。」


そう言って、親指でネイシャルアーツの方を指す。


ネイシャルアーツはキラキラとした瞳でこちらを見ていた。

二人ともというより、キールの方だけをじっとみていた。


「……熱烈な視線を感じるね。」

「多分なんだが、お前のこと好きなんだろうな。」

「そうか…わたしは今日初めてあの子の顔をちゃんと見たというのに。名前も長いし覚えにくいな。」

「そういうこと言うなよ。」


ネイシャルアーツは落ち込んだような顔をした。


「おい、あいつこっちの声が聞こえているんじゃないか。

お前が『名前も長くて覚えにくいな』って言ったら落ち込んだぞ。」

「そんなまさか…」


二人ともネイシャルアーツの顔を見る。

するとキラキラした瞳でこちらを見て、コクコクと頷いていた。聞こえていたようだった。


「聞こえているのか。たいした聴力だな!」

「彼女の陰口は言えないね。」


すると、ノリエガが小声で話していたキールとアントーンに気づき二人を注意する。


「…そこの二人、式に集中しろ。エドワード様が話しておられるのだぞ。静かにしろ。」


今はエドワードという貴族が、軍の働きを称える話をしているところだった。この話の後に、首飾りの授与式がある。


「すみません。」

アントーンはすぐさま頭を下げ謝る。

キールも頭を少し下げるが、謝罪の言葉は言わなかった。

下げた頭の角度も10度ほどである。この頃からキールのプライドは高かった。


ノリエガは気にも止めず進める。


「エドワード様失礼いたしました。引き続き、お話をお願いいたします。」


エドワードという貴族はそのまま話を進めていく。


ネイシャルアーツは相変わらずこちらをじっと見ている。

キールはあえて視線を合わさない。


エドワードの話が終わり、次はネイシャルアーツの授与式である。


国王の側近の者が進行を進めていく。


「それでは、国将に新しく昇格するネイシャルアーツ様への授与式を行います。アルベイラ国王より、国将の首飾りを授与いたします。」


国王は集まった民衆に一礼し、中央にゆっくり進んでいく。


「それでは、次にネイシャルアーツ様、前にお進み下さい。」


「はーい!」


場違いな声量に群衆がざわつく。

ノリエガや国王の顔も心なしか引きつっている。

アントーンも驚いた顔で固まっている。

場が凍りついている様子を見て、キールはニヤニヤする。


「と、その前に…」


ネイシャルはキールのほうを向き、一気に間合いを詰める。そして…


「キール様あああ!やっとお近づけきになれましたあ!これからよろしくお願いしまーす!!」と言いキールに抱きついた。


突然のことで、キールは固まる。キールの顔からニヤニヤはすでに消えていた。

隣でアントーンも驚く。本日2回目の驚き顔だ。


それを見たノリエガからまた注意の言葉が飛ぶ。先程、キールとアントーンを注意したときより声量が上がる。


「ネイシャルアーツ!国王様の前へ進め!」


ネイシャルは観念したように、ノリエガの言う事に従う。

渋々キールを離す。キールはまだ固まっていた。


「はあい。キール様また後でね!」


そう言った後、国王の前に行き、授与式が再開された。

すでに厳粛な空気は無くなっていた。


その後は何のトラブルもなく式は順調に進んでいき閉幕した。


式が終わると、キールはアントーンに小声で話す。


「ではアントーンまた明日な。わたしはすぐこの場を離れたいから失礼する。」

キールはそうとうネイシャルアーツに苦手意識を持ってしまったようで、落ち着かない様子だった。


「おう、また明日な。明日は国将会議だな。」

「……国将会議。欠席したいな…」


国将会議には当然ネイシャルアーツも参加する。キールは明日のことを考えて憂鬱になる。

そうこうしていると、二人の後方から大きな声がした。


「キール様あああ!」


ネイシャルアーツの声だ。


キール様の「キ」の字が聞こえた瞬間、キールは全速力で走り出した。


ネイシャルアーツがアントーンの元に駆け寄る。

すでにそこにキールはいない。


「アントーン様!キール様はどちらに行かれましたか?さっきまでここにいましたよね!?」

「おう、そうだな…。ええとー、キールは一足先に帰ったよ。用事があるみたいだったな。」アントーンは誤魔化した。

「なーんだ。残念です。」


思いっきり落ち込むネイシャルアーツ。アントーンはその姿を見て、無性に申し訳なく思った。


「……でも、明日の国将会議にあいつも来ると思うよ。その時に会えるさ。」


アントーンはキールの気持ちを知っていたが、目の前の後輩の女の子がかわいそうになり、優しい言葉をかける。

途端にネイシャルアーツの顔が明るくなる。


「本当ですか!明日が楽しみです!アントーンさん、ありがとうございました!ではまた!」


ネイシャルアーツはペコッと頭を下げ足早に帰っていった。


「嵐のような子だったな。…………キール、頑張れ。」


一人呟くアントーンだった。


翌日──


国将会議が天星城の軍議室で行われた。


すでに部屋にはノリエガ、ボロス、アントーン、ノリエガ軍次将ハイエス、ボロス軍次将グリアンテ、アントーン軍次将レイニーレイニー、そしてキール軍次将のシュバルトの姿があった。


