第9話 殺人衝動と保管魔法



時は遡り……


ウルエラvsキール、ドスブスフクvsリアン&オルスロンの戦いに決着がつき、キールとリアンは別々の道を歩むことになった。


キールは1人でリトナミを目指し、リアンはオルスロンと共にミアーネに帰還することとなった。


これはリアンがヒデオタークでキールと再開するまでの物語。



「元気出せよ…リアン。あいつは1人でも大丈夫だよ。切り替えてこーぜ!」

「…うん。」

「すっかり夜になっちまったな。明日の朝までにはミアーネに帰らないとな。てか、もう日をまたいでるのか。」


リアンとオルスロンはリオサ森林地帯を西に進んでいた。

光は一切無く、暗い森の中、草や枝を手でかき分けていく。


道なき道を進んでいるとオルスロンが痺れを切らして提案する。


「俺の魔法でパッと帰ろう!うん…その方がいい。

来たときと同じで空を渡って行くぞ!」

「………。そうだね。」


オルスロンが魔法を練り、出力を上げていく。

オルスロンの魔法は足場魔法(あしばまほう)。


オルスロンの魔力範囲にある物質をオルスロンの意思で浮遊させるというもの。オルスロンの魔力の影響を受けた木や岩が空へ浮き始める。


リアンは、先の戦いで一瞬だけ見たドスブスフクの不愉快魔法『浮(フロート)』に似ていると思った。

不愉快魔法『浮』は人間に、足場魔法は物質を対象としているという違いがある。

魔法の内容は地味だが、足場魔法のほうが魔法の規模が大きい。

地面から生えている木が抜けていき、空中で横になり、階段状に積み上がっていく。

さらにその上、地上から20mほどの高さに、リオサ森林地帯の木や岩、土が集まり平場を形成していく。それが足場となり、ミアーネの方に続いていく。


「相変わらず、オルスロンの魔法はすごいなー。大工さんとして、地道に金槌で釘打ったりするんじゃなくて、直接魔法で家を建てた方が早いんじゃないの?」

樹木の階段を上がりながら、リアンは尋ねた。


「分かってねーな、リアンは。魔法なんかに頼らず、自分で何かを作るのがいいんじゃねーかよ。達成感ってやつ?それを味わうために、大工やってるようなもんよ!


ちなみに、俺の魔法で家を建てるなんて複雑なことはできねえ!浮かせるだけ!しかも、形を維持するために、魔力放出し続けなきゃいけないから、俺死んじゃうよ!」


笑いながら話すオルスロン。

自身が作った階段を1段飛ばしでピョンピョン上がっていく。


リアンもそれに続いて上がっていく。時折キールのことを考え、リオサ森林地帯を振り返る。

上空20mの平場まで上がり、まっすぐミアーネの町やを目指す。

歩きながらリアンは、この足場魔法があれば、すぐにリトナミに着いたのではと考えたが、すぐに否定する。

この魔法を使えば空から一直線で目的地に行けるが、魔法の規模が大きすぎて目立ってしまう。こっそり逃げるのには不向きだな。と、キールの逃亡劇から離れたと思っていたが、心のなかでは完全に離れられていないリアン。


「ミアーネの町が見えてきたね。」


町から離れていたのはわずか1日だけだったが、何十年も離れていたような感覚だった。


ここまで帰ってきたんだ。


「よーし、降りていくぞ。」

オルスロンの言葉と共に、付近の木々が、階段を作っていく。

そうして、オルスロンとリアンはミアーネの入り口付近に降り立った。

日は登り始めており、陽の光が町並みを照らしていく。


リアンの家の近くまで来ると、オルスロンは町の方に行くと言い、二人はそこで別れた。


別れ際に、「軍の奴が来ても知らんぷりしてろよ!知ってる素振りを見せたら、あの女の情報を聞き出すために何されるか分かんねーからな!…そんじゃあな!今日は仕事休みなんだから、ゆっくり休めよ!」と忠告を受けた。


1人になったリアンはとにかく眠りにつきたかった。

疲れたというよりは、現実逃避をしたかった。

寝て起きたら、また何も特別なことがない日常、キールの事件が起きる前の日常、何も起きなかった日常に戻る…そう願って眠りにつきたかった。


家の玄関の扉を開ける時に、違和感を感じた。


鍵が開いている…?昨日学校に行く時戸締まりしてなかったか?


