第4話 火傷の男と不愉快魔法


 

リオサ森林地帯 森林地帯の中に開けた所があり、そこで一時休息をとるキールとリアン。

近くに小川が流れていたため、そこで水を汲み、水分を補給する。

キールの家を出てから8時間程が経ち、空は夕日で茜色に染まりつつあった。キールの家から僅かな食料を持ち出しているため、それを少しずつ食べて食いつなぐ。できれば食料が尽きる前に、どこかで確保をしたい。

二人は一息つき、新しい仲間候補のオルスロンに連絡をとることを試みる。


「じゃあ、キールさん。オルスロンを呼んでみますね。今の時間なら仕事終わりなので、コンタクトできるかもしれません。」

「よろしく頼むよ。発動したまえ、『飲み会幹事魔法』を。」

「『伝達魔法』です!」

ツッコミを入れた後、リアンは耳を覆うように手を当てた。そして…


伝達魔法発動!

「……。……。オルスロン聞こえるか?……。……。オルスロン聞こえるか?」

「いつ見ても絵面が最高に地味な魔法だね。」

「……。……。ちょっとキールさん静かにしていてもらえますか。向こうの声が聞こえにくくなるので……。」

「ああ。」と言いつつニヤニヤと見守るキール。


「……。……。つながった!オルスロン聞こえるか?リアンだ。こちらの声聞こえてる?」

少しの沈黙の後、オルスロンの声がリアンの耳に響く。ちなみに、オルスロン側の声はリアンにしか聞こえない。


『……んっ。この脳内に響く感じは、リアンの魔法か?この時間に伝達魔法を使うということは、今日も飲みの誘いか?』

「いやいや違うよ!仕事終わりにごめんね。ちょっと頼み事があってさ。時間大丈夫?」


キールに馬鹿にされると思い、あえて“飲み会”というワードを出さないリアン。


『頼み事?俺にか?珍しいな!何だよ?頼み事って?リアンの頼みなら何でも聞くぜ!』

「ありがとう、オルスロン。実は今、王国から逃亡しててさ。リトナミに亡命しようと思ってるんだけど、その間協力してほしいなーと思って。つまり犯罪者になれってことなんだけど…」


自分で言ってて、めちゃくちゃな頼みをしているなと思ってしまう。しかし、オルスロンが味方につけばこれほど心強いことはない。ダメ元と思いつつ、心の奥では期待してしまう。


『王国から逃亡!?リアンは何をやらかしたんだよ!?』

「追われてるのは僕ではないんだけど、ミアーネ魔法学校のキールさんっていう同僚がいるんだけどさ。その人が国王の息子をボコボコにしちゃってさ。それで国王がご立腹なんだよね。それで一緒にリトナミに逃げているとこなんだ。今はリオサ森林地帯まで来ているんだ。…ちなみに、キールさんのこと知ってるよね?一応、国将(こくしょう)の方なんだけど。」

『キール?知らん。というか…国王の息子をボコボコにして犯罪者になったから逃げてますので助けて下さいって…自業自得じゃないか?それを俺らが助けるのってメリットなくない?もうお前とは5年の付き合いだから分かるけど、リアンはお人好しだから巻き込まれただけなんだろ?』


戦場から離れているとはいえ、自国の国将を知らないとは。やはり魔人は人間に興味がないようだ。

そしてやはり理由が理由だけに、オルスロンの協力を得られなそうにないことに焦るリアン。


「僕の大事な同僚なんだ。そこをなんとか頼めないかな…?オルスロンもサンカエル王国の軍が嫌いだから、もしかしたら協力してくれるかなと思って…」

『そりゃあ、王国は嫌いだし、軍のやつらは皆殺しにしたいけどな。昔、命を狙われたことがあるから、いつか復讐してやりたいと思ってるけど…。リアンこそそんな逃避行に協力するの止めろよ!二度とサンカエルに戻って来れねーぞ!軍に殺されるぞ!』


そんなことは分かってる。この件について、キールにも悪いところがあるのも分かっているし、自分まで命を賭ける必要はないというのも分かってる。

でも、やっぱり同僚が殺されるかもしれないというのを黙って見過ごせない。キールは唯一の同期でこの5年間苦楽を共にしてきた。いなくなってほしくない。


でも…同僚だから………同期だから………本当にそれだけか…?

