第8話 キールとリアン
「こんばんは~お邪魔しまーす!」
ザガーロは元気よく民家に入って行った。
現在夜中の2時をまわっており、人が訪れる時間ではない。
しかし、非常識な時間帯の来訪者に、家主が玄関に駆けつける。全く見知らぬ人物に戸惑いが隠せない。
「おい、アンタ誰だ!?鍵がかかってたはずだがどうやって入った!?」
「あっ魔法っす!ちなみにお聞きしたいのですが、キールという女性はここにいますか?」
そう言いながら、ザガーロはキールの指名手配の似顔絵を見せる。
「こんな女知らないよ!さっ帰ってくれ!」
「ちぇー、さすがに1軒目から当たりは引かないか〜。おじさんありがとね!」ザクッ!
ザガーロは家主の心臓に、手持ちのナイフを突き立てる。心臓からは大量の血が流れ、家主の男は倒れる。
玄関の異変に気付いたのか、奥から男の奥さんらしき人が出てくる。玄関で血を流し倒れる自分の主人を見て悲鳴をあげる。
「うるさいなー。」
しかし、ザガーロは女性の心臓にもナイフを突き立て、命を奪う。
基礎魔法『感知』発動!
この家には人の気配はもうない。どうやら二人暮らしのようだ。
「この家は終わりかな〜?」
一応部屋の中を物色し、生存者を探すザガーロ。
部屋の様子を確認し、夕飯の食べ残しを見つける。
「おっ夕飯の残り見っけ!もらっちゃおう!飯まだだったんだよね!」
家の外に出て、次は隣の家に侵入する。先程と同じくザガーロが家の中に呼びかける。
「ごめんくださ〜い!どなたかいませんかー?」
〜同時刻 シルネ家〜
コンコンコン
キールの寝室をノックする音が聞こえる。
シルネだと思い、扉の向こうに聞こえるように返答する。
キールは一度眠りについたが、胸騒ぎがして少し前に目が覚めていた。
「シルネかい?入ってくれ。」
すると扉がゆっくり開き、パジャマ姿のシルネが入ってくる。
「ミアさん、ごめんね。寝てたでしょ?」
「いや起きてたから構わないよ。どうかしたのかい?」
「ごめんなさい。…実はミアさんに嘘をついてたことがあって…。それを言いに来たの。本当は明日言おうと思ってたんだけど…、気になってたら眠れなくなっちゃって。」
「嘘…?奇遇だね。実はわたしもシルネに嘘をついてたことがある。」
「えっ…ミアお姉さんも!?」
「ああ…まずはその“ミア”という名前が嘘だ。本当の名前はミアではなくキールという。そして、仕事で旅をしているというのも嘘だ。」
次の言葉を言ったら、シルネは不安がるだろうな。
だが真実を伝えねばならない。
「わたしはお尋ね者でね。軍から追われている身なんだ。」
「えっ!?」
途端にシルネは不安そうな顔になる。
やはり困らせてしまったか…
少し早いがこの家を出て行こう。
これ以上、この少女に迷惑はかけられない。
「シルネ、わたしはここを出て行くよ。やはり犯罪者とは関わるべきではない。いろいろとよくしてくれてありがとう。」
少ない荷物をまとめ、部屋を出て行こうとするキールを後ろから抱きしめて止める。
「違うの、お姉さん!わたしの話も聞いて!」
必死に引き止めるシルネを見て、キールは寝室から出ていくのをやめた。
「どういうことだい?」
「あのね、ミアさん……いや、キールさん?か。昼間キールさんに声をかけたのはね。見えちゃったからなの。」
「…何が見えたんだい?」
「………死神。わたし、もうすぐ死ぬ人の背後に死神が見えるの。だからお姉さんは今から1週間以内に命を落とすの!それを教えたくて声をかけたの!なかなか言い出しづらくて、ここまで引っ張っちゃったけど…」
ああ…そうか。なぜ今まで気が付かなかったのだろう。この子が纏(まと)っている魔力に。
この子も魔女なんだ…!
