第7話 ネイシャルアーツ
リオサ森林地帯より少し西ー
サトコ山岳 中腹部
ここの複雑な地形を馬で移動する軍の魔法使いがいた。
4名の部下を引き連れ、山々を越えてリオサ森林地帯に近づいていく。
サンカエル国からの通知で、罪人キールがリオサ森林地帯にて目撃されたとの報告があり、キールを探し出すために東へ向かっている。
国将(こくしょう)ボロスの命により、1人戦地を離れ、キールの追跡を続けるボロス軍次将のグリアンテだった。
グリアンテはボロスとは同じ時期に軍に入り、お互い切磋琢磨した仲だった。しかし、ボロスは早い段階から頭角を現し、みるみるうちに出世していった。
お互いに競いあっていたと言うが、グリアンテは内心ボロスには敵わないと常日頃から思っていた。
しかし、ボロスの方はグリアンテを高く評価しており、周りには“自分のライバルだ”や“俺達は二人で国将になる”と言っており、対等な関係として認めていた。
しかし、上からの評価は二人の差を明確にした。
国将ノリエガがボロスの方を国将に推薦したのだ。
しかし、グリアンテは友の出世を自分のことのように大いに喜んだ。
ボロスは自分だけが国将になったことに納得していなかったが、国将になったことで、グリアンテを自分の次将になるように推薦した。
当時、ボロスより劣ってるとはいえ、グリアンテの実力は多方から認められており、国将ボロス以外に国将ディールからも次将に推薦されていた。
しかし、グリアンテは迷わずボロスの軍を選択した。
それからおよそ11年間、ボロスと共に戦場で戦ってきた。
しかし、いくら戦果をあげても、一向に国将の話は出なかった。
そんな折に出た、元国将キールの処刑命令。
ここで成果をあげれば、国将になれるかもしれない。そう考え、自らキール殺しを志願した。
ボロスはグリアンテの身を案じてか、偵察するだけにしろとの命令をしてきた。しかし、グリアンテにその気はなかった。
キールの首を持ち帰り、国将に昇格することを考えていた。
ボロス様…いや、ボロス。もう少し待っていてくれ。
国将と次将という、位(くらい)に差ができてしまったため、いつしかボロスに敬語を使うようになっていた。しかし、この任務を遂行し、俺はまたボロスと対等になる…!
認めさせるんだ…!ノリエガに!アルベイラ国王に!
グリアンテは部下達を振り返る。
「ヨクナ、リオサ森林地帯まであとどれくらいかかりそうだ?」
ヨクナと呼ばれた眼鏡をかけた部下は、地図を取り出しながら報告する。
「あと1時間ほどかと。」
「分かった。よーしお前ら、ここらで休憩だ。」
一旦馬を止め、各々岩場に腰を下ろす。
1日半ぶっ通しで歩き続けたため、身体能力が高い選りすぐりの部下達もさすがに疲労しているようだった。
1時間ほど休憩し、それから出発しよう。
グリアンテは懐に忍ばせた赤い液体の入った小瓶を手に取り眺めた。偵察任務出発前にボロスから“いざという時に使え”と渡されたものだ。
小瓶の中身は『狂薬(くるいぐすり)』というもので、他の国将達とボロス軍の次将しか知らない薬である。
ボロスの体内に流れる特別な血液を抽出して、調薬したもので、飲めば3日3晩身体能力と魔力がおよそ10倍に上げることができる。平均的な能力値の魔法使いでも、魔人を難なく倒せるようになるほどの力を得られる代物だ。