キールとネイシャルアーツは遅刻をしているのか姿を見せていない。


痺れを切らしたボロスがノリエガに言う。


「キールと新人は遅刻かあ?女どもは待たず始めようぜ!ノリエガ!」

「まぁ、待て。キールはともかく新人は待ちたい。新体制になり最初の国将会議だからな。」

「もうあいつら来ませんよ。始めましょうよ。」

と、アントーン軍次将のレイニーレイニーもボロスに賛同する。


「うちの大将がすみません。普段は遅刻する人ではないのですが。」


キール軍次将のシュバルトが答える。シュバルトは室内でも常に甲冑を来ている男で、素顔を見せることがほとんどない。ちなみに、キールさえも見たことがない。


「自由奔放な大将の下に付いちまったなぁ。シュバルト。そんなことより暑くねぇのかい?」

「お気づかいなく。甲冑を着ていないと落ち着かないもので。暑いかと聞かれたら『体温魔法』で調節しているので、快適です。」

「そおかよ。」


(キール何やってんだよ。)

アントーンは内心ヒヤヒヤしていた。


その直後である。


「すまない、遅れてしまった…」


肩で息を切らすキール。珍しく慌てている様子だ。

いつもの余裕のある表情ではない。


「…さっさと座れ。ネイシャルアーツも直に来る。」


ノリエガ、そしてアントーンは感知魔法でネイシャルアーツが軍議室に向かってくるのを察知する。

廊下からネイシャルアーツの声が聞こえる。


「キール様ああああ!……あっこちらにいましたか!どうして置いて行ってしまうのですか!?一緒にお城まで行きたかったのに〜!」


ネイシャルアーツは席に着くなり、キールに話しかける。


この様子を見て、アントーンはキールが遅れた理由を何となく理解した。

ジトッとした目でキールはアントーンに助けを求めたが、アントーンは苦笑いするしかできなかった。


収拾がつかなくなった軍議室でノリエガが殺気を放つ。


「……黙れ。」


グサッ…!

この場の全員が、剣で串刺しにされたような痛みを感じた。


「うっ…」と声を漏らし、ネイシャルアーツは倒れ込み、気絶をした。


他の全員はノリエガの殺気に慣れているため、少し痛みを感じるだけで済んだが、新人のネイシャルアーツにとっては耐えられない痛みだったようだ。


レイニーレイニーが痛みで顔を苦しませながらノリエガに提言する。


「ノリエガ様…俺達にまで殺気を当てなくても…」

「……お前らが脆すぎるんだ。始めるぞ。」


ネイシャルアーツを抜き、会議は進む。


内容はメッハ王国を破り、次なる敵対国、ズイホー王国とセハイン王国との戦いについて、陣形を組み直す。

メッハとズイホー、セハインは同盟を結んでいたが、一番力のあるメッハを陥落させたため、残すズイホーとセハインも戦意を喪失しつつある。

ダメ押しのため、数日中に一国ずつ攻めていき、二国を滅ぼす計画を立てていた。


2時間ほどの話し合いの後、国将会議は終わり解散となった。途中ネイシャルアーツも気絶から目が覚めたようだったが、心ここにあらずの状態で、会議の内容はほとんど頭に入っていないようだった。


