第13話 感染魔法発動!



─ホロビネス王国 野営地─


国将ボロスの元に、次将グリアンテの訃報の知らせが届く。

グリアンテは訃報の通達書を、ビリビリに破き捨てた。

怒りのあまり、何も考えられなくなる。

そして、グリアンテに任務を命じたことを後悔した。

始めからボロス自身が出向けばよかったと、心のなかで何度後悔したか分からない。

グリアンテは決して弱い戦士ではなかった。しかし、殺されてしまった。一体誰が…


「キールウゥゥ…てめぇがやったのかい。」


キールのことを殺さず偵察しろと命令したが、国将と一戦交えたくなってしまったのか…

それともキールではない他の者に殺されたのか…


今のボロスにとって、戦争はどうでもいいものになっていた。

ボロスはテントから出て、野営地全体に向かって叫ぶ。


「レッド!ミスズ!軍議室に来い!今すぐだ!」


ボロスの怒声が野営地に響く。

ボロスの声を聞いた次将のレッドとミスズはボロスの元に駆けつける。


「ボロス様、何か問題でもありましたか?」

駆けつけたレッドがボロスに問う。


「…グリアンテが死んだ。誰に殺されたかは分からねぇ。リオサ森林に入る手前で死んでいたそうだ。」


それを聞き、ミスズもレッドも驚いた顔をする。


「元国将のキールに殺されたんでしょうか…?グリアンテさんほどの方が殺されるなんて…」


レッドは次将であり先輩であるグリアンテの訃報を受け入れられずにいる。グリアンテはレッドにとって師匠のような存在で、戦場の中で様々なことを学ばせてもらった。


ミスズもレッド程ではないが、グリアンテを慕っており、グリアンテの死を受け入れられずにいる。黙ったまま俯いている。


悲しみにくれる二人に、ボロスは声をかける。


「なぁ、レッド。ホロビネスの砦はあとどれくらいで落とせそうだ。」

「あと3日ほどかかるかと…兵にの数が拮抗しており、攻めきれていない状況です。」

「3日かぁ…ちょっと待ちきれねぇなぁ…」


ボロスは少し目をつぶって考えた後、力強くレッドに指示を出す。

開かれた目は鋭く、怒りに満ちていた。


「作戦を全軍突撃に変更する。戦場には俺も出る。」

「えっ!?」

「俺に兵を100ほど貸せ。」

「…分かりました。すぐ集めます!」


レッドはボロスのテントを出ると、兵達を招集し、作戦を伝える。

全軍突撃と聞いて、兵達は動揺したが、命令の通り出陣の準備を始める。

ボロス軍の作戦は、長期戦を想定しており、ジワジワと攻め砦を落とす計画であったが、グリアンテの死を受け、大幅に計画を変更した。

ボロスも鎧を身にまとい、剣を携え、戦場に出る。


砦は守りを固めており、ボロス軍に対して大いに抵抗を見せていた。ホロビネス兵を大量に投入し、ボロス軍の兵の侵攻を防いでいた。

敵軍の大将はエーリングという男で、ホロビネス王国の国将の位置にいる人物だ。エーリングは戦の経験も豊富で数多の戦場を勝利に導いてきた実績がある。

エーリングとボロスが一騎打ちで戦えば、エーリングが勝つと言われているほどの実力者である。ボロス自身もそれが分かっていたため、攻めあぐねていた。


しかし、グリアンテの死を受け、怒りで正常な判断ができていないことと、国将キールのもとへ向かおうと戦場を早く切り上げようとしていたため、全軍突撃の選択をした。


兵が砦の前に招集され、戦闘準備を整えていく。

ボロスは軍の先頭に立ち、兵達を鼓舞する。


「ホロビネスの砦は今日で突破するぞおおおお!」


兵達も咆哮をあげる。軍の士気は最高潮に達している。


一方で、ホロビネス陣営はボロス軍が全軍特攻を企てていることを察し、砦の上から布陣を観察する。


ホロビネスの砦──大将エーリングは、サンカエルの全軍突撃の迎撃準備をする。


「ボロスめ、今日で決着をつける気か。こちらも兵を集め、全力で迎撃させてもらう。やつらの兵ではこの砦は突破できん!」


エーリングは兵達に指示し、砦の守りを固める。全軍特攻を防御で受けきり、カウンターでボロス軍を全滅させようと考えた。


そして、決戦の時が訪れる。

先頭に立つボロスが固有魔法を発動させる。魔力の出力を上げ、ボロスの体を包み込む。


「『感染魔法』発動!!さあ、お前ら…起きろおおお!!」


ボロスの魔力が、後方の軍を包みこんだ。

ボロスの魔力に触れた者達の体に異変が生じた。体の筋肉が隆起し、一回り大きくなる。魔力量も上がり、さらに身体能力が強化される。


強化兵士1人の力は、魔力で体を強化した国将キールと同等となるまで強化された。


ボロスの『感染魔法』はボロスが感染している狂襲病を他者に感染させるというもの。

感染したものは肉体が強化され、短時間であるが国将1人に匹敵する魔力と身体能力を得ることができる。

しかし、デメリットで脳の動きが鈍くなり、簡単な指令しかこなすことができなくなる。また、効果が切れた後は、廃人のような状態になってしまう。


魔力にあてられた兵士達はみな、虚ろな目となり、口からは涎(よだれ)を垂らしながら佇んでいた。


後方の100あまりの兵士が感染したことを確認してボロスは叫ぶ!


