第77話 後輩達の怒り

「〝砂川拓実は上司を裏切る恩知らずのクソ社員〟……〝いい歳こいて若作りな痛い奴〟……」


 いくつかの投稿内容を声に出して読んでみる。その攻撃的な言葉の数々は、少なからず拓実の心を傷付けた。だが、それ自体はとりあえずどうでもいい。問題は、これを書いているのが誰なのかという事だが、まさか……そう思いつつ視線を上げると、案の定三宅は「狩谷さんのアカウントです」と頷いた。


「さっき覗いてみたらこんな事になってて……鍵の掛かってるアカウントでもないのに、本名晒して悪口言うとかやばすぎじゃないですか。ここまで来たらさすがに我慢の限界だなって。そんで今後どうするか相談しよってなったんですけど、そしたら沢田っちがマネージャー呼ぶって……」

「や、だってこれ、個人情報の漏洩じゃないっスか。俺らだけで話すより、上も交えて話すべき内容でしょ」


 そんなやり取りを聞きながら、拓実は未だ頭が追い付いていなかった。だって、狩谷はどうしてこんな事を? 少し考えればアウトな行動だとわかるだろうに……いや、その判断すらできない程に、怒り心頭という事か……?


「――まぁ、ともかく」

 マネージャーは咳払いをしてから、重々しく口を開いた。

「砂川くんの話を聞けたお陰で、問題が起きてるのはよくわかった。今回の狩谷くんの行動は確かに常軌を逸してる」

 彼はそう告げると、皆に向かって頭を下げる。


「砂川くん。それに二班の皆も、済まなかった。狩谷くんについては、熱意のある、信頼のおける社員だという報告しか上がってなかったんだ。それがこんなにも部下に不満を持たれる程、横暴な振る舞いをしていたなんて……特に砂川くんとの間柄については健全とは言えない。人格否定や、過剰な残業を強要してきたなんて……」

「あ、それは」

 拓実は慌ててマネージャーの言葉を遮った。


「それについては、自分自身無自覚でした。というか、狩谷さんに従ってた方がいいはずだって思ってたのは事実なので、強要と呼べるかは……」

「でも狩谷くんの希望に従わないと、彼が不機嫌になると思っていた。部下にそう思わせてしまう事自体、上司としては問題なんだよ」

 マネージャーが神妙な面持ちで言い切ると、沢田が苛立たし気に口を挟む。


「そう、問題なんスよ! マジで狩谷さんは横暴だし時代遅れだし、周りが全然見えてない! まぁそれでも俺ら的には、砂川さんが間に入ってくれてたし無視しときゃなんとかなるから、わざわざ抗議したりする必要もねぇかって思ってたけど……さすがに今回のは看過できねぇ。ここまで来たらただのいじめじゃないっスか」


 沢田が言うと、後輩達もうんうんと頷いた。

「というか狩谷さんこそ、砂川さんに助けられてたはずなんです。砂川さんがいなかったら、あの人ぼっちでしたから!」

「あの人のやり方について行ける人なんてそうそういないし……」

「それなのに感謝するでもなく、むしろいつも砂川さんの事下げまくってて! 挙句の果てにこの書き込み! さすがに腹が立ちますよ!」


 と、そんな話の流れで気が付いた。理解が及ぶのが遅くなったが……後輩達が限界だと言い出したのは、彼らが狩谷に何かをされたという理由ではないのだ。拓実が狩谷に酷い仕打ちをされるのを見て、拓実の為に、強く憤ってくれているのだ。


――嗚呼、自分は後輩にも随分と恵まれていた……


 拓実はそう思い知る。こんな時間まで、プライベートな時間を潰してまで、こうして怒ってくれるなんて。長らく狩谷のイエスマンで居た為に気付けなかった事が悔やまれる。彼らがこんなにも熱く、こんなにも親切だという事に。

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