「死ぬことは回避できるのかい?」
死を宣告されたが、ほとんど動揺せずに少女に質問する。
キールにとって、死はさほど恐れるものではないからだ。
「…分からない。でも、わたしが近くにいれば、死を回避できるかもしれない。死が近づくと死神の存在が濃くなるから、それが分かれば危険な場所から逃げられるかもしれない!」
「なるほどね。確かにそれが分かるなら、わたしの生存率は上がるかもしれない。しかし、わたしに付いてくるということは、シルネも死ぬかもしれないんだよ?そんなのわたしは嫌だね。」
「そんな…」
「こんな犯罪者に優しくしてくれてありがとう。君は優しい子だね。」
「犯罪者でもわたしはキールさんのこと好きだよ。少しの間しか一緒にいなかったけど分かるんだ。キールさんの方こそ優しい人なんだって。」
「ありがとう。」
「へへっ。」
こんなわたしのことも助けようとしてくれるだなんて。尚更この子は巻き込めないな。そして、これからすぐ起こる戦いからも。
「ごめんくださ〜い!夜分遅くにすみませ〜ん!」
突然シルネの家の玄関の方から大声が聞こえた。
シルネは謎の声に恐怖し震えだした。
「こんな時間に誰だろう…?っていうか、あれ?今の声、家の中で聞こえた気がする。もう誰か中に入って来ているの…!?」
「シルネ!わたしの後ろに…!」
「見〜〜つけた!」
バギッと寝室の扉を破壊し、男が入室してくる。
「あれれ〜、本当にいたよ!反則の魔女キール!オレ昔から大ファンでした!もしよかったら命ください!!」
そう言うと、キールの心臓めがけてナイフを突き出す。
それを紙一重でかわし、シルネを抱えて家を出る。
屋内での戦闘はナイフの方が多少有利だ。屋外へ誘い出そう。それにしてもあの男は誰なんだ?
月明かりのみが、町を照らしている。キール達は家のそばの道路に出て、敵が姿を見せるのを待った。
「シルネ、戦いの邪魔にならないところに逃げてな。」
「えっ…?でも…キールさんはどうするの!?」
「ここであの男を倒す。」
「危ないよ!一緒に逃げよう!」
「こう見えて、わたしは最強なんだ。わたしに付いてる死神は濃く見えるようになったかい?」
「まだ…濃くない。」
「じゃあ、今日が命日ではないということだね。」
「キールさん…」
「さあ、逃げてくれ。」
シルネはキールを信じて、安全な場所に避難するために走った。
その直後、侵入者の男が家から出てきた。
「なんで逃げちゃうの?つれねーなあー。」
片手のナイフを指でつまみ、プラプラと揺らす。
周りを見ると、外には切りつけられた死体がいくつか転がっていた。恐らくヒデオタークの住人で、こいつにやられたんだろう。
すまない…
キールはザガーロの方に向き直る。
こいつは次将なのか…?
薄汚れた身なりに、ボサボサの頭、靴には穴が空いている。
とても、軍の人間の風貌とは思えない。
「君も軍の人間なのかい?」キールはザガーロに問う。
「うん、そうだよ〜。これでも一応アントーンさんの下で次将をやらせてもらってるザガーロって言います。以後よろしく!」
「わたしが抜けてから、軍は人を採用するセンスがなくなってしまったようだ。」
キールが皮肉を言うが、気にもとめていない様子だ。
「軍の採用方法は、今も昔も変わらないよ。強いやつが選ばれ、上にのし上がる!」
ザガーロはナイフでキールに切りかかる!
速いな。肉体強化か…
基礎魔法にしては精度が高い…!
これは、固有魔法だね…!
予想外のナイフ捌きに、肩のあたりにナイフの一撃を受けるキール。速いだけでなく、キールの身体に傷をつけるほどの攻撃力。
一体どんな魔法なんだ。
「基礎魔法『衝撃』。」
すかさずキールも距離を取り反撃する。
キールの指先から放たれた無数の紫色の閃光がザガーロに降り注ぐ。
閃光が当たり、煙が舞う。
しかし、ザガーロには当たらない。
手応えがないな。どこへ行った…?
煙が消え、視界が開けたが、そこにザガーロの姿はない。
魔力の気配もない。周辺にはもういないのか…?
やつの狙いはなんだ?
まさか、シルネを狙いにいったのか!?
