第6話 足場魔法と誰かの呪い
「助けに来たぜ、リアン!何寝てんだよおい!」
「声がでかいなオルスロン……よくここがわかったね…。」まだ完全に回復したわけではないが、オルスロンの登場で心に少し余裕ができ、徐々に冷静さをとりもどしつつあるリアン。
「ん?おおっ!お前の伝達魔法を使って話してた時に、“リオサ森林地帯”にいるって言ってたからさ。リオサ森林地帯のリアンの魔力を感じる方に向かって行ったら、このオッサンが叫んでて発見できたってわけ。それにしても、相変わらずお前の魔力はなぜだか探しやすいな!」
「ありがとう…!オルスロン!」
「お礼は後だ。まずはこのオッサンを倒した方がいいんだろ?…それにしても、このオッサン嫌な魔力だな。ネッチョリしたような…ヌメヌメしたような感じ…。魔力の形は人柄を表すって言うし…オッサン性格わりーだろ?」
「……失礼なガキだなぁ。俺を倒すと言ったが、相手との力量差が分からないなんて、悲しい奴め。」
ハアっとため息をもらし、ヤレヤレと手をあげるドスブスフク。
「あんたは何かの“将”なの?結構強いよね?ほら…さっき、リアンが言ってた…なんたら将とかいうやつ?」
「俺は次将(じしょう)だ、バーカ!軍の中で国将(こくしょう)の次に偉くてつえーんだよ。ちなみに、俺はアントーン軍の次将達の中では一番強いぜ、世間知らずのガキ!」
「ふーん、まあ本当に強いやつは自分のこと強いって言わないけどなー。」
「黙れ、クソガキが!
まあいい……。無駄話している間に魔力は練り終わった。再び誘(いざな)うぜぇ!この世の地獄に!」
不愉快魔法『絶望(ディスペア)』発動!
途端に、先程と同じく動物達が騒ぎ出す。森全体が絶望に包まれざわつく。そして、リアンにも先程の絶望感が再び蘇る。
まただ…!またこの感覚…!オルスロンが来たのに、それでももう勝てない…
僕らはこいつに弄(もてあそ)ばれて殺されるんだ…
ああ…もう疲れた…早く殺してほしい…
早く…
不意にバシッ!と背中を叩かれる。
「シャキッとしろや!背筋を伸ばせ!立つんだ!」
オルスロンの言葉で次第に、自分を取り戻していくリアン。心が温かい。再びリアンの心に闘志が湧く。
ありがとう、オルスロン。
「…何で!?何で俺の魔法が効かねぇ!こんなに早く破られる!?もっと絶望しろよ…!他の奴らみたいに…絶望しながら死ねよ…!」
不愉快魔法が効かない様子のオルスロンとリアンに、動揺が隠せないドスブスフク。
「絶望?すまない…魔人の俺はその感情は持ち合わせていないみたいだ。
“なんとか将”のオッサン!お前の敗因と死因は、俺の唯一の友達に手を出したことだ!」
魔人の魔力は人間のおよそ3倍と言われる。それに加え、強力な固有魔法を有している者が多い。
しかし、オルスロンの固有魔法は『足場魔法』…空中に付近の木や石、土等を漂わせ、自分の足場にするというだけの陳腐(ちんぷ)なものである。その代わり、オルスロンの魔力量は人間の7倍あり、オルスロンはその魔力をほとんど肉体強化に充(あ)てがっている。
基礎魔法『肉体強化』発動!
魔力がオルスロンの右腕に集まる。
「オッサン、『相手との力量差がわからなんて、悲しい奴め』だろ?」
そう言った直後、オルスロンはドスブスフクの鼻っ面を思いっきり殴った!腕の魔力を全てぶつけた!
ドスブスフクは吹っ飛んでいった。首の骨が折れ、攻撃を受けすぐ絶命した。
脅威が去った安心からか、涙が溢れてくるリアン。
今回ばかりは本当に死を覚悟した。
もうダメかと思った。
二度とキールさんに会えないと思った。
命を救ってくれたオルスロンには感謝してもし足りない。
改めてお礼を言うリアン。
「ありがとう!オルスロン!おかげで…生きてる…!僕、生きてるよ…!」
「ありがとうは無しだぜ、リアン。友達なら当然だろ?キールっ奴が死ぬのはどうでもいいけど、お前が死ぬのは絶対ヤダ!だから来たんだ!」
すると、後方に人の気配を感じたためリアン達は振り向く。そこには少しダメージを負った様子の反則の魔女の姿があった。
「感動の再開は終わったかい?」
あちらも火傷の男を倒したらしい。
「ドスブスフクは倒したみたいだね。あいつの不愉快な魔力が消え去っている。リアンくん…ではなく…そちらの紫色の髪の青年が倒したのかな?」
現れたキールに敵意を向けるオルスロン。
「あんたがキール?あんたのせいでリアンは危険な目にあってるみたいだが…連れてくからにはちゃんと守れよ!テメェ!」
キールはオルスロンを見て、ハッとした顔になる。
その表情は、オルスロンに言われた事に対して何かを思ったというよりは、もっと別の意味を含んでいるように見えた。
「……君は…そうか5年前の…」
5年前…?キールはオルスロンのことを何か知っているのか?