また、薬を飲んでから負ったダメージは瞬時に回復し、致命傷でさえも自然治癒で修復することができる。この薬のデメリットは効果持続期間の3日を過ぎると、①魔法がしばらく使えなくなるということと、②効果が切れた瞬間、薬で回復したダメージ量と同等のダメージが使用者の身体を襲うということの二つがある。
得られる効果は大きいが、あくまで、一時的なドーピングアイテムである。
グリアンテは、この薬は使わないと決めている。
ボロスの助けなしで、キール殺しを達成したいと考えているからだ。
再び薬の入った瓶を内ポケットに入れ、仲間と共に休息をとる。
しばらくくつろいでいると、感知魔法に一番長けているザズルという部下が声をあげた。
「グリアンテ様、国将レベルの魔力量を持つ者が近くにいます…!」
「本当か?だが、まだリオサ森林地帯から距離があるな。森林地帯からこちらに向かって来てるのか?」
「いえ…森林から間逆の後方からです…。私達が通ってきた方から魔力を感じます…!」
「何!?後ろからだと!?」
動揺していると、1台の馬車が、グリアンテ一向が下ってきた坂の上に姿を現した。その馬車を操る男に見覚えがある。
「あいつは…ゴーマか?」
ネイシャルアーツの次将であるゴーマだった。ゴーマの操る馬車は、そのままグリアンテ達の傍まで来て止まった。
馬の上からゴーマが話しかけてきた。
「あなたがたは、ボロス国将の部下達ですね。おや、グリアンテ殿もいらっしゃったんですね。元国将キールの処刑のためにここにいるのでしょうか?」
「いや、俺達は偵察のためキールがいると思われるリオサ森林地帯を目指している。国王の命令が出たため、一応はここまで来たが、キールと戦闘するつもりはない。」
グリアンテの本心ではキールを殺し、手柄をあげようと考えていたが、当初のボロスの命令通り、“偵察で来た”と嘘をついた。
それを聞きゴーマは無表情で答える。
「そうでしたか。それなら引き続き偵察任務に励んで下さい。それでは失礼します。」
ゴーマは馬車を進め、グリアンテ達の横を通り過ぎる。
ほんの一瞬緊張が走ったが、何事もなくその場は終わった
…かのように思えた。
シャリン…
鉄のような物が空を切る音がした。
今の音は何だ…?一瞬何かが前方の馬車の荷台から飛び出したような…
ドサッ…とグリアンテの後方から何かが倒れる音がした。
グリアンテ達が振り返ると、部下のヨクナが倒れていた。
そして、ヨクナの胴体から2mほど離れたところに、ヨクナの首が転がっていた…!
「何だ!?これは!?」
シャリン…、シャリン…
また、鉄が空を切り裂く音がする。
その直後、グリアンテの両脇の部下が倒れ、その拍子にどちらの死体も首と胴体が分離した。
4名いた部下の内3人が倒れ、生き残ってるのはグリアンテと部下のザズルだけとなった。
「どういうことだ!?ゴーマ!これはお前の魔法か!?」
「いいえ、わたしではありません。…ネイシャル様です。」
ゴーマは馬車から降りて、こちらの様子を見ている。
何が何だか事態が飲み込めていないグリアンテ達の後方の岩場の上から、若い女の声がした。
「この中に嘘つきがいるなー。」
「な、何を言ってやがる!?」
不意に聞こえた声に部下のザズルが反応した。
その直後、また何かが空を切る…!