僕は本当にそれだけの理由で助けようとしているのか?


やはりオルスロンに協力してくれる様子はない。これ以上の説得は無意味かもしれない。


「オルスロンの言い分は分かったよ。確かに、納得できない部分もあるよね。変なこと連絡しちゃってごめんね…。」

リアンはオルスロンの説得を諦め、最後の別れの言葉を言う。

「オルスロン今までありがとね。僕はやっぱりキールさんとリトナミに向かうよ。」


『おい!待て!伝達魔法を解くな!俺は…』


……ブワッ!リアンの体が宙に浮く。リアンの集中が切れ、オルスロンとのコンタクトも切れてしまった。

何事だ…!?体が浮いている!?何が起こった!?

急な事態にパニックになっていると、頭の上からキールの声が聞こえた。


「コンタクト中にすまないね、リアンくん。時間切れだよ。」


リアンの体は、キールの小脇に抱えられ宙に浮いていた。キールはリアンを抱えたまま走り出す。リアンは小柄とはいえ50kg程の重さはある。それを抱えながら、走れるなんて、なんてバカ力なんだろうか。


「何事ですか!?キールさん!?」

「追手だよ。しかも次将(じしょう)か国将レベルのが2人来ている。このままこそこそつけられるより、視界のひらけた広い場所で迎え討とうと思うんだが、どうだろう?」

「キ、キールさんにお任せします!」


しばらく進むと、視界を遮る樹木もまばらになってきた。キールは後ろを振り返り、森の中を見つめる。遥か後方からカサカサと音がする。敵が近づいてきているようだ。

キールは小脇に抱えていたリアンを降ろし、戦闘体勢に入る。


「リアンくん、君は隠れていてくれ。気配を消してできるだけ遠くへ行ったほうがいい。」

「わたしはこれでも国将だよ。一緒に堕ちてくれた君のためにも死なんさ。」

「キールさん、すみません…」


リアンは再び茂みに入り、姿を消した。近くにいるとキールの戦いの邪魔になる恐れがあるため、できるだけ距離をとる。


「さすが、リアンくん。気配を消すのが上手いな。基礎魔法の『隠密魔法』はお手のものだな。まあ、わたしには君の魔力を覚えてるから、位置は筒抜けなんたがね。」


基礎魔法は固有魔法と違い、誰でも会得可能な魔法である。魔力消費も少なく、早い段階から使用できるが、強力な魔法は少ない。そして、それより強力な固有魔法は、使用する魔法使い・魔女の才能に寄るところが大きく、人によって扱える魔法が違う。

隠密魔法は基礎魔法に分類され、視認されにくくなるや匂いが薄くなる等の効果がある。これのひとつ上のランクになると『体が透明になる』や『存在を五感で感知できなくなる』といった強力なものになるが、それらは固有魔法に分類され、扱える者は限られる。


「さて、最初の相手は誰かな」

久方ぶりの戦いのため、ワクワクが止まらない。やはりわたしはこちら側の人間なのだろう。殺し殺される側の……


追手の2人が姿を現した。1人は見知らぬ男で長身で細身の男、左目のあたりに火傷を負ったような跡がある。もう一人は大柄で黒のマントと黒いニット帽を被りニタニタと笑っている不気味な男で、こちらは顔見知りだ。

「こんばんは。」と火傷の男がまず口を開く。

「黒髪に長身、鋭い眼光。加えてその溢れ出る魔力。あなたが国将キールで間違いないか?…いや、元国将か。」


キールが答えるより先に隣の黒マントの男が答える。

「こいつで間違いない。奥に逃げていった奴は知らんが、こいつが処刑対象の反則の魔女だ。」


「こんばんは。見知らぬ男とドスブスフク。ドスブスフクは見ない間に少し太ったんじゃないか?丸焼きにしたら美味そうだ。そんなことより、アントーンは元気にしてるかい?」