ザガーロがシルネを追ったと判断したキールは、シルネが走っていた方を向く。
ドスッ… 背中に鈍い痛みが走る。ナイフで刺されたような…
「背中ががら空きですよ。お姉さん!どこに行こうとしてんの〜〜!?」
ザガーロは背後の家から現れた。
シルネの方を襲いに行かず、民家に身を潜めていたようだ。
わたしの『衝撃』を躱して、家に逃げ込んだということか…?
ザガーロの魔力にはムラがある。攻撃する瞬間に強まり、隠れている時は弱まった。
この男にそんな器用なことができるか…?
背中から血を流すキール。すかさず基礎魔法『回復』で修復を始める。
ザガーロは攻撃の手を緩めず、キールに連続で切りかかる!
キールはそれらを躱そうとするが、少しずつ攻撃が当たりだす。
肉の皮1枚で躱しているが、相手の攻撃精度が高く、徐々に体力と血を消耗していくキール。
キールは相手の攻撃に合わせ、ザガーロの腹部を殴る。
ザガーロは後方に吹っ飛ぶが、手応えは弱い。
そして、先程と同じくどこかの民家に入るザガーロ。
民家に入る瞬間、魔力量が上がる…
移動というよりワープに近い。
それが何かの魔法発動のためのスイッチなのか。
何かの条件で発動する魔法。
そして、ザガーロは後方の民家から出てきてキールに切りかかる。
切りかかる瞬間も魔力が上がる。
その時のザガーロの魔力量はキールの魔力と同等に跳ね上がる。
キールも本気で躱すが、いくらか切りつけられてしまう。
ここまでの攻防でザガーロは無傷なのに対して、キールの身体にはナイフで切りつけられた傷が増えていく。
このままでは負けてしまうな。
全く…火傷の男といい、このナイフ男といい、わたしが軍を去ってから、楽しい奴らが増えたみたいじゃないか。
やはり使うしかないのか…!
「このままでは埒(らち)が開かないが、負けるよりマシだろ?反則魔法……」
ザガーロから、距離を取るように離れる。
魔力の出力をあげる…!
反則魔法『有言実行』!発動!
「お前を殺す。」
ザガーロが再び距離を詰める。
「俺を殺すだあ!?やってみろよやあああ!」
ザガーロのナイフを全て躱し、姿を消すキール。
ザガーロは見失う。
「さっきまでと動きが違うんじゃない!?ねぇ、お姉さ……」
ドゴウッ!!
ザガーロの左顔面に衝撃が走る。
「なぜ町の人間を殺したんだ?」
ドゴウッ!!
次は右顔面を殴る。
「ぐはっ……!殺した…?殺したってぇ…お前を探すためさ!
感知魔法の精度を上げるために!」
ドゴゥッ…!
また、左顔面を殴り、ザガーロが路上の街灯に叩きつけられる。
顔を3発殴られただけだが、痛みでもう動くことができない。
ザガーロは回復魔法を習得しておらず、折れた顔の骨を修復できない。
パンチ3発でこれかよ…いてぇなぁ…
ここまでかよ…!こいつを殺して…50万ゼル…欲しかったなー…
とてつもない魔力を纏(まと)ったキール。魔力量と密度が通常のおよそ5倍程に膨れ上がっている。
「反則魔法『有言実行』は君の魔法から着想を得た。条件付きで発動する魔法だ。自身が実行したいことを口に出し宣言し、それが完了するまで魔力を増幅させる。君の魔法も似たようなものだろ?」
ザガーロは観念し、自身の魔法について話し出す。
「俺の魔法は『犯罪魔法』。その名の通り、犯罪を犯す行動を取ると魔力が増幅する。例えば、不法侵入や殺人なんかをしようとすると、魔力による補助を受け、身体能力の向上やワープと言った魔法が使えるようになる。俺の魔法で身体能力を上げても、お前には勝てなかったけどな…。」
「なるほど。それであの強さだったのか。民家へのワープは『犯罪魔法∶不法侵入』、驚異的な身体能力は『犯罪魔法∶殺人』でわたしを殺そうとすることで魔力を底上げしていたのか。」
「その通り!正解!正解!んで……」
ザガーロの魔力が膨れ上がる。キールによって殺されることを悟ったザガーロは最後の悪あがきに出た。
「……これが、『犯罪魔法∶激発物破裂』って言うの!じゃあねー!」
次の瞬間、ザガーロの体は大きく膨れ上がり爆散した!