国将はそれぞれ部屋を出ていき、ノリエガは退出前に、「…キール、ネイシャルアーツを家まで送ってやれ。遅刻の罰だ。」


それを聞き、慌てて反論するキール。

「なぜわたしが!?元はといえば彼女のせいで遅れたんだ!」


しかし、ノリエガはそれを聞き入れない。

「……頼んだぞ。元はお前の部下らしいしな。」


そう言うとノリエガは軍議室を出ていった。


「キール大丈夫か?」

「ああ…今日のノリエガは中々ご立腹であったな。」


他人事のように言う。


「俺も同行したいところだが、この後うちの軍でも会議があってな。ネイシャルアーツを頼めるか?」

「……うーん………うん。」


煮えきらない返答をするキール。

そして、ネイシャルアーツに声をかける。


「ネイシャル帰ろう。まだ寝てたいなら置いていくが。」


すると勢いよく立ち上がり、ネイシャルは答えた。


「はい!帰りましょう!一緒に帰りましょう!」


そのまま二人で天星城を出るキールとネイシャルアーツ。

ネイシャルアーツは軍の寮に住んでおり、比較的天星城の近いところに住んでいた。

外はすっかり暗くなっており、街路灯に照らされた道を二人で並んで帰る。


ネイシャルは憧れのキールと帰れたのが嬉しく、弾んだ声でキールに話しかける。


「今日はすみせんでした!キール様のこと出待ちして迷惑かけてしまいましたね…」


一応、反省している様子のネイシャルアーツ。


「ああ…こちらこそ逃げてすまなかったね。移動中は1人でいるのが好きなんだ。」

「ああいえ!こちらが悪いので!……あの…昔からキール様に憧れていたので、周りが見えなくなっていました。」

「同じ国将なんだ。歳の差は気にせず“キール”でいいよ。」

「そんな…恐れ多い。せめて…せめて…キール…“さん”と呼ばせて下さい。」


構わないよ、とキールは言う。


しばらく沈黙の後、今度はキールからネイシャルアーツに質問をする。


「わたしの軍にいたと言ったね。申し訳ないがネイシャルのことは知らなかったんだ。どの次将の下にいたんだい?」

「シュバルト様の下にいました!」


キールに質問され上機嫌で答える。


「シュバルトか。奴はノリエガと親しいからね。シュバルトからノリエガに情報がいったのかな。」


本来であれば、まずは自軍の国将であるキールに話すのが筋であるが、キールを飛ばしてノリエガに推薦の話がいってしまったらしい。しかし、そのことについてキールはあまり気にとめてはいなかった。


「そうなんですかね…?わたしには分かりませんが。」

「シュバルトとは親しいのかい?」

「わたしを含め部下の数名が、シュバルト様から直接剣技を教わっていました。」


キールはネイシャルアーツの腰に下がる刀にちらりと視線をやる。


「君も刀を使うのかい?奇遇だね。その刀は魔法武具かい?」

「いえ、魔法効果は付与されてません。普通の刀です。」


ネイシャルアーツは寂しそうな顔で付け加える。

「亡くなった祖父の形見で、宝物なんです。」

「そんな大切なもの、戦場に持って行って大丈夫なのかい?」

「はい!仮に折れてしまった時は、その時はわたしも刀とともに死ぬ時です!」

「刀と一緒に死ぬか…。君は面白いね。」

「本当ですか!?面白い!?やったー!」


素直に感情を表情するネイシャルアーツを少しだけ気に入ったキールだった。


「キールさんの隊を志願したのも、わたしと同じく刀を使う魔女のキールさんに興味があったからです!」

「そうかい。確かに珍しいね。」

「キールさんの刀は魔法武具なんですか?」

「これかい?」


キールは刀を持ち上げて、鞘からわずかに刀身を出す。


「この刀は魔法武具で“現(うつつ)”という。絶対に壊れない刀だ。わたしが創造魔法で作ったんだ。」

「えっ!?このレベルのものを創造魔法で作れたんですか!?基礎魔法で魔法武具を作るなんて、キールさんすごすぎます!マジ尊敬します!」


尊敬の眼差しでこちらを見る後輩に、本当のことを話す。


「…いや、固有魔法さ。」

「『反則魔法』ですね!」

「……そうだよ。」


キールはあまり手の内を明かすのが好きではないため、この話題からは離れたいと思った。


「欲しい…」

心の声が漏れるネイシャルアーツ。


「この刀が欲しいのかい?そうだな…残念ながら二本目は作れないから、もしわたしが戦場で死んだら、この刀を持っていくといい。」

「縁起でもないこと言わないで下さいよ!」


代わりにネイシャルはキールに提案をする。


「じゃあ、いつかキールさんと手合わせして、わたしが勝ったら、その刀ください!………って、すみません。調子に乗りました。」

「それでもいいよ。今やるかい?」

「いやいやいやいや!止めておきます!」


そんな会話をしている内に、二人はネイシャルアーツの下宿している宿にたどり着く。


「それじゃあね、ネイシャル。これからは国将としてよろしく。」

「はい!よろしくお願いします!今日は送っていただきありがとうございました!」


その後、キールもそのまま帰路につく。


キールはどっと疲れを感じたが、ネイシャルアーツとの会話で少し満ち足りた気持ちになった。


“お前のことが好きなんだろうな”というアントーンの言葉を思い出す。


“好かれる”というフレーズに不思議な気持ちになるキール。


「……好かれる…か。好かれる…。久しぶりすぎて、どう振る舞えばいいか分からんな。」


月明かりの下、キールは自宅へと向かう。


3日後、ズイホー・セハインとの戦争が再会する。

またその時にネイシャルアーツに会えるのか…


心の隅では、戦場に行くのをちょっぴり楽しみにするキールであった。


続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る