第10話 アントーン



1年前キールと再開した時に、キールが纏(まと)っていた魔力はキールの魔力とは別の魔力だった。

それはキールにかけられた呪いのように見えた。

当時のアントーンは、キールに変わった様子もなく、いつも通りだったため、気にも止めていなかった。

また、キールほどの魔女であれば、そこら辺の魔法使いが呪いをかければすぐに気がつくだろうし、そもそもキールの耐魔法力もずば抜けていたため、呪うのも一苦労のはずだ。

そんなことを呑気に考えていたら、今回の事件が起きてしまった。

アントーンは個人的に、今回の事件はその呪いのような魔力が原因だと考えている。


アントーンはキールと同じ年に国将(こくしょう)となり、それからキールが戦線を退くまでの5年間は、キールと共に戦っていた。

アントーンはキールが心を開いた数少ない人物の1人で、お互いに信頼していた。


そんなキールと親しくしていたアントーンだからこそ、今回の事件に違和感を覚えた。

キールは横柄な態度を取られたからと言って、子ども相手に本気を出すような人物ではない。


事件の次の日、城で国王と会った後、キールの疑惑を晴らすため、アントーンはミアーネ魔法学校を訪れた。


その時間は授業も終わり、生徒は全員帰った後だった。

学校に入ってみると、職員室らしき部屋にはまだ電気がついていた。


学校内は無許可で入ることは禁止されているが、この時のアントーンはそこまで考えている余裕はなかった。


職員室の中を覗くと先生が数名、何やら書類を書いているようだった。


アントーンは事件当日のことを詳しく聞くために、中に入り、先生達に話しかけた。


「こんにちは、みなさんお仕事中に申し訳ない。アントーンと申します。」


先生方は作業する手を止め、アントーンの方を見る。

すると先生の1人が興奮した様子で答えてくれた。


「存じております!国将のアントーンさんですよね!?なにか御用ですか!?」


国将ともなれば有名人、サンカエルの住人であれば、大抵知っている。

他の先生方もアントーンのことを知っているようだった。


「急な訪問で申し訳ない。実は昨日起きた暴行事件のことについてお聞きしたいのですが…。」


そう伝えると、職員室はシーンと静まり返った。

先生達はなるべくこの件に関わりたくないようだった。


しかし、入口から一番遠いところに座っていた年配の女性教師が立ち上がり、アントーンのところに来て自己紹介をした。


「わたしはミアーネ魔法学校教頭のマゴナクといいます。事件当日、キール先生と共に国王様の御子息とお会いしておりました。そして、事件が起きた時も一部始終を見ています。わたしでよければお話しいたしましょう。どうぞこちらへ。」


そのまま奥の客室に通された。


「コーヒーはお飲みになります?」と聞かれ「お気づかいなく」と答えるアントーン。


マゴナクがテーブルに手をかざすと2組のマグカップと砂糖とミルクが出現した。

基礎魔法『創造』を瞬時に展開するマゴナク教頭に感心するアントーン。


そして本題に入る。


「マゴナク教頭は、先ほど事件の一部始終を見ていたと言いましたが、キールが国王の御子息に暴行したのは間違いないのですか?」

「ええ、見ていました。その日は、国王の御子息であるルノーア様が、学校見学でいらっしゃっていました。来月から入学していただくため、授業風景を見せていました。本当はリアン先生という方の授業をみていただこうと思っていたのですが、急遽キール先生の授業を見てもらうことになりました。」

「なぜ、リアン先生の授業ではなかったのですか?」

「休暇を取られていたので、不在だったのです。」

「リアン先生の授業を見てもらおうと思ったことに理由はあるんですか?」

「リアン先生は赴任してから5年ほど魔法学校に務めており、誠実な人柄で保護者達からの評判もよく、授業も丁寧で分かりやすい先生でした。ですので、ルノーア様に見学していただくのに丁度いいと考えておりました。」