ドスブスフクはニタニタ笑いを止めないで答える。

「あの腰抜け野郎のことか?さぁな、元気なんじゃねーか?」


昔からこの男は上の人間に対して忠誠心がない。元々は国将ノリエガの次将だったが、この男の扱いづらさから、同じく国将アントーンの軍に配置替えされた過去がある。

軍の規律や上下関係を重んじるノリエガと対照的に、部下に少々甘いアントーン。アントーンの次将となってから、軍ではドスブスフクはやりたい放題やっていた。


「ドスブスフク、アントーンの命令で来たのかい?その口ぶりだとアントーンとは上手くいってなさそうだね。」

「ちげーよ。俺の独断で来たに決まったんだろ。あいつはアルベイラの命令を無視して、『キールを追うな。』と俺達に命令しやがったんだぜ、ありえねーだろ?」


国王のアルベイラも呼び捨てとは、敬意という言葉を知らないらしい。

優しいアントーンらしいな。だが部下には恵まれなかったみたいだ。面倒なやつばかり押し付けられてるな。隣の火傷の男も面倒くさい部下なのだろうか。

「……相変わらずだな。アントーン。部下運が悪い。」


「無駄話はもういいか。早く殺してアントーンさんの元に戻りたい。」

火傷の男が痺れを切らして発言する。


「おめぇは本当に仕事に真面目だなあ、ウルエラ。」

「仕事の充実が人生の充実となります。あなたはいろいろと無駄が多い。」(アントーン様の命令でなければ、誰が貴様となんか組むか。)

「人生に無駄は付きものよ?無駄話もまた人生に必須なんだぜぇ。」

「理解できませんね。まぁいいでしょう。始めます。……それでは国王の命に従い、元国将キールの処刑を執行すまず。」


そう言うとウルエラは黒い革の手袋をはめ、キールとの間合いを詰めてきた。


速いな…!さすが次将レベルといったところか。

すかさず、後方に逃げるようにウルエラの間合いから離れるキール。

ウルエラから繰り出される拳を躱す。



「これはお返しだ。」

人差し指をウルエラに向ける。

基礎魔法∶衝撃 発動!


「ウルエラ当たらず躱せよ!そいつの基礎魔法は基礎魔法の威力じゃねぇぞ!!」


「遅いぞ、火傷男。」

指から放たれた紫色の閃光は、3方向に分裂し、ウルエラを襲う。ひとつ閃光を躱したが、他の二つはウルエラの脇腹と右胸部を貫く。


「ガッ…ハッ…!」予想外の威力に戸惑うウルエラ。

基礎魔法でこの威力…!化物か…こいつ…!


「基礎魔法が全て固有魔法並みの威力だと思え!ウルエラ!だからそいつは『反則の魔女』なんだよ!」


うるさい男だ…!気が散る…。

だが“2発分”いただいた…!

「さすがは、反則の魔女。攻撃力も反則級だな。」

しかも、基礎魔法の肉体強化で反射神経・筋力・スタミナも底上げしてると見える。純粋な肉弾戦ではこちらが負けるだろう。


「君もなかなかタフだね。本気で殺すつもりで撃ったんだがね。」

キールも渾身の魔法で仕留め損なったことに多少驚いた。



「おい!お二人さん!俺を忘れるとは不愉快だぜええええ!」

不愉快魔法(ふゆかいまほう)発動!『音(ノイズ)』!

これは音によって体の自由を奪う魔法。聞いた者の魔法の出力を下げることもできる。つまり、肉体強化の効果を下げることもできる。


突如、金属音があたり一面に鳴り響く。

その音を聞きキールの顔が歪む。

ドスブスフクは一瞬の隙を見逃さなかった。今度はドスブスフクが間合いを詰め、キールに蹴りを入れる…!


しかし、キールからカウンターのパンチを受け後方に体が飛ばされる…!