そんな疑問が浮かんだが、口をついて出たのはオルスロンの発言に対する弁解する言葉だった。
「違うんだ、オルスロン!僕が進んで自らキールさんに着いてきたんだよ。逃げようって提案したのも僕なんだよ!」
「お前ならそう言うよな、リアン。
でもな…実際はあんたがリアンを唆(そそのか)したんじゃないのか!?」
感情的に叫ぶオルスロン。
オルスロンの言葉を受け、ゆっくりと話し出すキール。
「確かに…君の言う通りかもしれないな。わたしが“唆(そそのか)した”のかもしれない。」
少し考えた後、キールは決断したように口を開いた。
「ここでお別れしよう、リアンくん。リトナミへはやはりわたし1人で向かおう。今回みたいに次将以上が複数で来てしまったら、次は君を守りきれないかもしれない。」
そして、次の言葉はキールの口からは聞きたくないような弱々しい言葉だった。
「わたしは、わたしが思うより遥かに弱くなったらしい。」
巻き込んで悪かったと言い、キールはそのまま東側の森へ姿を消した。
キールがいなくなり、後を追おうとするリアン。
「キールさん、待って下さい!僕は着いていきます!唆されていません!…この旅の中で別に死んでもいいです!」
ガッ!と追おうとするリアンの腕をオルスロンが掴む。
「いい加減目を覚ませよ!お前おかしいぞ!1人で行かせてやれよ。」
そして、オルスロンは現実をリアンに突きつける。
「今日戦ったやつは決して弱くはなかった。お前の魔法では到底敵わねーレベルの相手だ。この先もこのレベルとやり合うなら、お前は常にあの女に守ってもらわれなければならなくなるんだぜ。それって、かえってあの女の死ぬ確率をあげるようなもんなんじゃねーの!?それって、ついて行っても足手まといにしかならねーだろ!?」
その一言で我に帰るリアン。
確かに…その通りかもしれない…
キールさんは僕なしでも生き残れるだろう…
足手まとい…確かにその通りだ…
さっきの黒マントの男も僕を人質にしようとしていた。
もし、オルスロンが来てくれなかったら、僕もキールさんも死んでたかもしれない…
僕は…無力だ…
「…そうだね。オルスロンの言うとおりかもしれない。キールさんを追うのは止めるよ。とりあえず命を無駄にはせず逃げるように考えを変えることはできた。僕の役目はここまでだったんだ。」
そう自分に言い聞かせるように言うと、リアンはこの逃亡から身を引くことを決意した。
キールの旅の無事を祈りながら、リアンはオルスロンと共にミアーネに帰還した。
〜時をほぼ同じくして〜
サンカエル王国 王宮
天星城の国王の間に向かうアントーンがいた。
アントーンは怒りで腸が煮えくり返っていた。
キールの処刑命令、命令を無視した次将達、そして国王からのアントーン軍への撤退命令。
国王に聞きたいことは山程ある。
とにかく事情が聞きたい。なぜこのような事態になっているのかを。
そして、本当にキールは罪を犯してしまったのかを。
サンカエルに帰還するなり、キールの魔力を探す。
いつもなら明確な居所までは分からないが、ミアーネの町から微弱な魔力を感知することができていた。しかし、今は全く感知できない。基礎魔法『隠密』で気配を消しているのだろうか?
