第5話 復讐と絶望



わたしは、何事にも真面目に取り組む男だった。


魔法学校を出てすぐ軍に入団した。他国からの脅威から国を守るため…大恩あるサンカエルに忠義を尽くすため…

国将(こくしょう)となり、数多の戦を勝利に導くため…


わたしの固有魔法は『復讐魔法(ふくしゅうまほう)』というらしい。

復讐魔法は、自身が負ったダメージを魔力に変換し、右腕の肉体強化をするというもの。この魔法による強化の上限はなく、ダメージを受ければ受けるほど、攻撃力が上がるというもの。

シンプルな魔法だが、使い方次第では、最強を目指せる代物だ。


学生時代に固有魔法が覚醒し、それからは復讐魔法の研鑽に努めた。


肉体が負ったダメージを攻撃の糧にするが、肉体が保たなければ意味がない。まずは己の肉体を鍛えた。朝から晩まで走り込みをし、筋トレをし、食事管理を徹底した。そうして強靭な肉体を手に入れた。

次に肉体が負ったダメージを修復する術を学んだ。基礎魔法に『回復』という魔法があり、誰でも扱えるため、他の基礎魔法の強化はせず、ひたすら回復魔法のみを鍛えた。

己の体を岩に打ち付け回復する。己の体を剣で切りつけ回復する。様々な魔法で攻撃を受け回復する。それをひたすら繰り返す。

己の体を火で焼いたりもした。この時は回復が追いつかず左目に火傷の跡が残った。しかし、後悔はしていない。


軍に入ってからも研鑽を続けた。

しかし、周りの人間の怠惰さに虫唾が走った。


「なんで出世できねーんだろー」

「そんなことより飲み会行こーぜー」

「なるべく前線には出たくないよね」

「早く帰りたい」


他人の愚痴という雑音が耳に入るようになった。


わたしはそれを聞いて怒りを感じた。

そんなんだからお前らは駄目なのだ!

飲み会に行く暇があったら、体を鍛えろ!固有魔法を磨け!前線に出たくないだと!なら軍に入るな!帰りたいのなら一生来るな!わたし1人で戰う…!わたし1人が強くなってみせる…!!


軍に入り3年が経った頃、国将の1人に呼び出された。

何でもわたしの魔法と仕事振り、戦場での成果、そしてひたむきに努力する姿勢が気に入ったらしい。


「わたしの元で次将(じしょう)にならないか?」


わたしは二つ返事で承諾した。

わたしの力が認められた!努力が実ったんだ!自分自身を焼いてまで、魔力の向上を追求したんだ!わたしこそが…


最強なんだ…!


そして、現在に至り……わたしは初めてアントーン様の命令に背き、ここまで来た…

証明したかったんだ… 己の強さを…努力の成果を…

眼の前の…最強を…

かつての英雄を…この手で……


人質を取ってでも仕事をこなせばいい…

どんな汚い手を使おうが…勝てばいい…


わたしの直感が言っている…

あの青年の命を天秤にかければ…こいつを殺すことができると…


殺す…!



「よそ見するとは余裕だね。」

ドゴッ…!!

キールの拳がウルエラの鳩尾に入る!呼吸ができなくなる!…苦しい!苦しい…!


これで…“4発目”だ……!


「もう一発あげよう。」

ドゴッッ…!!キールの拳が胸元に食い込む。しかし、ウルエラは倒れない!

「ぐっ…!」

容赦のない攻撃が続く。魔力強化で防御力を上げ、回復魔法で常時体を修復しているのに…!体には確実にダメージが蓄積していく。


“5発目”…!


「何かを待ってるのかな?お仲間はまだ来ないよ。」

キールが連続でパンチを繰り出す。

それを体で受け止める。



「……………。」もう何も言葉が出ない。

体中が痛い。もういっそ倒れてしまったほうが楽だ。

骨が何回折れたか分からない。意識も何度も飛んだ。

倒れそうになり、片足を前に出し踏ん張る。

「……もう十分だ。」


「何の話かな?」

「………もう十分…溜まった。」


ウルエラの右手に強烈な魔力が宿る。腕が自分の物ではないみたいだ。

かつて無い程のダメージを受け、そのダメージを魔力に変換し腕に流す。腕の魔力はかつて無いほどに膨れ上がっていた。

この魔力のこもった拳の一撃は国将さえも殺す…!

ウルエラはそう確信した。


「あなたの防御力でもこれは防げません。」

突然現れたありえないほどの魔力量を目の当たりにし、久方ぶりに死が近づいてくる感覚を思い出したキール。死が目の前に迫り、思わず恍惚な表情になる。


「この魔力量は……!素晴らしい…わたしを終わらせてくれるのか?」


「終わらせますよ…『復讐魔法』発動。」


右手から溢れ出る魔力量は、キールが未だかつて見たことのない魔力量となっていた。


「これで最期です。うおおおおお!!」

バシッ!…キールの腹部にウルエラ拳が入る…!