シャリン…
ドサッ… ザズルの頭部は胴体を離れ、ザズルの足元に落ちた。何かで首を切断されたのだ。
グリアンテが再度ゴーマの方を見ると、先程までその場にいなかった黒い着物に身を包んだ少女が跪(ひざまず)くような態勢で、ゴーマの真横に出現した。
少女は目をつぶり、刀を右手に持ち、下を向いている。微かにだが、寝息のような音が聞こえる。
「眠り姫…ネイシャルアーツ!あんたがやったのか!?」
少女…ネイシャルアーツは答えない。微動だにせず、目をつぶり下を向いている。
すると、横にいたゴーマが話しだした。
「ネイシャル様は、お休みになられている。今は質問は控えていただこう。」
「ふざけたことを言うな!明らかにその女、ネイシャルアーツが俺の部下を殺したんだろうが!?寝ている訳がないだろ!?」
「グリアンテ殿、ネイシャル様は…」
ゴーマの返答を遮るように、先程まで眠っていたネイシャルアーツが顔を上げて話し出す。
「よい。話してやろう。少し前の我らからの“キールの処刑のためにここにあるのか”という問に対し、“偵察で来た”と答えたな?だが、お前らの中に嘘を言っているやつがいた。だからこの刀で斬った。」
なぜネイシャルアーツは嘘だと見抜いたのか分からなかったが、グリアンテは必死に弁明する。
「嘘などではない!我々は本当に偵察に……」
「その心音だ。嘘つきはお前だったか。」
シャリン……
グリアンテは次の瞬間、宙を舞っていた。いや、正確にはグリアンテの首が…だ。
そうか…俺の首と胴は奴の刀で両断されてしまったのか…
斬られる瞬間…まるで姿を捉えられなかった…これが真の国将の実力か……
すまん…ボロス
ドシャッと、グリアンテの首が地面に落ちる。グリアンテの部隊はネイシャルアーツによって全滅したのだ。
ネイシャルアーツはグリアンテを斬った後、岩場の真下でうずくまっていた。また寝てしまったようだ。
ゴーマはネイシャルアーツに近づき、その身体を抱えあげ背中におぶった。
「ネイシャル様、なぜ彼を斬ったんです?」
「……zzz…ん…んにゃあ…あの男はキールを…殺すつもり…だった……むにゃ…zzz…キールは…わたしの獲物…zzz」
寝言のように答えるネイシャルアーツ。
ネイシャルアーツを荷台のベッドに寝かせ、馬に乗ろうとした時、荷台からネイシャルアーツの声がした。
「最後に斬った男の懐を漁れ。ボロスの匂いがする。」
そう言った後、再び寝息が聞こえた。
やれやれ、人使いが荒い。
ゴーマは言われた通り、首のないグリアンテの死体を漁る。すると、赤い液体の入った小瓶が出てきた。
これは一体なんだ…?
すると、こちらの心を見透かしたかのように馬車の荷台から声がする。
「赤い液体は見つかったか?それは『狂薬(くるいぐすり)』っていうドーピング薬だ。そいつを渡しな。」
小瓶を荷台のベッドで寝転がるネイシャルアーツに渡す。
「よしよし、思わぬ収穫だ。キールと戦う上で手札が多いに越したことはない。それじゃ、お休み!……zzz」
そう言ってネイシャルアーツは再び眠りについた。
一体あの小瓶は何だったのだ?ドーピング薬と言っていたが。
それにしても、グータラ寝てるだけだと思っていたが、寝ている間も感覚は研ぎ澄まされているのだな。
他人の心音を聞き、嘘をついているかを判別し、他人の匂いを覚え、ボロスの匂いのつく瓶を探し当てた。
「ネイシャル様には隠し事はできんな。」
さて、誰かに見られる前にこの場を離れなければ。
ボロスの部下を殺したと知られれば、我々も処刑対象となってしまう。
ゴーマは馬車に戻り、足早にその場を離れた。
馬車はリオサ森林地帯へと進んでいく。
〜サンカエル東部 ヒデオターク〜
キールはリアン達と別れた後、森の中で夜を明かし、起きてからはひたすら東に進みリオサ森林地帯を抜けた。
森林地帯を抜けた先にミアーネほど大きくはないが、町が見えてきた。町名の看板を見ると、ここは『ヒデオターク』という名前の町らしい。
木造の家が立ち並び、家と家の間隔は広く、その間には田畑が広がる。城や砦のような大きな建物はなく、小じんまりとした建物が多い。
町に入り食べ物屋を探す。町の入り口付近にある小さなパン屋に入り、パンやチーズなど小さくて持ち運びができる物を買い、店を出る。
パン屋の店員は、自分の顔を見ても特に何も思っていないようだった。
指名手配になってはいるが、まだこの町にはキールの情報は来ていないのだろうか?