「なるほど。しかし、その方は休暇を取ったため、代わりにキール先生に?」

「ええ…キール先生も優秀な先生で、感知魔法にも精通しており、生徒の魔力の質から生徒の才能を引き出すことに優れていました。授業では高度なことを教えたがり、キール先生の授業で大きく才能を伸ばした子がたくさんいました。また、とても子ども達から好かれる先生でしたね。」


子どもから好かれるということは、アントーンにとって意外な情報だった。

マゴナク教頭は、事件当日のことを話し出す。


「リアン先生が不在でしたので、同じく優秀なキール先生にお願いしようと思いました。キール先生が授業しており、教室の後ろでわたしと一緒にルノーア様は見学していました。時々キール先生が高度な魔法を披露し、それを見てルノーア様はとても楽しんでおられました。そこまではよかったんですが…」


マゴナク教頭は事件の瞬間を思い出し、暗い顔になる。


「授業が終わり、ルノーア様はキール先生と話したいとおっしゃいました。わたしは、ルノーア様をキール先生の元へ連れていきました。」

「そして、ルノーア様はキールを怒らせるようなことを言ったのでしょうか…?」

「いえ、始めのうちは『さすがは元国将だ!最高の授業だった!』『わたしもキールの下で学びたい!』とおっしゃっていて、とてもキール先生を気に入っている様子でした。」


当時のことを思い出しながら、マゴナク教頭はゆっくりと続ける。


「そこで…次に言った わたしの一言から今回の事件へと発展させてしまいました。」

「教頭先生の一言…!?」


意外な答えに驚いた声を出すアントーン。


「当時のわたしは、ルノーア様はリアン先生の生徒にしようと思っていたので、『ルノーア様には、リアン先生という方が授業を教えることになります。今日は不在のため、キール先生の授業を見ていただきました。』と伝えました。」

「それを聞いて、ルノーア様はなんと…?」

「『わたしはキールの授業を受けたいのだ!国将になったこともない人間の授業など受ける意味はない!』と。」

「キール先生は、それで怒ってしまったんですか?」

「いえ、その時はまだ穏やかでした。キール先生も『リアン先生の授業もとても素晴らしいよ。受ける意味がないというなら、リアン先生よりも優秀な魔法使いになってみたまえ。』と言っていました。」

「キールらしいです。」

「しかし、次のルノーア様の一言が、キール先生の逆鱗に触れてしまったのでしょう。ルノーア様は、『では、魔法を学び強くなったら、リアンと決闘しよう!男のくせに軍にも入らず、ノウノウと教師なんかをやってる者などこの国には必要ない!いっそ決闘で殺してしまうか!ハハハハハッ』と高笑いして、リアン先生を侮辱したんです。そして、それを聞いたキール先生はあの魔法を使ったんです。『反則魔法∶粉砕』という魔法を発動させました。途端に、ルノーア様の全身の骨が粉々になりました。生存するのに必要な最低限の骨を残して…。わたしはすぐさま回復魔法を発動させ、ルノーア様の骨の修復を始めました。」

「キールが他人のために怒った…!?」


孤高に生きてきたキールが、他人への侮辱に対して怒るというのは想像できなかったが、5年という歳月がキールを変えてしまったのか?アントーンは考えを巡らせる。


「キール先生はリアン先生と一番親しくしていましたからね。侮辱の言葉が許せなかったのでしょう。ルノーア様の骨を砕いた後、キール先生は目の前から姿を消しました。そして、自分のやったことに驚いている様子でした。最後に『これは、わたしがやったのか?なぜ…?』と小さくこぼしていました。」


「そうですか。…今日はリアン先生は出勤されているのでしょうか?キールの話を聞きたいのですが。」


アントーンは次にリアンという先生に興味を持った。

キールと親しいなら何か知っているかもしれない。

しかし、マゴナク教頭の返答は意外なものだった。


「リアン先生は、今日の朝から行方不明なんです。軍の方もリアン先生の家を訪ねてみたらしいのですが、誰もいなかったみたいです。噂ではキール先生と逃げたとも言われていますが…。」