しかし、キールは吹き飛ばない。逆にキールが腹部に魔力を集中させ強化していたため、腹を殴ったウルエラの拳が割れ血が吹き出す。


殴る瞬間…右腕の魔力が消失した…?なぜだ…?


「ぐっ…!がっ…!な、何で!?わたしの拳が割れる。攻撃は入った!防げる規模の魔力ではなかった…はず…」

そう言った後、キールの右腕に目をやる。そこには、先程、ウルエラの右腕に込められた魔力と同じ魔力が込められていた。

「そ、それは…わたしの復讐魔法と同じ…?どういうことだ…!?」

「反則魔法『逆転』。君とわたしの状況を入れ替える魔法だ。ダメージ量と、そして魔力の量もね。」

「…!?」

「自分を褒めると良い。ここまでわたしを追い詰めたのは君が初めてだよ。だから、今まで使ったことのない逆転魔法を使ったのさ。今まで追い詰められたことがなかったからね。」


ウルエラはそれを聞き敗北を悟る。ダメージはある程度回復したが、キールの右手に込められた攻撃を躱す術がない。


「最期に言い残すことはあるかい?」


ウルエラは少しの沈黙の後、小さく言葉をこぼした。

「………アントーンさん、すみません。」


次の瞬間、キールは魔力がこもった拳をウルエラに叩きつけた。

スピードとパワーが何倍にも増大したその拳を。


ものすごい業音と共に、ウルエラの体は跡形も無く爆散した。まわりの地形もその衝撃で更地となる。


体が消し飛ぶ残り僅かな時間…薄れゆく意識の中、ウルエラは今回の敗因について考えた。


わたしの勝つためには…ドスブスフクを待ち……あの青年と…国将キールの命を天秤にかけさせること…だったか…直感の通りに行動していれば………あるいは…


しかし…この感覚は…何だ…?

敗北したが…後悔はない…むしろ清々しい…全てを出し切ることができた…

これでよかったんだ……最期に…自分だけの力で…証明してみたかった…わたしと復讐魔法こそが……最強だというこ…と…


ウルエラの魔力が完全に消滅し、ウルエラの死を確信するキール。


「……なかなか手ごわかったよ。火傷の男、ウルエラ。


キールは服の汚れを払った後、リアンとドスブスフクが消えた茂みの方を向いた。


「さて、リアンくんは無事かな。」





時は遡り、キールとウルエラの決着が付くかなり前。

茂みの中を進むリアンと、少しずつリアンとの距離を詰めるドスブスフク。

ドスブスフクは付近に残る僅かな魔力を感知し、リアンを追跡した。姿まで捉えていないが、かなり近いところまで接近していた。


「そのあたりにいるのは、分かってるぜぇ!『隠密』でいくら姿を消そうとある程度近付けば、何となく位置は補足できる。」


本来であれば、キールからもっと離れ、完全に追跡できないところまで距離を取るべきであったが、キールのことが心配で近くに留まっていたことが仇となり、リアン自身が危険な状況に陥ってしまった。


こうなったら、伝達魔法を使うしかない。

リアンは魔力を練る。



ガサッ…ガサッ…とドスブスフクの左斜め前方の茂みが動き何者かがものすごい勢いでドスブスフクから逃げるように走り出した。身をかがめているからか姿はまだ見えない。


「あいつか…?」

ドスブスフクも走り出す。大柄ででっぷりとした体系のドスブスフクだが、魔力による身体強化により、俊敏に動くことが可能なのである。

ドスブスフクの固有魔法は『不愉快魔法(ふゆかいまほう)』というもので、基本的には相手をデバフさせる魔法を多く扱う。

不愉快魔法∶音(ノイズ)は周囲に耳障りな金属音を発生させる。音を聞いたものは、魔力の出力量が低下してしまい、さらに体の動きも鈍くなってしまうというもの。

不愉快魔法∶浮(フロート)は、自分以外は水中の中にいるような状態になる。抵抗によって体は動かしにくくなり、地に足がつかないため移動も封じる。


その他にもいくつか似たような魔法を有しており、総称して『不愉快魔法』と呼んでいる。


その不愉快魔法を使い、相手の身動きを封じた後に、基礎魔法∶肉体強化で身体能力を底上げし攻撃するというのが、ドスブスフクの戦闘スタイルだ。


不愉快魔法発動!『浮』!


次の瞬間…前方の逃走者が、茂みの上に姿を現す。


しかし、それはリアンではなかった。

「イノシシだと…!紛らわしいんじゃボケ!」

怒りのあまりイノシシを殴り、一撃で仕留める。

付近には動物が何体か浮いていたが、リアンの姿はなかった。

ドスブスフクの魔法の射程範囲から外れていたようだ。


「くそっ!完全に見失った!」

苛立って地面を蹴るドスブスフク。

「こうなったら、あれを使うか…!向こうから居場所を教えてもらおう。アントーンからはこの魔法を不要に使うなと言われているが、周りの生物がどうなろうと知ったこっちゃねえ!」ニタニタと笑いながら魔力を練る。


不愉快魔法発動!『絶望(ディスペア)』!