「全軍!突撃いいいいい!!!」


「うおおおおおおお!!」


号令とともに兵士達が走り出す!

兵士の数はホロビネス2000人に対して、サンカエル1700人ほどで、1700人の内100人がボロスによって強化されている。


石を積み上げて作られた砦の周りは、槍付きの迎撃施設が設置してあり、ボロス兵の侵入を阻んでいた。

ボロスによって強化された兵士は次々と迎撃施設を破壊していく。

さらに、ボロス兵は砦の基礎部を素手で殴り、砦下の石積を壊していく。


ホロビネス兵も矢を放つが、強化兵の心臓や頭を射抜いても倒れることなく、行動を停止させない。

狂襲病の感染者は、効果が続いているうちは、痛みを感じないし死ぬこともない。


「なんだ…あいつら…!まるでゾンビを相手しているようだ!」

 

いまだかつて無い状況にエーリングは困惑した。


「これが噂の『狂襲病(きょうしゅうびょう)』というやつか!?このままでは負けるぞ…!」


砦の壁の一部が壊され、強化兵を先頭にボロス軍が雪崩込んでくる。強化兵が次々と敵兵をなぎ倒していく。

エーリングの首を取るまで、彼らは止まらない。


みるみるうちに砦の奥まで、強化兵が侵攻する。既にエーリングの目の前だ。


「ボロス!!お前が出て来い!部下の影に隠れやがって!」


エーリングは叫び、魔力を練る。


「『火炎魔法』!」


エーリングの魔力が火の球に変化し、強化兵を襲う。

しかし、身を焼かれても強化兵の動きは止まらない。エーリングまで一直線に突っ走る。


不死身の兵士達に勝てないと判断したエーリングは撤退命令を出す。


「全軍撤退せよ!全軍撤退せよ!」


ドスッ…!背中に鈍い痛みを感じる。

そこには、身を潜めていたボロスが剣を握りしめ、後ろからエーリングの背中を突き刺して立っていた。


「……悪ぃな、大事な用があるんで、ちょいと巻きで終わらしたわ。」

「……ふざけ…るな。」


エーリングは剣で心臓を一突きにされ絶命する。剣をエーリングの体から引き抜くと、エーリングの体は地面に倒れ込んだ。


エーリングの撤退命令で、自国に帰還していくホロビネス兵を見ながら、ミスズを呼ぶボロス。


「お呼びですかー?」

駆けつけたミスズはいつもの通り、間延びした声で返事をする。


「ホロビネスの砦に、物質を移動させ、ここを拠点にしろ。これからはお前が大将だ。ワシとレッドはこれからヒデオタークへ向かう。」

「ええええ!わたしですか!?無理ですよー!」

「お前はワシが選んだ次将の1人だ。お前の実力はワシとグリアンテが認めている。自信を持って大将やれ!」

「……分かりました。」ボロスの説得で渋々了承するミスズ。


戦場の強化兵達はすでに、感染が治り、自我が戻っていた。

しかし、気分のすぐれない者が多く、地面に吐いてしまう者、気絶してしまう者、放心状態の者など、魔法による副作用が現れていた。

エーリングの炎で焼かれてしまった者は、感染が治ると同時に絶命し、動かなくなった。

ボロスは、魔法をかけてしまった者達に頭を下げて謝りながら、奪還した砦の中を移動した。

エーリングに焼かれて死んだ者の前では、手を合わせ、心のなかで詫びた。


ボロスの兵達は、ボロスの感染魔法を知った上でボロス軍に志願しており、感染によるドーピングは覚悟の上であるが、この魔法をやむを得ず部下に使用した際には、毎回ボロスは部下に頭を下げるようにしている。