ただ漠然とサンカエルの東側にいるということだけ感知できた。
「キール、お前は本当に行ってしまったんだな。」
キールが逃亡したという悲しい事実はあったが、魔力が感知できるということは、まだ命は無事なのだということも分かり、ひとまず安堵する。
国王の間の扉を勢いよく開ける。国王は玉座に座っており、傍らに金色の鎧で身を包み、肩までかかるほどの白髪を携えた剣士が佇んでいた。その男こそが、現国将4名の中で最強と言われている男、ノリエガだ。
アントーンが乱心して国王を襲おうとした時、それを抑えるための保険でいるのだろうか。ノリエガの方を一瞥もせず、国王アルベイラに詰め寄る。
「アルベイラ国王!なぜキールに懸賞金を賭けた!?」
挨拶する間もなく、国王に問う。
アントーンは2mほどの長身な男で、そんな大男がものすごい剣幕で国王に詰め寄っている。
しかし、国王は気にも止めていないような抑揚のない声で、
「奴はワシの息子にてをかけた。それはいかなる理由があろうとこの世で最も罪な行為だ。」
「何か事情があるのかもしれない…!話しを聞くチャンスをくれないだろうか!」
「下がれ、国将アントーン。ここで問答するためにお前を呼んだ訳では無い。貴様の軍はサンカエル四方の砦に配備し、警護の任についてもらいたい。反則の魔女がワシの首を狙ってくるかもしれんからな。」
淡々と続けるアルベイラ国王。話をする余地はなさそうだ。
それでも引かないアントーンは国王に進言する。
「それではアルベイラ国王、わたしが直々に出向き、キールを処刑するというのはどうだ?」
キールを殺すというのは嘘だが、キールと話す機会を作るための口実だ。
「わたしの固有魔法は『感知魔法』だ。キールが今どのあたりにいるかも感知できる。わたしならあいつを追うことができる。」
「貴様の言うことは信用できんな。他の者から聞いたが、貴様は反則の魔女と親しい間柄のようだな。追いついたとして、本当にあの魔女を殺す意思はあるのか?」
心の内を見透かされたようで、何も言い返せなかった。
キールと親しいという情報も隣の男からの情報だろう。
「それに奴の処刑には国将ネイシャルアーツが向かっている。何も心配することはない。先刻、サンカエル東部リオサ森林地帯にて、何者かが魔法による戦闘を行ったという報告が入ってた。恐らくそこに反則の魔女はいた。」
東に逃げたということももうバレているのか。
しかも、追っているのはネイシャルアーツか…。
今のキールでは勝てない相手かもしれない。
どうにかできないかとあれこれ考えを巡らせていると、今まで沈黙を貫いてきた男が口を開く。
「俺が殺すか?お前もキールも。」
その瞬間、全身が刃物で刺されたような魔力圧に包まれる。
ノリエガが腰から下げている剣に手をかけ、こちらを睨みつけている。
それをアルベイラ国王が制止する。
「ノリエガ止めろ。国王の間をこいつの血で汚す気か?」
国王の制止に、ノリエガは剣から手を離す。
「貴様もさっさと持ち場に戻れ、アントーン。」
「………分かりました。失礼します…。」
アントーンが退室し、部屋は国王とノリエガの二人だけになる。
少しの沈黙の後国王が口を開く。
「邪魔者もいなくなったことだ。それでは国将ノリエガ、聞かせてもらおう。『千人魔法』についてを。」
ノリエガはそれを聞き怪しく笑った。
〜天星城 城門付近〜
アントーンは国王の間から退室し、そのまま城の外へ出た。
城の入り口に、ここまでの移動に使った馬車が停めてあり、部下が数名待機していた。
その中の1人が、アントーンの姿を見つけ駆け寄ってくる。
「アントーン様、お疲れ様です!国王様への用事はもうお済みなのでしょうか?」
「先程終わった。まるで話にならなかったよ。」
「そうでしたか。それは残念でしたね。」
「先程国王からここより東の地で、魔法による戦いがあったと聞いた。まだはっきりしないが、ドスブスフクとウルエラがキールと戦闘をしたのだと思う。最後に感知したのがその辺りだからな。そして、もうやつらはこの世にいないだろう…。」
「あいつら…勝手なことをして、勝手に戦死するなんて…!」
「うちの次将はあとお前とザガーロだけになってしまったな。ザガーロの奴もキールを追って、どこへ行ったのやら。やつの魔力もここより東側にある。」
アントーンは2人から離れたところにいる部下達の方を見る。
そして、決断を下した。
「ルーサー、他の部下達を頼めるか?城の四方にある砦に俺の軍を配備してほしい。国王はアントーン軍を城の警護にまわす頭らしい。」
「………?分かりました。しかし、アントーン様は行かれないのですか?」
「俺はキールを追う。あいつの話を聞きたい。」
「分かりました。では、わたしから部下達には指示を出しておきます。アントーン様の不在は何とか誤魔化すようにいたします。」
「さすがルーサーだな。他の次将達よりはるかに頼りになる。………だが、俺はもう戻らんつもりだ。国王らに聞かれたら、正直に伝えてくれ。」
サンカエル王国の腕章を外しながら、アントーンは続けて言った。
「ザガーロもついでに捕まえてこよう。あいつから目を離したのは失敗だった。やつの魔法と思想は一般市民に危害を加える恐れがある。俺の最後の仕事だ。
じゃあな、ルーサー。達者でやれよ。他のみんなにもよろしく伝えておいてくれ!」
そう言うと、アントーンも東へ向かった。
ルーサー達から離れながら、アントーンはある疑念について、考えを巡らせていた。
国王にはあえて伝えなかったのだが、キールのことについて一つ気がかりなことがあった。
およそ1年前、キールに会いに行った時に感じた違和感…。
恐らく『感知魔法』を使えるわたしにしか気付けなかっただろう。
キールは…何者かの魔法にかかっている…!キールが常時発動している肉体強化の魔法とは別の魔法の存在を感じた。
それは、誰の…そしてどんな魔法かは分からない。5年前キールが軍を脱退したときには、纏(まと)っていなかった魔法…いや呪いのようなものか…。
その呪いが、今回の事件を引き起こしたのだろうか…?
それはここで考えていても分からない。これから確かめに行こう。
「ゆくぞ…東へ!」
続く
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