第2話 狂襲病(きょうしゅうびょう)と眠り姫
キール処刑の通達は一夜にして、国将4人の元に送られた。
王国より遥か西、ホロビネス王国制圧戦野営地。ここには国将の1人“狂襲病のボロス”がいた。
伝令から通達書を受け取り、一読した後ため息をつく。
「“我が息子に悪意のある暴行を働いたキールを処刑せよ”だとぉ。キールのやつ、何やらかしてんだよ。……いやぁキールならやりかねねーかぁ」
5年ほど前までキールと共に戦場で戦ってたボロスは、キールの性格をよく知っていたため、今回の事件のいきさつもおおよその推察はできていた。
「確かキールのやつ、今は魔法学校のセンコーをやらされてんだよなぁ。大方、その学校に国王の息子でも入学してきたんだろぉなぁ。国将の魔女の指導のもと魔法を習わせたいとか言ってなぁ。本当にめんどくさいことしてくれだぜぇ。」
事のあらましを何となく推察したが、どうするかボロスは迷っていた。かつての仲間を殺すか否か。しかし、国王の命令であれば、拒否することはできない。
まだ、考えはまとまっていなかったが、ボロスは自身が指揮する軍の次将(じしょう)3名を呼びつけた。
※次将とは、国将の次に強い兵士達に与えられる称号。
集められた3名は何事かと思い、ボロスの待つ拠点へと向かった。
ボロスは拠点のテント内で腕組みをして待っていた。3人が揃うと事の経緯を説明した。国将の1人キールが国王の息子に暴行したため、処刑命令が出ていること。そして、同じ国将もしくは次将以上で処刑任務を行うことと記されていた。
話を聞き、ボロス軍次将の1人グリアンテが真っ先に口を開いた。
「あの“反則の魔女キール”を殺せだなんて、我々次将レベルでは不可能です。かつて、戦場でキール様の戦いを見ましたが、同じ人間の戦い方ではありませんでした。魔法をあれほど自由自在に操れる人間はこの世にいないでしょう。本当にキール様の処刑をするのですか?」
どちらかというと、グリアンテはキール殺しに乗り気ではなかった。
「グリアンテ、お前の気持ちはよぉく分かる。ただでさえホロビネスとの戦争で、軍が人手不足の中、わざわざ国に戻ってやる任務じゃねえよな。しかも相手はキールだぜ?下手するとこちらの首が取られちまう。だからキール殺しをやるかやらないか相談するために、お前らを呼んだんだわ。レッドとミスズはどう思う。」
ボロスはグリアンテと共に呼びだした二人の次将に問う。
「わたしも反対です。少なくとも今このタイミングではないかと思います。」赤い鎧に身を包み、赤い刀身の剣を持つレッドは答えた。グリアンテと同じく否定的な意見だった。
「わたしも反対でーす。死にたくないですもん。」眠そうな眼で答えたのは、ミスズと呼ばれた若い次将である。
やはり3人ともキール殺しに乗り気ではない様子だ。理由としては、キールが強すぎることと、今の戦場から離れにくい状況であること。しかし、国王の命令は絶対である。無視をした場合、最悪次は自分達が処刑対象になることも考えられる。そう考えたボロスは、3人に提案した。
「それじゃあよう、ワシも含めてじゃんけんで負けたやつが、サンカエルに戻りキールを殺すってのはどうだ?さすがに何もしないのは国王への反逆と見なされるからダメだ。やっぱり誰かが行かなきゃなんねぇ。」
これを聞いて、3人とも黙りこんでしまった。みんな自分は行きたくないと思っている。だがボロスの言う通り、誰かが任務を遂行しなければならないのも事実。
沈黙の中、グリアンテが口を開いた。
「わたしがキール様を殺しに行きます。わたしより経験の浅い二人には難しいと思われます。ボロス様が居なくなったら、他の兵士達の士気にも影響します。わたしにやらせていただけないでしょうか?」
グリアンテはボロスとは一番長い付き合いで、次将達が死んで入れ替わっていく中、生き残り続けた猛者の1人である。レッドとミスズも実力はあるが、グリアンテと比べると経験が浅く若い次将であった。
グリアンテの申し出を聞き、「グリアンテ…行ってくれるか…。危険な役をやらせちまって、すまねぇなぁ。」
とボロスは申し訳なさそうに言った。
