第11話 再会



宿に着くと、アントーンはオルスロンをベッドに下ろした。まだオルスロンは目を覚まさない。


「まあ、適当に座ってくれ。ここは俺が昨日から借りている宿だ。狭い部屋で悪いね。」

「いえ、大丈夫です。」


テーブルを挟み、椅子に座るリアンとアントーン。


「実は僕の家もこの近くで、そこでも全然良かったのですが…」


するとすかさずアントーンは否定する。


「いや、君の家は危険だ。軍の奴らが襲撃してくる可能性がある。その証拠にあの金髪の男も訪れてきたのだろう?」

「確かに…そうですね。」


もう、軍には自分がキールの協力者ということはバレてしまったのか…?

ホークスという男からも狙われた。少なくとも、軍からは怪しまれているだろう。今はバレていなくてもいずれ隠し通せなくなるだろう。


アントーンは考えを巡らせているリアンに本題を切り出す。


「君に聞きたいことがあるんだがいいかな?もしかしたら気を悪くする質問になるかもしれないが…。」

「……?大丈夫ですよ。僕に答えられることであれば、何でも聞いてください。」

「ありがとう…、では………何から話せばいいやら。まず初めに、わたしの固有魔法について話をさせてくれ。わたしの固有魔法は『感知魔法』、基礎魔法にも感知魔法はあるが、その強化版といったところか。」

「はい。アントーンさんが国将になったときから、新聞やら雑誌やらで見ていました。感知魔法でかなりの広範囲で人を探せると聞いています。」

「知っていたのか。新聞や雑誌にも書かれているとはちょっと恥ずかしいね。………で、話を戻すが、1年前にキールに会った時に、感知魔法であいつの魔力を見たんだ。そしたら、キールの魔力と別の魔力の存在を感じ取ったんだ。その別の魔力はまるで呪いのように見えた。対象者に何かを強いるような…」


1年前というと、ミアーネ魔法学校に来てから4年が経つぐらいか。しかし、その時期に特別なことが起こったという記憶はない。

アントーンの言う通り、誰かの呪いなのか?一体誰の…?


アントーンは続ける。


「その呪いの魔力と、君の魔力が一致するんだ…!


つまり何が言いたいかというと、キールに呪いをかけたのは君か!?」


一瞬何を言われたのか頭で理解できなかった。

僕がキールさんに呪いをかける?僕の固有魔法は伝達魔法だけだ。呪いをかけるだなんてことはできない。


リアンは力強く否定する。


「断じて僕ではありません!僕、そんな度胸ないですし!僕の魔法は『伝達魔法』といって、遠く離れた相手と話ができるだけです。呪いなんてかけられません!」


リアンの力強い否定に、アントーンもこれ以上詰め寄ることができない。

何より、この数分間の会話だけでも、リアンの人柄の良さは十分に分かった。この青年が人に呪いをかけるような人物でないことは、アントーンも理解した。


「『伝達魔法』か…。確かに呪いとは関係なさそうだね。もしかしたら、君と似た魔力の人間が他にいるのかもしれないな。……疑って悪かったね、リアン。」

「こちらこそ紛らわしい魔力ですみません…!」


アントーンからの理解が得られて嬉しそうなリアン。


「それはそうと、これから君はどうするんだい?家に戻っても、またホークスか他の次将クラスが君を捕まえに来るかもしれないぞ?ノリエガはこの件を全力で片付けようとしてるからな。」


アントーンの言葉を受け、一瞬迷うリアン。しかし、すぐに決意は固まった。帰る場所が無いのなら、これしか答えはない。


「……僕は…キールさんを追います!そして、また一緒にこの国から逃げたいです!」

「………なるほどな。フッ…面白い男だ!それなら俺も混ぜてくれないか?この国の軍をこれから裏切るんだ…俺も犯罪者さ。」


意外な言葉に驚くリアン。しかし…


「はい!こちらこそよろしくお願いします!アントーンさんにも加わっていただけるなんて、心強すぎます!」

「そうと決まれば、今夜にでも出発するか?キールは恐らくリオサ森林地帯を抜けたと思うし、どんどん遠くに行かれてしまうな。」

「そうですね!僕はいつでも出発できます!早くキールさんに会いたいです!」

「そうだな…、この青年はどうする?彼も仲間なんだよな?」


アントーンは、いまだ目を覚まさないオルスロンのことを指差す。


「オルスロンは…多分…来ないです…。」

「……何!?そうなのか!?魔人が仲間なら心強いと思ったんだがな。」


またまた意外な言葉に驚くリアン。魔人だと知っている?

しかし、5年前の魔人掃討戦で唯一生き残った魔人で、国からあえて見逃されている身であるから、軍の人間はオルスロンのことを把握しているのかもしれない。


「オルスロンのこと知っているんですね?」

「知ってるさ。当時の魔人掃討戦の時、軍が唯一見逃した魔人だからな。あの時は国将や次将が駆り出され、国内の魔人を10体以上殲滅(せんめつ)していたな。キールや俺も参加していた。」


魔人掃討戦…!リアンもよく覚えている。自分がミアーネ魔法学校で働き始める数ヶ月前に起きた事件。

当時、魔人の存在は人間にとって、危険なものとされており、魔人達は森や洞窟など、人があまり立ち入らない所で生活していた。

ある時魔人の1人が人間を殺そうと他の魔神に提案した。そして、15体の魔人は町に繰り出し、殺戮の限りを尽くした。しかし、人間側も魔人に抵抗するために、軍を動かし、魔人を返り討ちにした。殺戮(さつりく)を犯した魔人15体を殺した後、残った他の魔人も殺そうという話になった。