「行方不明…?」


マゴナク先生は部屋に飾られてる写真を指さした。

その写真ははミアーネ魔法学校の先生達の集合写真のようだった。キールも端の方に写っていた。


「あの写真のキール先生の隣がリアン先生です。」


キールの隣…キールと同じくらいの背丈の若い男だ。

とても穏やかな顔をしており、写真を見ただけで、優しい人柄なのだと分かってしまう。


「彼の家はどちらに?」

「個人情報なので、他の方にはあまり言わないでほしいのですが、同じくミアーネのツガロにあります。」


マゴナク教頭から詳しい場所を聞き、ミアーネ魔法学校を後にし、リアンの家に向かう。


リアンの家は、ミアーネ魔法学校から徒歩で30分ほど行ったところで、大通りから離れたところにあり、静かな住宅街の中に建ってる一軒家だった。若い先生と聞いていたが、部屋数が多く、予想していたより大きな家に住んでいるようだった。


裕福な家の生まれなのか…?


家に近づき、チャイムを鳴らしてみる。当然誰も出てこず、物音もしない。

これ以上ここにいると、怪しい人だと思われる恐れがあったため、リアン宅から離れようとするが…


アントーンの感知魔法が、あの魔力を感じ取る。

あの呪いの魔力を…


アントーンはどうしても気になりリアンの家を立ち去ることができない。


試しにドアノブを回してみる。すると、ドアに鍵はかかっておらず、そのまま中に入れた。


すまん…リアン殿、中を見させてもらうぞ。


中に入るといくつか靴が散らばってる玄関があり、そこから細い廊下がリビングまで続いていた。

玄関とは違い、リビングは物が整理されていた。几帳面な性格なのか、本棚にはきちんと本が並べられており、本は全てナンバリング順になっている。


一通り、家の中を確認したが、気になるものは何もなかった。

しかし、家の中に残っている魔力は、やはり1年前にキールから感じた呪いの魔力であった。


そもそもキールにかかっていた魔力はどんな呪いだったのか。

そしてこの呪いは本当に家主のものなのか?

いずれにせよ、ここの家主には会わなければならない。


明日は軍の調査係に詳しい話を聞いてみよう。

国王やノリエガにはバレないようにせねば。


アントーンはこの日の調査を終え、宿に泊まり一夜を過ごす。

今日分かったことは、“キールはリアンのために怒り、ルノーアを攻撃したということ。”と“キールにかかった呪いのような魔力とリアン自身は何か関係がある可能性があること。”の2点だ。


とにかく、キールを追う前に、もう一度城にある事件の調査記録を調べよう。

そう思い、アントーンは眠りにつく。



そして次の日、城に向かう途中で、リアンの家があるツガロの方が騒がしいことに気づくアントーン。


何事かと思い、リアンの家の方に向かう。

すると、グレーのコートで血まみれの男が、反対側から歩いてくる。その男とは顔見知りであったが、今はリアンの家が気になったため、無視して素通りしようとする。


その時、微かにその血まみれの男から、“あの呪いのような魔力”を感じたのだ。

血まみれ…まさか…その血はリアン=ストロングシールドの返り血ではないか!?

それとも“この男”が呪いのような魔力と関係があるのか!?


アントーンの中で血まみれ男への疑念が一気に膨れ上がり、思わず声を荒げる。



「なぜ、貴様からキールにかかってる呪いと同じ魔力を感じるんだ!?何か知っていれば洗いざらい話してもらうぞ!ホークス…!」


金髪の男もこちらに気づいたようで、叫び返す。


「何のことかわからんな。そこをどけ!ノリエガ様がお待ちなんだよ!アントーン…!」


……こいつは何かを知っている、ノリエガ軍次将のホークス、保管魔法の使い手。


「リアン=ストロングシールドという男を知っているか?ホークス。」

「……知っている。今はわたしの魔法で拘束しているところだ。ノリエガ様に差し出すためにな。こいつはキールの行方を知っている。」


あっさりと白状するホークス。


「リアンを俺にも会わせてくれないか?聞きたいことがあるんだ。」

「悪いが断らせてもらう。わたしはお前を信用できない。お前はキールと親しかったろう?キールの手がかりを持つであろうリアンを逃がす恐れもある。」

「ならば、実力行使でいこう…!」


アントーンの魔力が膨れ上がる。肉体強化を発動する。


「……ここで殺してやるよ、アントーン。どうせなら、殺人衝動が出た時に居てほしかったよ…!『保管解除』!!B-5…『共鳴の鏡』」

魔法を発動させようとしたが、何も起こらない…!