俺の魔法で一番有効範囲が広く、効果の高い魔法。やはりこの魔法を使う時が一番楽しいなぁ…!


魔法が発動してから、森の動物達が一斉に鳴き出した。

森の上から鳥が次々と落下してくる。

そして、遠くで男が叫ぶ声がした。若い魔法使いだ。


「見つけたぁ!」ニタニタと笑いイノシシが声のした方向に進んでいく。


突如強烈な不安に襲われ、堪らず叫ぶリアン。

「うわああああっ…!」

何だ?…この感情は……!?どうしようもない絶望感…!

このまま生きていても…もう何も意味がないような……

何もかも失ったような喪失感…

僕は…何を頑張っていたんだっけ…?

死のうとしていたんだっけ…?あれ…?


ドスブスフクが近づいてくる。もう5m程まで接近している。

堪らず嘔吐するリアン。手の震えが止まらない。息が上手くできない。

せっかく伝達魔法でイノシシに協力してもらい、ドスブスフクから離れたのに…!


もう何もかもがどうでもいい。


ニタニタ笑いながら、地に伏せるリアンを見下ろす。

ドスブスフクはこの瞬間が堪らなく好きなのである。他人が絶望して、項垂れる様を見ることが。


「いやぁ、いつ見てもいい眺めだなぁ。不愉快魔法…愛してるぜぇ。」

リアンの脇腹を蹴り上げるドスブスフク。


「まぁ無駄話させてくれよ、青年。戦場にいた頃よぉ。この不愉快魔法∶絶望を使ったらよ。あれだけ、士気高々に叫んでた兵士達がさ、敵味方もろとも急に全員倒れてさ、中にはお前みたいに吐いちゃうやつとか、自害するやつもチラホラ出ちゃって、ポツンと俺だけが立ってたんだ。気持ちよかったなぁ、あの時は神になったかと思ったよ。」


不愉快魔法『絶望』は、相手の精神に干渉し、心の内にある不安感や希死念慮(きしねんりょ)を最大まで増幅させる魔法。この魔法は、生きる意欲や希望等を消し去り、相手を絶望の淵に落とす効果がある。効果の大きさには個人差があるが、心の弱い者がこの魔法にかかると、自害してしまうこともある。


まともに相手の話を聞ける状態ではないリアン。もう死ぬことしか考えていない。

懐に忍ばせたナイフで自害するよう試みるが、ドスブスフクに制止される。

「悪いがあとちょっとばかり生きててくれや。人質作戦に使うからよ。ウルエラが待ってるからなぁ。」


ナイフを取り上げ、ピクリとも動かないリアンを引きずって運ぶ。意識はあるが、何も意思は無い状態。生きているが死んでいるような状態。


「あの時、アントーンも近くにいたが、あいつには効かなかったな。恐らく魔力量が多い者には効かないのだろうな。同じくキールにも効かないと思ったから、さっきは使えなかったなぁ。………でも見てみたいぜ、キールが俺に跪く姿をよお。………オメーみたいな雑魚には効果テキメンなのにな!」


もう何を言われても、何も感じないし、死ぬこと以外何も考えられなくなっているリアン。しかし、キールという言葉にだけは反応する。


キー…ル、そうだ…キールさん…助けなきゃ…「死にたい。」……キールさん…「死にたい。」……リトナミへ……連れてく…「死にたい。」…僕はもう駄目だ……誰か…キールさんを助けて「助け……て。」


「安心しろ。キールを殺したら、自害を許可してやる。それまでこのナイフはおあずけだぜ。あぁそうそう、その時はもう一回不愉快魔法『絶望』を使っていいか?お前が苦しむ姿は、最高に面白いからよぉ」

ガハハハハと笑うドスブスフク。


その笑い声より遥か上…上空のほうから別の誰かの声がする。

誰だろう…?


ドスブスフクも上空の声に気付いた。

「………?誰だ!?この魔力量!?キールがもう来たのか!?ウルエラは何やってんだ!?」


いや、違う。これは…この魔力は知っている。キールさんじゃない…!


リアンの心に僅かな希望が蘇る。


「何だよ…やっぱり来てくれたじゃん…」


上空から叫び声が聞こえる。


「リイイイイィアアアアアアァンンンン!!!!」


スドーーーン!!!

何者かがドスブスフク達の近くに降り立った。

上空には土や木の塊が浮遊している。


地に降り立ったリアンと同じくらいの歳であろう青年の登場に、ドスブスフクは動揺した。


「テメェ何もんだ!?どこから来やがった!?」

「俺かい?……俺は魔人オルスロン!そいつの友達だ!」

オルスロンは上空の浮遊している木や土の塊を指さした。塊は上空で一列に並んでおり、ミアーネ方面に続いている。


「空を走ってきた。助けを求める声が聞こえたから!」


続く






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