その時、この作戦の最高司令官はノリエガが務めていた。

ノリエガは他の魔神の居場所も捜し出し、魔神をひとり残らず殺そうとした。


「魔神掃討戦…全ての魔神を殺す…軍の作戦でしたよね…?」

「ああ…だが軍は1人だけ、どうしても殺せなかった。それが彼だ。」


彼…すなわちオルスロンだ。


「わたしはオルスロンとは対峙しなかったが、戦った者はみな殺され、国将と次将以外はほとんど怖気づいていたのを覚えているよ。そして、オルスロン討伐の任務に、とうとう当時国将だったキールが選ばれたんだ。だが、キールはオルスロンを討伐できなかった。軍では反則の魔女が敗れたという噂が広まり、キールより強い魔神には誰も勝てないと判断され、魔神掃討戦は中止になったんだ。まあ、その時期に戦争が再開したということも中止理由の1つだが。」


今まで一度も聞いたことがない話にリアンは言葉を失う。


それじゃ…キールさんとオルスロンは、お互いのことを知っていたのか?

少なくともオルスロンにその素振りはなかったが…


「その話本当か?」


声の主は、さっきまでベッドに横たわっていたオルスロンだった。どうやら、アントーンとリアンの会話を聞いていたらしい。


「オッサン、その話は本当か?」

アントーンに再度問う。


「ああ、本当だ。君がキールを倒したから、俺達は君を追うことを止めたんだ。」

「………そうか、あいつがあの時の魔女。……キール。…そういうことだったのか…!クッソおおおおおおおっ!」


独り言をブツブツと言った後、急に叫びだすオルスロン。


「ど、どうしたの?オルスロン?」

「どうもこうもしねーよ!すぐにあの女のところに戻るぞ!リアン!オッサン!」


オルスロンから思いも寄らない言葉が飛び出す。


「急にどうしたの!?オルスロンはキールさんと一緒に逃げることについて、反対してたじゃん!」


事態が飲み込めずにいるリアンを無視して、外に飛び出すオルスロン。

空は茜色に染まり、夜が訪れようとしていた。


「『足場魔法』!発動!」


上空に足場が形成される。足場は東へ一直線に伸びている。

リオサ森林地帯のほうへ。


「おい!オッサン!その『感知魔法』とやらで、あの女の場所は分かるのか?」


1人で突っ走るオルスロンに、戸惑いながらもアントーンは答えた。


「あ、ああ。ある程度近づければ詳しい位置も分かるぞ。」

「よっしゃ!それならまた東に向かうぞ!」


オルスロンはピョンピョンと跳ねながら足場を登っていく。

それにアントーンとリアンも続く。

リアンは、オルスロンが心変わりした理由を知りたくて、再度尋ねた。


「オルスロン、一体どうしちゃったんだよ!どういうことか説明してよ!」

「………なんだ。」

風の音が強くて聞き取れず、再度聞き直すリアン。


「えっ、何!?オルスロン!?」

「恩人なんだ。」

「えっ?」


戸惑うリアンにオルスロンは話し始める。


「俺はあの女に見逃されたんだ。一切戦わずに。あいつは俺に聞いてきたんだ。『魔神よ、君はなぜ生きる?』ってな。俺はその時『生きたくねーけど、生きてんだよ。今だって戦いたくねーのに戦ってんだ!』って答えたら、次に『君は何人の人を殺したんだい?』って聞いてきた。だから俺は『俺の命を狙った奴らはたくさん殺した。数えてねえよ。でも、俺の命を狙ってない奴は1人も殺してねえ!無駄な殺生はしねーんだ。』って言ったら、その女は姿を消したんだ。」

「それがキールだったのか。」と、アントーン。

「さっきのオッサンの話が本当なら、あの女は俺を殺させないために、軍にわざと嘘をついたんだ。その次の日から命を狙われなくなったからな。」

「なるほど。キールさんらしいね。オルスロンが危険な魔神ではないと分かったから、戦うのをやめたのかな。」

「そんな話はキールから聞かなかったな。君を討伐できなかった責任もあり、キールはそのすぐ後に軍を解任されたんだ。そして、ミアーネ魔法学校に着任した。」


そんな過去があったなんて…まるで僕は蚊帳の外じゃないか。


「そんなわけだからさっ!俺もこの逃亡劇に加担させてもらうことにしたよ!一緒にキールを逃がしてやろう!」

「……オルスロン!ありがとう!」リアンの目には涙が浮かんでいた。


3人となったリアン一行はリオサ森林地帯を越え、さらに東へ進む。

すると、小さな町が地上に見えてくる。


まず、アントーンが口を開く。

「あの町だ。あの町からキールの魔力を感じる。しかし…」


町の様子が普通じゃないことに3人とも気づいた。


家屋はどれも粉々に吹っ飛んでおり、住民の死体のようなものがたくさん転がっている。

ここで大きな戦いがあったんだと、容易に想像できる惨状であった。


「一体何があったんだよ、ここ?」

「町の中心で爆発でもあったみたいな状況だよね?キールさんは無事なんだろうか。」


すぐにオルスロンの足場から地上に降り辺りを見回す。

すると町のはずれのほうに1人佇む女性がいた。


3人ともすぐにそれがキールだと分かった。しかし…


「むっ…この魔力の感じは…キールは今自殺しようとしているぞ!?」

「何!?なんで!?」


…キールさん!何でそんなことを…!?


キールのところまでまだ距離がある。このままだと間に合わない…!


「僕に任せてください!……『伝達魔法』!発動!」


キールと繋がり…そして叫ぶ。


『ダメです!キールさん!』


ハッとしてような顔をして魔法を中断するキール。そしてキールに向かって走る3人の姿に気づいた。


そして僕はそのまま何も考えず、泣きながらキールさんのところまで走っていき抱きしめた。


やっと…また会えた…!


続く

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