そのザガーロが生み出した爆風がヒデオタークの町を襲う。
ザガーロは自分の命と引き換えに、強大な魔力で爆発を起こした。
民家はなぎ倒され、ほとんどの人間が家屋の下敷きになり死亡した。
皮肉にも反則魔法『有言実行』により、魔力による防御力を上げていたキールは、この爆発によるダメージは殆どなかった。
そして、ザガーロの死亡を確認すると、キールの魔力量は元に戻った。
ザガーロがいたところを中心に周辺は更地となり、そこから離れた位置にある家屋も軒並み倒壊していた。
キールは爆心地の中心にポツンと1人立っていた。
「最後は自爆か。それにしても…」
キールは周りを見渡し、自身が招いてしまった惨劇を確認する。
「わたしのせいで…こんな。」
いつもは冷静なキールも目の前の光景に絶望する。
「そうだ…シルネは…!?」
シルネが逃げていった方向に進むキール。
瓦礫の山をかき分けていく。
「シルネー!どこにいる!?無事かー!?」
今のところ、生存者は1人も見ていない。
もしかしたらシルネも…
最悪な結末がキールの頭をよぎる。
町の外れの方に来た時、銀色の髪の少女が建物の下敷きになっているのを発見した。それは紛れもなくシルネだった。
瓦礫を退かし、シルネを抱きかかえる。微かに息があるがもう長くない。
シルネはキールの顔を見ると一言だけ漏らした。
「………よかったね、お姉さん。生きてた……」
シルネは力なく笑った後、息を引き取った。
シルネの亡骸を抱え、キールは今までの逃亡を後悔した。
わたしは…何をやっていたんだ。
つまらない理由で犯罪者になり、同僚のリアンを危険な目に合わせ、1人逃げ込んだ先の町では、優しくしてくれた少女を巻き込み死なせてしまった。関係のない周りの人間も大勢死なせた。
わたしのせいだ…わたしのせいだ…
なぜここまで生き延びた…?
大した生きる目的もなく…わたしは…
キールは少女の亡骸をそっと置くと、魔力を練り出した。
これが最後の魔法になるな。
最期のー
反則魔法………『自害』…
『ダメです!キールさん!』
……!これは…伝達魔法!?
突然、脳内に懐かしい声が響く。
キールは魔法の使用を中断する。
空は白み、夜が明けようとしている。
朝日の逆光で誰だか分からないが、キールに向かって走ってくる影が3つある。
一番小さい影がキールに飛びつき、抱きしめる。
「キールさん、死んじゃダメです!!絶対死んじゃダメです!!」
泣きながら叫ぶのは、リアンだった。
リアンの後ろから残り二つの影も追いつく。
紫色の髪の青年が口を開く。
「ったく、勝手に突っ走りやがって!こういう時だけ、足はえーんだからよ!」
魔人オルスロンの姿がそこにあった。そして…
「キール無事か?……お前が血迷った魔法を使おうとしたから、リアンが全力疾走しちまったじゃねーか!」
そう言ったツンツン頭で2mの大男は言葉を続ける。
「久しぶりだな!キール!1人でよく頑張ったな!」
感知魔法のスペシャリスト、“絶対防御のアントーン”の姿もそこにあった。
「なぜ…ここに?」
心の内では嬉しくて堪らないキールだが涙を流すまいと必死に堪えた。
「それは…話せば長くなる」とアントーン。
「とりあえず離れろよ、リアン。キールが困ってんだろ?」とオルスロン。
ワンワン泣くリアンはキールから離れ、改めてキールに言う。
「僕はもうキールさんから離れません!!死ぬまでお供します!!お供させて下さい!!また、僕と一緒に逃げましょう!!」
なんだこれは?
なんでわたしはこんなことで…心が希望に満ちるんだ。
でも…みんな…ありがとう…
そして、リアンくん。
「この登場はカッコよすぎるだろ。反則だよ…!」
そう言ったキールの目にも涙が溢れた。
続く
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