ドスブスフクはよろよろと起き上がり、自身の魔法が効いていないことに動揺する。

「何が…!起きた…?俺の『音(ノイズ)』で動きを止めてただろう…!反則野郎!!」

「ん?なんだい?聞こえないけど答えてやるよ。最も古典的な方法“耳栓”だよ。」

そう言ったキールの耳には耳栓が入っていた。

基礎魔法∶創造で何も無いところから耳栓を創造したのだ。


「君の魔法を多少知っていたからね。『不愉快魔法の音(ノイズ)』だろう?」

「だったらこいつはどうだ!!不愉快魔法:浮(フロート)!」

途端にキールの体が、空中に浮き上がる。呼吸はできるが、まるで水中にいるような浮遊状態になる。


なるほど。踏ん張りが効かないからパンチもできないな。おまけに、ここから移動もできない。困ったな…。


再度キールに詰め寄るドスブスフク。魔力を拳に込め、キールに殴りかかる…が、キールの体が目の前から消える。ロープで引っ張られ移動したようだ。


また創造魔法だと…!?しかも、ロープに自分の体を引っ張る命令付きだと…!?


「じゃあな、ドスブスフク。先に地獄に行っててくれ。基礎魔法…衝撃。」

キールの人差し指から再び紫色の閃光が走る…!

拳を躱され態勢を崩したドスブスフクは紫色の閃光を躱せない!


キールの攻撃が当たり、周囲には爆音と共に土煙が舞った。基礎魔法∶衝撃は命中したのだ。


土煙の中から声がする。

「おいおい…!不愉快!不愉快だせ、ウルエラ!!何勝手に身代わりになってんだ!てめえ!」

土煙が晴れ、姿が見えてくる。無傷のドスブスフクと、基礎魔法∶衝撃を受けたウルエラ…!


「…勘違いしないでください…!あの反則の魔女に勝つためです。わたしの体は心配しないで下さい…。耐久力には自身があるので…。」そう言いつつ足元がふらつくウルエラ。ドスブスフクを庇い自ら攻撃を受けたのだ。


「…少し考えていたのですが、先刻ここにいた青年。彼は何者かなのかとずっと考えていました。そして先程、キールと共に行方の分からなくなった者がいることを思い出しました。それが…彼…リアン=ストロングシールドではないかと。誰もその重要性に気が付かなきませんでしたが、彼は国将キールの逃亡の協力者の可能性があります。そして、軍の調べでは親しい間柄であるとも聞いています。まずは、彼を捕らえましょう。残念ながら反則の魔女は二人がかりでも勝てない相手ですので。」


「分かったぜ!ウルエラ!意外と小狡いことを考えやがるな!その案は気に入った!俺がやつを捕らえに行くぜ!」

「お願いします。わたしが時間を稼ぎます。反則の魔女キール、あなたに勝つために不愉快な方法を取らせてもらいますよ。……人質作戦です。」


顔には出さなかったが、内心焦るキール。

一番嫌な方法を取ってくれるね。


「あなたはこの戦いの間、基礎魔法しか使っていない。反則魔法とやらを使えば、この状況をどうとでもできるのにです。恐らく、使えないのか、何かの理由で温存しているのかのどちらかだと推察しました。」

「使うまでもないから使ってない。ただそれだけだよ。」

「それは基礎魔法だけで、わたしを倒してから言っていただきたい。」

そう言いつつ、殴りかかるウルエラ!そして、茂みに向かうドスブスフク!


「待ってろよ!ウルエラ!すぐにあのナヨナヨ小僧を捕まえてくるぜえええ!」


「行かせると思うか?」キールはドスブスフクを攻撃しようとするが、ウルエラの身を呈した防御で防がれる。


「あなたの相手はわたしです…。ゴフッ」ウルエラは少量の血を吐いたが倒れない。

「防御に徹すれば、あなたの攻撃は怖くない。ドスブスフクを追えばこちらが攻撃します。」


まずいな…リアンくん。わたしがこいつを倒すまで、もってくれよ。わたしの身を案じてか、あまり離れられてないようだからね。


「基礎魔法∶回復。……さぁ続きをやりましょうか、魔女のお姉さん。」

ウルエラの体を貫いた穴が塞がる。そして、万全な体となり叫ぶ。


「さあ…第2ラウンドです!」


続く


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