中に入り確認すると、荒らされたような形跡はない…が、どこか違和感があった。

しかし、リアンは眠ることを優先し、ベッドに倒れ込んだ。

学校のことやオルスロンに言われたこと、そしてキールのことを考え、眠りについた。


どれくらい眠っだだろう。

チャイムの音で目を覚ます。


…身体をゆっくり持ち上げる。今になって、とてつもない疲労が身体を襲う。時計を見ると、1時間ほど時間が経過していた。


昨日旅立ってから、一度も着替えていなかったが、着替える気力もなかったため、そのまま来客の対応をする。

玄関まで行くと、扉の外からとてつもない殺気を感じた。


一度、扉を開けるのをためらったが、殺気の主が気になりドアノブに手をかける。


扉を開けた先には、男が2人立っていた。


1人はグレーのコートを着ており、黒い髪が整髪料でキレイにまとめられている。腰には帯刀しており、胸のところに軍のバッジがついている。

もう一人は同じくグレーのコートを羽織り、金色のウェーブのかかった髪で彫刻のように美しい顔立ちをしている。しかし、顔色は悪く、若干息が荒い。こちらは帯刀していない。


金髪の男の様子がおかしいことに気にもとめていない様子の帯刀の男が話しだした。


「お帰りになられてましたか。あなたがリアン=ストロングシールドさんですか?我々はノリエガ軍の者です。申し遅れましたが、ルーズと言います。そして、こちらが…」


隣の金髪の男に自己紹介するように促すが、胸のところを抑えて呼吸が苦しい様子だ。とても、喋れる状態ではない。

それを察して、帯刀の男が続ける。


「……こちらは、同じくノリエガ軍のホークスと言います。それで、本題なのですが、一昨日のミアーネ魔法学校の暴行事件について、リアンさんにお聞きしたいことがあるのですが、お時間よろしいでしょうか?」

「一昨日の…事件ですか?薄っすらとは聞いてます。キール…先生が容疑をかけられていると聞きました。」とリアンはオルスロンの忠告通りに嘘を付いた。


「ええ、お話は聞いているのですね。それでですね…昨日はどちらにいらっしゃったんですか?」

「昨日は…体調が悪かったので、1日中寝ていました。頭痛と吐き気と…、学校に休む連絡もできていないので、昨日は無断欠勤する形となってしまいました。」

今日が学校の休日でなかったら、今日も欠勤していただろう。


「そうでしたか。」ルーズが答えたあと、「…ハァ…ハァ…」と隣の金髪の男は冷や汗をかいて、辛そうな声をあげていた。

「……あの、そちらの方は大丈夫ですか?顔色が悪いように見えますが。」

ホークスと呼ばれた男は…息を整えて、リアンの問いに答える。

「ああ……わたしのことは気にしないでくれ。ルーズ続けてくれ。」

「分かりました。」


「では、続きの質問を……事件が起きた日は何を?」

「その日はたまたま休暇をいただいていました。実家に帰省するために。」

「失礼ですが、実家はどちらに?」

「エショルです。あと、帰省と言っても父も母も昔に亡くなっているので、墓参りで帰っただけです。」

「そうでしたか。では、事件当日の容疑者キールの様子も分からないですよね。


すみません、お休みのところ申し訳ありませんでした。また、軍の者が伺うかもしれませんが、その時はまたご協力よろしくお願いします。」

「…はぁ、分かりました。」

そう言って扉を閉めた。


なんとか誤魔化せたかな…


そう思い、リアンがベッドに戻ろうとした時、誰かの怒声が聞こえた!

「……そうじゃねえだろおおおがよおおお!!!」


怒声と共に『ズグシャアッ』という、何かが潰れる音がした。

そして、扉がまたバーンと勢いよく開けられた。

リアンは扉を閉めた後、すぐに施錠していなかった。


リアンの家に先ほど訪れていた二人組の内、金髪の男が入ってくる。先ほどと違うのは、返り血が顔や服にかかっていたことである。


「ふぅ、スッキリしたぜ。先ほどはうちの部下が杜撰(ずさん)な聞き取りをしてすまなかったな。」

少し前の辛そうな様子が嘘のように、ホークスは平然と立っていた。


「さっきまで苦しんでいたのに、今は何事もなかったようにしているのが不思議なようだな?」


ホークスは家の中に入り扉を閉め鍵をかけた。


「改めて自己紹介させてもらう。わたしの名はホークス。ノリエガ軍次将だ。それと…わたしには殺人衝動があってね……2〜3日に1回は誰かを殺さないと発作が起こるんだ。さっきの息苦しさはそれだったのさ。今はルーズを殺したから落ち着いたよ。」


何を言ってるんだこの男は…?殺人衝動…?発作…?