この時、ホークスは狂薬の効果が切れた後の副作用を失念していた。魔力が一切練られなかった。


その間にもアントーンは臨戦態勢をとる。そして、強化された拳で殴りかかる。


魔法が使えないことに気がついたホークスは狂薬のことを思い出したが、すでに遅かった。アントーンの拳はホークスの左顔面を殴り、そのままホークスは失神する。


あまりにあっさり決着してしまったことに、拍子抜けするアントーン。

血まみれの状態だったので、リアンとの戦闘で魔力を使い果たしたのかと勝手に勘違いする。


さて、リアンはまだ閉じ込められている。ホークスの保管魔法をどう解除するか…


幸い、アントーンは、他人の魔法を解除することに長けており、感知魔法で他人の魔力を解析し、逆の魔力をぶつけることで、他人の魔法を無効化及び解除をすることを得意としていた。

例えば、火の魔法を打ち消すために水の魔法を作ったり、肉体強化の魔法を打ち消すために弱体化の魔法をかけたり、プラスの魔法にマイナスの魔法を当て相殺する。


しかし、アントーンは打ち消すための魔法を何でも使えるわけではない。あくまで、相手の魔法を解析し、その魔法の魔力をもとに逆属性の魔力を作り、打ち消す魔法に変換していることしかできない。相手の魔力ありきの技術である。


ホークスの魔力は過去に見たことがあり、その魔力をもとに、保管魔法を解除する魔法に魔力を変換するアントーン。


すると、保管魔法は解除され、倒れたホークスとアントーンの周りに数十人の人間と、魔法武具が出現した。

急に外に出られた人達は、出られたことを喜ぶ者や、そそくさと逃げる者、戸惑って立ち止まる者、その様子は様々だった。

アントーンはその中から、あの呪いの魔力を持つ青年を見つけ、声をかけた。

青年は一瞬驚き、振り返る。そして話しかけてきたのが、サンカエルの国将のアントーンと気づき、さらに驚いた。


「君がリアン=ストロングシールドくんかい?」

「はい…そうですけど…ここは?一体何が!?ホークスさんの魔法の中にいたはずなのに。」

「わたしの魔法で解放した。他のみんなもね。さっそくで悪いが、キールの事件で聞きたいことがある。少し時間あるかい?」


キールの事件と聞き、身構えるリアン。

それを察したのか、穏やかな声で話し出すアントーン。


「安心したまえ。わたしは昨日軍を辞めた。今は個別にキールを追っている。処刑するためではなく、守るためにね。そこで、キールのことを知っている可能性のある君を探していた。」


それを聞いて、安心したような顔になるリアン。


「……分かりました。アントーンさんにお話します。」


どうやら信用してくれたようだ。


「ここは目立ってしまう。どこかへ移動しよう。」

「そうですね。………あっ待って下さい。この人も連れて行っていいですか?友達なんです!キールさんが逃げるのに、ちょっとだけ協力もしてくれました。」

そう言って、戦いの後で気絶するように眠っているオルスロンを肩でかつぐ。


「構わないよ、では宿まで行こう。その子はわたしがおぶろう。」


アントーンはヒョイッとオルスロンを持ち上げ、背中におぶった。

3人はそのまま宿に向かう。


リアンはアントーンからはキールを思いやる優しさのようなものを感じ、まだキールの味方をしてくれる人物がいるということを知り嬉しくなった。


自分にできることがあれば、何でも協力しようと思った。


続く



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