通行人とすれ違っても、キールを見て騒ぐ人間はいない。
同じサンカエルでも、まだここはキールにとっては安全な場所のようだ。
しばらく散策していると、10代前半と思われる少女に急に話しかけられた。その少女は銀色の髪をなびかせ、青い瞳をしていた。
「お姉さん、どこから来たの?この町の人じゃないよね?」
「わたしのことかい?ああ…都市部の方から観光で来たんだ。ここは静かでいい町だね。」
「観光で見るような所は全然ないけどね。畑と田んぼばっかり。」
「そんなことはないさ。畑や田んぼがあるおかげで、作物を収穫できて、人々は食うに困らない。ところで、お嬢さんの名前は何ていうんだい?」
「………シルネっていうの。お姉さんは?」
「わたしは…ミアだ」キールは咄嗟に嘘をついた。“ミアーネ”の町から取って“ミア”と名乗った。
「ミアさん…」覚えた名前をゆっくりと繰り返すシルネ。そして、続けて
「ごめんなさい、急に話しかけてしまって。お姉さんがすごくキレイだったからつい。」
「かまわないよ。ありがとう、シルネ。」
普段なら、こういったお世辞紛いの言葉にはいちいち感情を抱かないが、今日に限っては素直に嬉しかった。今までずっと一緒にいたリアンと離れ、無意識の内に人との触れ合いを求めてしまっていたのだろう。
キレイか…戦場でたくさんの敵兵を殺し、血で染まりきったわたしにはなんて不釣り合いな言葉なのだろう。
「シルネ、この町に寝泊まりできる宿はないかい?」
「宿…?それならわたしの家に来るのはどう?食べ物もあるよ。」
「……ありがとう。それではお言葉に甘えようかな。」
キールはこの提案を受け入れた。理由はもう少しこの少女と一緒にいたいと思ったからだ。久しぶりに子どもと接し、魔法学校で教師をしていた頃を思い出すキール。
キールはシルネと共に、シルネの家へと向かった。
家に着くと他には誰もおらず、シルネは1人で暮らしてるとのことだった。
「わたしの家はね、4年前までお父さんとお母さんとお姉ちゃんとわたしの4人で暮らしてたの。でも戦争でわたし以外はみんな死んじゃったんだ。」
辛い過去を思い出し、暗い顔になるシルネ。
「でもね!今日はお姉さんが来てくれたから嬉しい!久しぶりに楽しかった!ずっと居ていいからね、ミアさん!」
明るい表情でそう言われると、シルネの気持ちも無下にはできない。
「今、仕事で旅をしててね。その仕事が片付いたら、またここに顔を出すよ。」
キールははぐらかして答えた。
その後、シルネと一緒に食事を取り、寝床へと入るキール。
少しの間であるが、シルネとの居心地の良い時間を過ごし、リトナミを目指さずこのままシルネとここに住むのも悪くないな、とそんなことを考えていたが、すぐに頭の中で否定した。
サンカエル王国の領土にいるうちは、いつ軍の人間に襲われてもおかしくない。じきに追手もこの町に来るだろう。そうなったら、シルネの身も危ない。明日になったらこの町を出て行こう。
「それにしても今日はもう疲れた。面倒なことは明日考えよう。」
キールはそう言うと眠りについた。
〜同時刻 ヒデオターク入口付近〜
怪しい影が町の入り口付近に現れた。
この町の住人ではない様子だった。
「オレの感知魔法によると、この町にあの女はいる。だが屋内にいるのか、詳しい場所は分かりそうにない。」
小さな町だが、建物は100軒以上ある。
男は片手にナイフを持ちしばらく考える。
「ん~~駄目だ!考えても分からん!オレ馬鹿だから、どうやって探すと効率がいいのか思いつかん!」
男は考えるのを止め、地道な方法を取ることにした。
「しゃーねー。1軒1軒入って、住んでる人間をかたったぱしから殺してまわるか。うん、それがいい!人間が減れば、感知魔法の精度も上がっていくしね!」
アントーン軍所属の次将ザガーロは、この町の人間にとって、最悪の方法を思いついてしまった。
続く
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