さっきまで一緒にいた仲間は殺したのか!?


「驚かせてすまないね。本当は発作を抑えるために君を殺そうと思ったんだが、犯罪者キールに繋がる気がしたのでね。生きててもらうことにしたよ。」


ホークスの予想外の言葉に頭が追いつかないリアン。


「キールさんに繋がる?なぜそう思うんです?」

あくまで口を割らないリアン。


「…君の靴とそのズボン。やけに汚れているね。ところどころ葉っぱがついている。その葉の種類はリオサ森林にしか生えないアナノチの木の葉だということはご存知かな?」


うかつだった。靴を隠し、ズボンを着替えていればよかった…!


「一緒に来てもらおう。ノリエガ様のところへ。」


ホークスが一歩リアンに近づく。

ホークスの魔力が強まる。


『保管魔法』…発動!


途端にリアンの意識は一旦途切れ、気づいたときには知らない部屋に立っていた。部屋の壁や天井の色は白く、窓や扉はない。


ここはどこだ…!?ホークスと呼ばれていた男は…?

一体何が起こった。


1辺が5mほどの立方体の部屋、その部屋の隅に、ホークスと一緒にいたルーズの死体が倒れていた。頭は硬いものに叩きつけられたかのように潰されていた。


あの軍の人の死体もここにあるということは、僕がここにいるのもホークスという男の仕業なのか?

そうか…これはホークスの魔法なんだ。

それなら、魔法の使用者であるホークスを倒せばここから脱出できるかもしれない。


それなら、こちらにも考えがある…。



ホークスは固有魔法である『保管魔法(ほかんまほう)』でリアンを捕獲した後、リアンの家の中を捜索した。しかし、キールに繋がる物は何一つ見つからなかった。


「仕方ない、ノリエガ様のところに戻るか。ルーズを殺したことも報告せねば…」


ホークスはリアンの家を出て城に戻ろうとする。

その時、急に空が曇りだした。


ホークスが空を見上げると、家や木や馬車が浮いていた。

異常な光景に言葉を失う。


「こ、これは…一体何が!?」


すると空に浮かぶ家の上に、紫色の髪の青年が立っているのが見えた。青年がこちらに気づき叫ぶ。


「おい!お前がホークスってやつか?うちのリアン返してもらおうか!!」


「リアンの『伝達魔法』か…。わたしの魔法の内側から発動するとは。魔力の格付けはわたしのほうが下ということか。まあいい。


…『保管解除』B-4。」


次の瞬間、ホークスの右手に1.5mほどの長さのハンマーが出現した。ハンマーの素材には骨が使われており、人間の骨がいくつも組み合わさりハンマーの形を成していた。


「魔法武具『敗者の槌(つち)』…これには今までこの槌で潰してきた人間の魔力が凝縮されている。この槌で命を絶たれた者の骨はこの槌の一部となり、この武器の糧となる。お前もこの武具の一部にしてやろう。」


「うへぇ…気持ちわりい…!やれるもんならやってみろ!!」


オルスロンは上空の足場から勢いよく降りカカト落としをホークスの頭上に落とす。

ホークスは敗者の槌で受け止めたが、カカト落としの威力で槌の一部の骨が崩れる。


なんだ…!この魔力量…!?こいつ人間か…?


素早く地に降り、追撃をするオルスロン。

拳をホークスに突き出し攻撃する。

ホークスは敗者の槌で応戦する。


槌の頭とオルスロンの拳が激突する…!

そして次の瞬間…バゴッッという音と共に槌の頭が破壊された。


「その武器脆いんじゃない!?そらっ!もう一発!」

オルスロンが蹴りを繰り出すが、その足を受け止め、両腕で足を掴む。次の瞬間、魔法を発動するホークス!


「『保管魔法』A-17…」「『足場魔法』突き上げろ!」

オルスロンの体がホークスの前から消え、上空に舞い上がる。


地面の土を突き上げさせて、その勢いで空に逃げたか…!