「いえ、ボロス様のために死ねるのなら本望です。それに一度国将レベルの猛者と手合わせをしたかったという気持ちも多少あります。」
覚悟を決めたグリアンテにボロスはこう続けた。
「だがよ、キールのことはまだ殺そうとするな。しばらく様子を見てるだけにしてくれねぇか?」
「ボロス様、それはどういうお考えなのですか?」
「この処刑に関する通達書が来たのはワシだけじゃねぇ。キールを抜いた4人の国将に送られているらしい。つまり、キールの命を狙うのはワシらだけじゃねえってことよ。まぁ、“アントーン”はキールに惚れてるから多分殺せねぇだろうな。となると、“ノリエガ”か“ネイシャルアーツ”のどっちかがキールを殺しに行くだろうな。ノリエガは強えやつと戦うの好きだし、ネイシャルはキールのこと嫌いだからなぁ。」
「なるほど。ではわたしは偵察に徹することといたします。」
「そうしてくれ。とりあえずワシらは行ったていにすれば、国王様にも示しがつく。こっちの戦場が落ち着いたら、グリアンテのところに加勢にいくぜぇ。」
「ありがとうございます。」
その夜、グリアンテは1人でサンカエル国に戻って行った。
時を同じくしてそこから北東の地域にネイシャルアーツ陣営が拠点を構えていた。ネイシャルアーツ軍は他国との戦いは始まっていないため、現在休戦状態であった。
拠点ではネイシャルアーツも同じく次将を呼びつけ、キール殺しの会議をしていた。
“眠り姫 ネイシャルアーツ”は以前、キールと壮絶な喧嘩をしたことがあり、それから犬猿の仲なのである。
総指揮官として国将を束ねるノリエガもキール軍とネイシャルアーツ軍はなるべく離して配置するように注意していたほどだ。
そんなネイシャルアーツはキールに処刑命令が出たという知らせを聞いて大いに喜んだ。
拠点の中のネイシャルアーツがいる一番大きなテントの中にネイシャルアーツ軍の次将のゴーマとサガラは集められていた。
ネイシャルアーツは二人を呼びつけるなり命令した。
「サンカエル国の国将キールに処刑命令が下された。任務遂行のため、国将もしくは次将はすぐに戻るとのことだが、わたしが戻っていいよな?二人とも」
ゴーマとサガラはこの異例の事態に驚いていたが、ネイシャルアーツの申し出については反対はしなかった。ゴーマとサガラもキールの規格外の強さは知っており、この命令は国将レベルでないと遂行できないと内心思っていたからだ。
「ネイシャル様、この戦場は我々に任せてサンカエルにお戻りください。しかし、移動はどうするおつもりで?」
眠り姫ネイシャルアーツは1日の内4時間ほどしか起きていられず、20時間は眠っているのである。そのため、サンカエルまでの帰宅は1人でできないとゴーマは案じていた。
「ゴーマ、お前がわたしを運べ。」
やはりそうなったか、聞かなきゃよかったと、ゴーマは内心後悔した。
20時間もネイシャルアーツを守るために気を張り続けなければならないし、起きてる4時間もネイシャルアーツのわがままを聞かなければならないので、ずっと忙しいからである。
しかし、同じ次将のサガラはどこか頼りないところがあり任せられないため、渋々受け入れる。
「…承知しました。」
「出発は今夜0時とする。それまでに寝台馬車に乗ってるから、運搬よろしくな。」
「…承知しました。」
テントを離れ、寝台馬車に乗り込むネイシャルアーツ。
ベッドに横になりながら「さて、あのキールババアをたたっ斬れる日が来るとは、夢にも思わなかったな。楽しみだぜ。ノリエガかボロスに先越されたら嫌だから、早く行きてーなー。」
名刀“現(うつつ)”を脇に置いて眺める。キールをどう攻略するかを考える。
「まぁ、一瞬で首を落とすしかねーよなー。反則魔法を発動する暇を与えたないことだな。わたしの射程に入れれば……抵抗する………間も…なく…ぐぅぅzzz」
ネイシャルアーツはそのまま眠りについた。
その夜、ネイシャルアーツを乗せた馬車は静かにサンカエルへと向かった。
続く
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