それがボロス軍の結束の強さとなっているのだ。


戦場をミスズに任せたボロスは、ホロビネスとの戦いを終え、レッドと数十名の兵を引き連れ東へ向かう。


出発してすぐに、レッドから聞かれる。


「ボロス様、キールと会えたらすぐに処刑するのでしょうか?」

「いや…まずは話を聞こう。グリアンテ殺害の犯人ではないかもしれんしな。」

「しかし、彼女は犯罪者ですよ!?もし、見逃したら国王の命に背くことになります。」

「その時はその時だが…俺はできればキールは殺したくないんだよなぁ。あいつとは6年間一緒に戦ってきた思い出があるからなぁ…。うーむ。」


そこからの答えは今のボロスには出せなかった。

そのまま一行は東へ向かう。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


キール達は、宿で休息を取ったあと、キャクシバフ王国の北東にあるヤエカト荒野を目指す。


「なぜ、ヤエカト荒野を目指すかって?一般人を巻き込まないためさ。」


ネイシャルアーツと他の次将達が迫ってきている。

ヒデオタークでの悲劇を繰り返さないために、キールは人気の少ない荒野を戦いの地として選択した。


「荒野であれば、遮蔽物も少なく、不意打ちされにくいメリットもある。人混みの中だと、感知魔法でネイシャルの位置も特定しにくいからね。まあ、ザガーロのように無関係な一般人を攻撃したりはしないと思うが。」

「なるほど。」

「アントーン、彼らの位置は変わらずかい?」

「………そうだな。変わらずに西側に感じる。しかし、今は隠密を使ってるから、気配がわかりにくくなっているな。」


次にアントーンはもう一つの気配を探る。


「サンカエルを出発したばかりの魔力…こいつはノリエガ軍の新人次将だな。確か…ペーラとかいうやつだ。」

「ペーラ…わたしが抜けた後に入った次将だね。」

「ノリエガの次将は現在5人。その内3人はキールが抜けてから加入したな。ペーラ、ホークス、トリトニア。」 

「変わってない二人は彼らかな?」

「ああ、シュバルトとハイゼンだな。懐かしいか?」

「ああ、二人とも生き残ってくれてて嬉しいよ。」


キールは昔の記憶を思い出す。

国将として、戦っていた頃を──


今では、亡命のためにリトナミを目指しているとは…

あの頃のわたしは想像もしてなかっただろうな。


一行はひたすら荒野に向かう。周りの景色から建物が消えだし、木や山が周りに見えるようになってきた。

ヤエカトに近づいていく。


移動している最中、リアンがネイシャルのことについて質問してきた。


「キールさん、ネイシャルアーツさんは昔キールさんと喧嘩したから仲が悪いと聞いたんですが、何か確執が生まれるようなことがあったんですか?………あっ、気に障る内容でしたら、話さなくても大丈夫です!」


「わたしとネイシャルの馴れ初めが気になるかい?」

「ええ…敵のこと、もう少し知っておこうかと。」

「うーん、そうだね…何から話せばいいやら…。いろいろあったから、上手く話せないかもしれないが…」


キールは腕組みをしながら、記憶の中から過去の記憶を引っ張り出す。そしてゆっくり話し始めた。


「10年前わたしとアントーンは国将に昇格し、自分の軍を持たせてもらえるようになった。そのときの国将がノリエガ、ボロス、そして今は亡きディールとマゼランの6人だった。


その年、人類史上最も大規模な戦争が起きた。リアンくん達も知っていると思うが、『ガイドシロンの戦い』のことだ。ガイドシロンという都市で、サンカエル王国と『メッハ王国』が戦ったんだ。その戦いで国将ディールとマゼランは命を落としてしまったがね。」


ガイドシロンの戦いはこの大陸に生きる者なら全員が知っている大戦争だ。

この戦いで大勢死者が出て、人口1000万人以上住む都市が壊滅した。


「ガイドシロンの戦いが終わり、その戦いで戦果をあげたものが何人も昇格した。その中にネイシャルもいたんだ。存在は認知していなかったが、当時はわたしの軍にいたらしい。」

「わたしの軍であったが、国将ノリエガがネイシャルの強さを見い出し、国将に推薦した。次将を経験しないで、いきなり国将というのは異例で、ネイシャルはその時の齢(よわい)は20ちょうどの、成人したての少女だったため、多くの者が反対したんだ。まあ、ノリエガが無理やり押し通したがね。」


話を聞き、リアンは恐怖を覚える。

20歳の時に…国将になった!?

そんな人物がリアン達の命を狙っている。

本当に勝てるのだろうか。


「…そして、ガイドシロンの戦いが終わり、自国に帰ってすぐに、国将の昇格式を執り行った。ネイシャルのためのな。そこでわたしは大変驚かされたよ。」

「……一体何が…?」


「その式典の最中、ネイシャルは国王や他の国将達、国民が見ている中で…」


一度言葉をきるキール。

そして、


「思いっきりわたしに抱きつかれたんだ。わたしの大ファンだったらしい。」


シーンと静まり返る一同。

アントーンはそこに居合わせいたからこの話を知っていたが、ヤレヤレという顔をしていた。


─そこからキールはネイシャルと確執が生まれるまでの話を始めた。


続く

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