ならば…


「『保管解除』B-5…魔法武具『兵(へい)二(じょう)棍(こん)』。」長い棒状の武器が握られる。一見するとなんの変哲もない棍だ。


「だが魔力を感じるな。あれも魔法武具か?」


空の足場から下を覗くオルスロン。

敵の出方を見る。


するとホークスは浮遊させた足場を使って登ってくる。

同じ足場に立ち魔法武具で攻撃を繰り出す。それを受け地面へ落下するオルスロン。

落下の直後、付近の草が集まりクッションのような足場となり、オルスロンの体を受け止める。


その後、ホークスはオルスロンに向かって棍を振り下ろしながら攻撃する!オルスロンは攻撃を躱しきれず、棍がオルスロンを殴りつける。


さらに、兵(へい)ニ(じょう)棍(こん)での攻撃の手を緩めないホークス。次々と攻撃を当て、オルスロンを疲弊させていく。


棍という致命性の低い武器だからか、オルスロンの持ち前の防御力が高いためか、攻撃を受けつづけても怯まないオルスロン。


しかし、ダメージは確実に蓄積していく…。


オルスロンは棍での攻撃が一切躱せないことに気づく。

何故か躱せないところに攻撃がくる…。

オルスロンの経験上、ここまで人間の攻撃が躱せないことはなかった。


あの魔法武具の能力か…

だったら、攻撃を受ける前に攻撃する!


オルスロンは攻撃態勢に入る。


一方、ホークスの方も決定打が出せず、勝負を決めきれずにいた。


なぜこいつはこんなに硬い…!?

そして、この魔力量…魔人か…!?


ホークスは5年前の魔人掃討戦のことを思い出す。紫色の髪の青年はその時の生き残りだ。確か名前は…


「魔人…オルスロン。」ホークスは小声で呟く。


そうと分かればもう出し惜しみはしない。

あの方から盗んだ“アレ”を使う。


ホークスは固有魔法を使う。

「『保管解除』B-99…『狂薬(くるいぐすり)!』」

出現した瓶を開け、赤い液体を数滴飲む。


その瞬間、魔力がホークスの全身に流れ出す。

肉体が筋肉で膨れ上がる。オルスロンの動きが止まって視えるようになった。


なるほど…初めて飲んだが、これが狂薬(くるいぐすり)の効果か…!

今の自分が敗北する姿が想像つかんな!!


再び、オルスロンとの間合いを詰め、棍で連続攻撃をする。

一発一発が命に届く威力!


オルスロンは魔力を防御にまわし、防ごうとするが、ホークスの跳ね上がった攻撃力の前に為す術がなく膝から崩れ落ち、地面にうずくまる。


この俺が…全く歯が立たないなんて…


そこにホークスが近いて、オルスロンの頭を鷲掴みにする。


「なかなか強かったぞ、魔人よ。『保管魔法』A-17!」


オルスロンはそのまま意識を失った。




ホークスの保管魔法は、ホークスの魔力で管理している異空間に、物や人を閉じ込めるというもの。

閉じ込める部屋は『A-0』〜『A〜99』、『B-0』〜『B-99』、『C-0』〜『C-99』の合計300部屋存在する。

また、用途によってA⇒人間用 B⇒魔法武具といったように、アルファベット毎に使い分けている。

また任意のタイミングで、異空間から取り出すこともできる。


ボロボロになったオルスロンはリアンと同じA-17の部屋に送られた。


突如部屋の中に出現したオルスロンに驚き、駆け寄っていくリアン。


「オルスロン、大丈夫?ボロボロじゃないか…!すぐに回復させるね…!」

基礎魔法『回復』を発動させる。


オルスロンさえも倒す男、ホークス…

僕らはこのまま城で殺されてしまうかもしれない…

どうすれば…



戦いが終わり、外ではホークスが狂薬の力に酔いしれていた。


「狂薬…素晴らしい!まだ飲み干す訳にはいかんな。」


薬の効果が切れ、ホークスは魔法が使えない状態になっていた。

戦いを見るために野次馬が集まってきていた。

ホークスはなるべく顔を見られないようにし、城に戻っていく。


城にあと少しでたどり着くというところで、厄介な男と出会ってしまった。男はホークスに気がつくと近づいてきた。

その表情は驚きと怒りに満ちていた。

男はホークスに向かって叫ぶ。


「なぜ、貴様からキールにかかってる呪いと同じ魔力を感じるんだ!?何か知っていれば洗いざらい話してもらうぞ!ホークス…!」

「何のことかわからんな。そこをどけ!ノリエガ様がお待ちなんだよ!アントーン…!」


男の正体はアントーンだった。

アントーンの感知魔法は、ホークスからキールにかかってる呪いと同じ魔力を感じ取っていた。


それは果たして、ホークス自身の魔力なのか…?それともホークスが保管しているモノの魔力なのか…?


続く

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